紅
2話 - 紅
「とうちゃくですよっ」
横を歩いているノエルちゃんが軽くジャンプをして元気よくたんっと足を止めています。
到着した広場は結構な広さがあり、参加した約70人ちょっとが一人ずつテントを引いても余りあるくらいの広さがあります。
先に到着している護衛さん達が先頭に近い生徒達にここでキャンプを開始すると声をかけてきています。
到着した広場では行列の先頭から徐々に周りに散らばっていって、後方から来る生徒の邪魔にならないように動いています。
「イズーちゃん、あっちの端にいこー!」
ノエルちゃんに手を引かれて比較的人の少ないはじっこのほうに移動をして、隣り合うようにテントを設置するスペースを確保しました。
同じ班で委員長をやっている真面目なラスカルくん、いつもしかめっ面だけどノエルちゃんのことが気になってしょうがない感じのカルロスくんも傍にテントのスペースを確保しています。
貴族組の人達は森から一番遠い所に大きくて派手なテントを建てているようです。
自分では立てずにお付きの人にでもお願いしてるのでしょうかね。
あの人達にはとても出来るようなものではないと思うのです。
まぁ私達は関わり合いになることはないでしょうからいいんですけどね。
ノエルちゃんの傍にはいろんな人が集まってくる。
私もそのうちの一人。というより、私の場合はノエルちゃんのほうから来てくれた。
私は元々教室内では大人しく、一人で本を読んでいるような子でした。
周りの子に馴染めず、楽しそうに騒いでいる子達を見てうらやましいと思ったこともあります。
私から話しかけてみようと思ったけど、どうしても勇気が出なくて二の足を踏んでいる間に他の子達はグループを作り上げ、もう私が入れるようなところはなくなっていました。
そんな時期になって、私が読んでいる本に興味を持って話しかけてきてくれたのがノエルちゃんでした。
「イズーちゃんでいいのかな?何の本読んでるのっ!」
教室の中で一際通る声で話しかけてきてくれたときは嬉しさ反面、恥ずかしさも多くて、赤面してしまって熱い顔を下に向けてしまいました。
それでも興味を持ったものに対しては引かない性格なのか、根気よく話しかけてくれたおかげで私も普通に話せるようになり、一緒に行動をするようになりました。
それからというもの、学園の中での生活は楽しいものになり、勉強にも実習にも張り合いが出始めました。
ちなみに私が読んでいた英雄達の冒険活劇や、恋愛もののお話は貸してあげたら物凄い喜ばれました。
ノエルちゃんをライバルだと思って?
比べる人が天の人すぎます。
容姿端麗で文武両道。性格も人当たりもよく、クラスだけじゃなくて学年のアイドル。
そんなノエルちゃんと私を比べようなんていうのはおこがましいと自分で解っているのでそんな無謀なことは致しません。
まぁ目標としては目指していますけどね。
そのおかげで学年での成績はやっと上位10位以内に入れるようになりました。
ノエルちゃんに感謝しなければなりませんね。
そんなノエルちゃんに唯一誇れるところが私の両親の話。
私の両親は共に現役で冒険者をしています。
父は剣士、母は弓士として冒険者ギルドのCランクで活動しています。
そんな両親の話をしているとノエルちゃんの目はキラキラとしてもっと話をしてとせがんできます。
両親から聞いた冒険談、失敗談、倒した魔物などの話をもうどれだけしたのか覚えてないくらいにいろいろな話をしています。
冒険者志望なのでしょうか。
ノエルちゃんならきっとすぐにAランクくらいまで駆け上がりそうですよね。
そんなノエルちゃんが私の傍にいてくれる。
それだけで私は頑張れます。
輝かしいノエルちゃんの隣にいつまでもいれるように。
もっともっと頑張らないといけませんね!
