蒼
遅くなりました。
3話 - 蒼
『さて紅の。勝手に主さまの身体に入ってやらかしたことについての始末をどのようにつける気なのじゃ?』
『黙れ、うるさい、口を開くな。私が行かなかったら蒼が行ってただろうよ。』
『くすくすっ、そんなことないですよ。紅と違って私はその辺は弁えるえらい子。』
『喧嘩はだめですよぅ。主様に迷惑かかっちゃいますよぅ。』
『碧の。一番飛び出しそうだったお主が何を言うのじゃ。』
『くすくすっ。そうですよ。碧が一番素敵な"笑顔"をしてたじゃないですか。』
『そ、そんなことないよぅ。』
『黙れ。キレたら一番豹変するお前が言うな。』
『くすくすっ。出なきゃいけなくなったら私が説明しますよ。』
『ふえぇぇぇ。蒼ちゃんの笑顔が黒いよぅ。。。』
『主さまの迷惑にならない程度にするんじゃぞ。』
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「そんなに周りを気にしないで大丈夫だよっ」
「そんなわけにも。。。」
騒動の後、4人でノエルさんが用意した焚き火を囲い、それぞれ持ち寄ったご飯を食べながら周りを警戒している。
また馬鹿な貴族や力でどうこうしようとする輩が近づいてこないようにするためだ。
僕が警戒して、カルロスが回りに殺気を出しているため、周りには誰も近づいてきていない。
あ、ご飯は美味しくいただきました。
干し肉で味付けをした野菜鍋で、湯戻しされた干し肉はやわらかくなっていて力を入れずとも歯で噛み切れるほどになっていた。
干し肉の調味料も出汁として染み出していて野菜も美味しく煮込まれてパンがよく進んだおかげでお腹が重い。
「さて、ご飯も食べ終わったしノエルちゃん、説明してくれるよね?」
「そうだな。俺もちゃんと聞きたいところだ。」
「え、うーん。体質ってことで!」
小さな声で元気よく答えているノエルちゃんだが、そこの二人にはその程度の説明では納得してもらえないだろう。
「へー、体質なのかー。」
「ほう。面白い体質もあったものだな。」
「信じちゃったよ!?この二人!?」
ノエルちゃんが人差し指を口に当ててしーっとしているが、まぁきっと僕らには言えないことなのだろう。
。。。ちゃんと説明してくれないのはきっと僕らが頼りないからなんだろうね。
頑張らなくちゃ。
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夜、ふと目が覚めてテントの外に出た。
さすがに先生達の飲み会も終わっているらしく、辺りでは話し声一つ聞こえない。
森の静寂で耳が痛くなる。
森とは反対側の空には星がちりばめられており、綺麗だ。
焚き火跡でくすぶっている火を枯れ枝でほじくりながら寝る前のこと、そしてその主役となっていた人物のことを思い出す。
「ノエル・ダンゴール。。。か。」
ダンゴール領主の娘であり、現在学園での3回生の中では実技、座学共に成績主席。
身長は小さく、体つきもまだまだ子供体型。
髪は焦げ茶で片側に尻尾のように髪を束ねることが多い。
人当たりもよく性格もよいため、いろいろなグループに入っては楽しそうに会話をしているのを良く見る。
あの子は俺が持っていないものをたくさん持っている。
だから惹かれているんだろうな。
家柄としても俺の家も伯爵家で格は釣り合うから家に何か言われることもないだろう。
なにより俺自身があいつを気に入ってる。
俺の横に立ってほしい。。。というよりまずは俺があいつの隣に立てるようにならなきゃならんな。
よし。少しでも追いつくために剣を振っておくか。
どうせ眠れなくなったしな。
☆
テントに置いてあった剣を持ち、先生にばれないように出来るだけ物音を立てずに森へ入る。
森の中に入って外から見えなくなってから光灯の魔法で足元と5mほど先の道を照らして歩いている。
たしかこの森の中には流れが緩やかな小川が流れているところがあると聞いたことがある。
そこなら剣を振り回して疲れても水も飲めるし汗を流せるだろうと考える。
この森は5年前までは魔物が跋扈している危険な森だったが、王都の騎士団による殲滅作戦で危険な魔物はほぼ駆逐されている。
一部人間と友好的なゴブリンの集落があったりするが、こちらから襲い掛からない限り攻撃してくることはないとの事を授業で教わっている。
まぁ一匹ならまだしも数匹で来られたら俺なんかじゃあっという間に食われてしまうだろうな。
暗い森を少しずつ進んでいると水の流れる音が聞こえた。
「もうすぐか」
音が聞こえる方に向かって藪をかきわけ岩を乗り越えると、急に拓けた場所に出た。
そこは当たり一帯が凍り付いている場所。
この森の名物の『千銀の森』。
10年ほど前に雪竜が来たとか魔族の仕業とかの話で凍りついた森。
当時はすぐに溶けて元に戻るだろうと考えられていたが、1年たっても5年たっても凍りついた森が元に戻ることがなかった。
騎士団や冒険者達が周囲の調査をした結果、危険性はまったくないとのことでアルファミラの新たなる観光名所のようになっている。
そんな月明かりが差込み、真っ白になっている白き世界。
光灯の魔法よりも明るく、かき消されるほどの幻想的な風景に言葉を失う。
その場所の中央にある大きな岩の上で、青い髪をした女の子がゆっくりと、静かに舞を舞っていた。
手が動き、足が動き、そして身体が動くたびに、周りに小さな氷が舞う。
その氷に月明かりが反射して、踊り手をさらに綺麗に見せている。
「綺麗だ。。。」
つい声を出してしまったのがしょうがないだろう。
その声が届いたのか、女の子が急に舞をやめ、こちらを伺っている。
「くすくすっ。そこにいるのはだぁれ?」
ふいに女の子の方から声をかけられる。
名前を告げようと前に進み出ようと足を一歩進めると女の子からさらに声があがる。
「くすくすっ。どこの伯爵家のカルロスくんかなっ。」
「ばれてんじゃねぇか!」
あぶなく転びそうになるのをこらえ、広場に出る。
周りの木々どころか地面まで凍っているので滑らないように慎重に石舞台のところまで進む。
すると、その女の子は髪の色が普段の茶色でもなく、さきほどの赤でもない、澄んだ青の髪をしているノエルだった。
「ノエル・・・なのか?」
「くすくすっ。ノエルちゃんですよ。」
たしかに見た目はノエルだが。。。なんか違和感がある。
「おまえ。本当にノエルか?」
「くすくすっ。わかるんですか?」
「まぁ。。。な。いつもと雰囲気も魔力の質も違う。」
「くすくすっ。この子のこと、よく見てるんですねぇ。」
そりゃぁな。
視界の隅には必ずノエルが見える場所にいるようにしている。
どんなものが好きなのか。興味を持っているのか。を知りたくてノエルが話している内容は出来るだけ聞き耳を立てている。
「くすくすっ。気持ち悪いですよ。」
「うるさい。そもそもお前は誰なんだ。」
「くすくすっ。チャンスをあげるからご自分で聞きなさいな。」
ノエルの姿でそう言い放った"奴"の気配がノエルから消えると同時にノエルの髪の色が茶色に戻る。
「。。。見ちゃった?」
「あぁ、うん。」
うー。という風に頬を膨らませたノエルはしょうがないか。といった顔で「こんばんわ。」と言ってくる。
「こんばんわ。。。」と返し、石舞台の上に持ってきていたタオルを引く。
「ここに座ってくれ。」
「あ、ありがとー。」
ノエルは石舞台の上に座り、俺は石舞台の下に降りる。
少し俺が見上げる感じだが、足をぶらぶらさせているノエルの前に立って話す体制が出来上がった。
「さっきの。。。青い髪はやはり"体質"でごまかすのか?」
「ん?うーん。。。」
何か考えているノエルの百面相を見ているのは楽しいがどうしたものかな。
見なかったフリをするのは簡単だがな。
ノエルはノエルで、「どうしよ」とか「え、いいの?」とかブツブツ言ってるが、ノエルから言ってくるのを待とう。
夜明けまではまだ時間があるしな。
「んとね。。。あのね。。。」
「おう」
「。。。精霊って知ってる?」
精霊?
「そりゃ精霊くらい知ってるが。。。それがどうしたんだ?」
「精霊ってね、意思があるんだよね。」
「ふむ」
「で、仲よくなると、契約ってのができるのっ」
「ふ。。。む?」
「契約した精霊に身体を貸すとね。さっきみたいに髪の色が変わってね。私じゃできないことをやってくれるの。」
「まてまてまてまて。じゃあなにか。精霊に身体を貸してる間はノエルの意識とかはないのか?」
「んーん、何をしゃべってるかも解ってるし、していることも全部わかってるよ。」
「そうなのか。。。ふむ、なるほど。さっきのは水で、争ってたときのは火だな?」
「うん。火の精霊ちゃんが、紅ちゃんって名前で水の精霊ちゃんが蒼ちゃん。他にも碧ちゃんと、巖さんがいるよ」
「そんなにいるのか。。。」
「みんないい子だよー」
名前からして基本4属性の精霊全部と契約を結んでいるのか。
そもそも精霊と契約なんて御伽噺くらいでしか聞いたことないぞ。
竜と契約したって言われた方がまだ現実味がある。
それをこの子が。。。
たいしたものだ。
また離された感じがするが、そこは俺がもっと頑張ればいいことだろう。
「それにしても、よく私がここにいるってわかったね?」
「いや。。。俺がここに来たのは偶然だ。」
「そうなの?」
「ああ。眠れなくてな。身体を動かすのに小川があって広い場所を探して来ただけだ。」
「そっかー」
相変わらず足をプラプラさせながら俺の話を聞いてくれている。
「ノエルはどうしてここに来ていたんだ?」
「うん。蒼ちゃんに教えてもらったんだけどね。ここはね。私のおとーさんの場所なの。」
「ん?どういうことだ?」
父親の場所?
墓でもあるのか?
「ここだけこんな風に氷の世界になってるでしょ?」
「あぁ。不思議にな。」
「ここ、凍らせたの私のおとーさんなの。」
「は?」
「だからここはおとーさんの場所。おとーさんの魔力に満ち溢れていて包み込まれている感じがするの。」
うん、理解できない。
人の魔力でこんなに何年も氷漬けにすることができるのだろうか。
そもそもどんな魔法を使えばこんな風になるんだ。
上級どころじゃこうはならないぞ。。。
「それでね。毎年ここに来て、『私はこんなに大きくなったよ!』ってお話してるの。」
「そっか。父親のこと、好きなんだな。」
「うん!当然!」
「そっか。どんな親父さんだったんだ?」
ノエルのことならなんでも知りたいお年頃。
「んっとねー。カタナ使いで、氷使いで、ダンゴールの危機を救った英雄で、Cランクの冒険者だったんだけど、実力的にはAランクくらいだったらしいのは聞いたー。」
「魔法剣士だったのか?カタナというのは聞いたことがないな。どんなものなんだ?」
「んーっとねー。片刃で反りがあって、斬る剣だってー。」
たぶん精霊に教えてもらっているのだろう、時折、宙を見上げながらうなづいた後に会話をしている。
「なるほど。。。剣なら俺でも使えそうだな。。。」
「くすくすっ。無理ですよ。」
突然口調が変わったことに驚き、ノエルを見上げると、やはりさっきの青髪になっている。
「なんで無理なんだ?」
「あなたが使っている剣と刀とでは使い方が違うからです。試してみますか?」
「試せるのか?」
「はい。」
石舞台の上で座ったままの青ノエルから氷で出来た刃が落とされる。
それは地面の氷をするっと突き刺し、刀身の半分ほどを隠す。
「くすくすっ。落としてしまいました。それを拾ってこの石舞台を斬ってごらんなさいな。」
まぁまず砕けるでしょうけど。とにこやかな笑顔で言われる。
ここはいいところをノエルに見せるチャンスだな。
地面に突き刺さったカタナを引っ張るとさほど抵抗もなく地面から抜ける。
全部が氷で出来ているから冷たいが、手袋をしているからか、滑ることはなくしっかり握りこめる。
それを上に構え、ノエルがいる場所とは違う場所を狙い、振り下ろす。
石舞台にカタナがぶつかった瞬間、カシャンという音と共にカタナが砕け散る。
「くすくすっ。やっぱり無理でしたねっ」
「これ。。。氷で出来たものだからじゃないのか?」
やってみて思ったが氷で石を切れというのがまずおかしいだろう。
「くすくすっ。このようにすれば切れますよ。」
青ノエルが石舞台からふわっという擬音が似合うほどゆるやかに降りてくる。
その手には先程と同じ形状のものが握られている。
それを俺と同じように上に構え、力なく振り下ろす。
同じように砕け散るものだと思っていたが、石舞台にすっと刃が滑り、通った後には切れ目が入っていた。
「くすくすっ。同じ性能のものでもこのように斬ることは可能です。だからあなたには使えないといったのですよ?」
そういうと、手に持った氷のカタナを氷の粒に変え、地面にまく。
「。。。俺にもそれは使えるようになるのか?」
「くすくすっ。いままでの剣を捨てるなら。」
ふむ。。。
「なるほど。ノエルの傍にいるために今までの剣を捨て、新しい剣の道を進もう。」
「えっと、ごめんなさい?」
。。。ん?何かよく聞こえなかったが。
目の前の青ノエルだったものはすでに普段のノエルに戻っており、俺の目の前に立っている。
「じゃあわたしはテントに戻るねっ。風邪引かないようにするんだよっ。」
手を振りながら森の闇に向かって帰っていくノエルを後ろから見届け、石舞台に向かいなおす。
「街へ戻ったらカタナについて教えを請えるものを見つけなければならないな。。。」
カタナを極めてノエルの父の代わりになれるまで。
道は見えた。
後は進むだけだ。
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-= 精霊さん'sの会話 =-
『くすくすっ。暑苦しいわねぇ。』
『蒼、どうしたの?ずいぶんとおせっかい焼いてたじゃない。』
『くすくすっ。希望を見せた後に落ちる気分ってどんなのかなー。って。』
『あぁ。。。さっきのお断りの言葉も聞かなかったフリしてるしね。。。』
『可哀想ですよぅ。。。』
『くすくすっ。』
『主さま。。。こんな奴らですまんのじゃ。。。』