----
「本日はここで野営をする。各自準備をするように。」
先生ではなく護衛として付いてきている冒険者が広場に散っている生徒に向かって話しかけながら見回りをしている。
広場の中央には連れてきている馬車が3台。
その周りに先生達、広場の外周に生徒達。といった配置でテントが引かれる。
森から一番遠い街道側に貴族組の奴らが陣取ってでかいテントを立てている。
あんな馬鹿でかいのを立てるとか正直馬鹿かとしか思えない。
街道側だというのにあんな権威欲丸出しなテントを建ててたらここに貴族さまがいますぜ。って言ってる様なものじゃないか。
まぁ俺には関係ないがな。
山賊にでも誘拐されてしまえ。
手っ取り早くテントを設立し、テントの前で火を熾し、焚き火を作る。
テントは同じ班のノエル達のテントの隣に陣取った。
先に焚き火を作っておけば後で火種が欲しいと言ってくるだろう。
もしかしたらこの焚き火で一緒に料理を作って食べることになるかもしれない。
そうなればノエルには俺の作った食事を食べさせるのはやぶさかではない。
一緒にいるイズーはまぁしょうがないから同席することを許そう。
だがラスカル。お前はダメだ。
この焚き火は三人用なんだ。
焚き火の周りに近くで見つけた岩を配置して竈っぽいものを作る。
その周りに腰掛け用の倒木を設置。
二人用と一人用の三人分を配置。
これでノエルが俺の隣に座るようになるな。
うむ。楽しみだ。
持ってきた干し肉や野菜を刻んでスープを作る準備でもしておこう。
----
「ご飯の準備ですっ!」
お、あれは嬢ちゃんか。
最近ギルドに出入りしているのをみかける嬢ちゃんを見つけて近づいていく。
「お、嬢ちゃん。今日も元気だな。」
「はいっ。カルスさんもお疲れさまですっ。」
ほう。俺の名前なんかを知っていたか。嬉しいものだな。
少し話してみようかと思って、テントの前に枯れ木を集めて焚き火を作ろうとしている目の前の女の子二人の前にどっかりと座り込んでみる。
嬢ちゃんと一緒に作業をしている女の子がちょっと引き気味になるが、手を振って続けて。といった態度をし、見知った嬢ちゃんに話しかける。
「これだけ長い移動は初めてだったろう。疲れなかったのか?」
「んー?全然疲れてないですっ。もう一往復行けますよっ。」
8歳の子供にしては恐るべき体力だ。
強がっているだけかもしれんが。
目の前の二人は焚き木を積み重ねて、下にあるおがくずに火をつけるらしい。
うむ、正しいやり方だな。
焚き木を一本手にとって見てみる。
嬢ちゃんが「かえしてー!」とか頬を膨らませているがまぁ少しまて。
よく間違いがちなのが、生木に直接火をつけようとしたりするからな。
生木に火をつけようとしても早々簡単に付かないし、ついたら付いたで煙が物凄いあがるしな。
それを知らない生徒がまだこの年代では多いはずなんだが嬢ちゃん達はちゃんと乾燥している木を用意している。
ちゃんと事前勉強していたようだな。
焚き木の確認も終わったところで腹をぺしぺしと叩いている嬢ちゃんにほらよ。と焚き木を渡して周りを見回す。
俺と同じような護衛の連中は各々気になるテントを覗きに行っては一言二言会話をして別のところへ移動する。
本来こういうのは先生がたの仕事だと思うんだがなぁ。
速攻で酒盛り始めているのはなんなんだろうかね。
隣のテントではすでに焚き木が焚かれているが、その焚き木の向こう側からちらちらとこっちを睨むような目つきで見ている生徒がいる。
反対側のテントではまだテントを張れないようで苦戦している様子が見える。
同じ班なら協力し合えばいいのにな。
「おーい、おまえさん、こっち来て手伝えー」
声をかけるとビクッとなってテントの陰に隠れてしまう。
なんなんだ。
こっち。。。というより嬢ちゃんを気にするならいっそ来ればいいのに。くくく。
「着火。。。あれ?着火!」
もう一人の嬢ちゃんが焚き木に火をつけようとし始めているがどうもうまくいかないらしい。
その横ではノエル嬢ちゃんが器用に野菜の皮をむいて切った後、大き目の鍋にどんどん入れている。
こういうのに手を貸すのは護衛の冒険者は禁止されている。
あくまで生徒の手でやらせることを主体としているらしい。
まぁヒントくらいは出してもいいみたいだけどな。
。。。まぁ俺は初級魔法すら使えないから教えるとかってのはできないが。
誰だ今俺のことを脳筋とか思ったやつは。
おじさん怒らないから表に出ろ。
魔法の素質が一切なくてランクBまで上がるのはどれだけ大変だかわからないだろう。
よし、じゃあ俺が冒険者になって一番苦戦した戦いの事を話そうか。
そう、あれは忘れもしない5年前のとある日のことだ。。。
----
張られたテントをぐるっと見回りして問題が起こってないかを確認する。
なんかカルスの奴がノエル嬢のテントの前で一人でニヤニヤしながら悶えている。
気持ち悪い。
きっとまたいつものように脳内で過去の武勇伝なんかを一人語りしてるんだわ。あぁ気持ち悪い。
あの気持ち悪いのはほっといて他のテントの様子みますかね。
ついでに将来いい冒険者になりそうな子がいたら今から唾つけとくの。
そんでそんで。。。可愛い男の子とかにおねーさまとか言われたらもう。。。!
冒険なんか行かせないで私の身体を冒険させるのよ!
。。。はっ。
いけないいけない。また飛んでたわ。
「シルヴァさん。今後の打ち合わせをしたいのですが今よろしいでしょうか?」
「はいー」
先生と思われる台詞に何も考えずに返事をする。
唐突に後ろから声をかけられたのでつい条件反射で弓を構えようとしてしまったのはご愛嬌としてもらおう。
声の主の方に振り返ると思っていたところに顔がない。
ん?と思って回りを見たら、私より頭二個分くらい小さい子が目の前にいた。
え、なにこれ、可愛いんですけど。
「。。。なにか?」
「いえ。。。先生ですよね?」
「はい。先生ですよ?」
合法ショタきた!
お持ち帰り確定です。
「打ち合わせの件、了解いたしました。どこのテントでしっぽり話し合いましょうか?」
「え?いや、ちょっと?」
「まぁまぁ。いいからいいから。」
「え?え?」
この涙目になってる合法ショタをテントに引きずり込んでじっくりたっぷり肉体言語をしよう。
今日は寝かせないわよ!
----
「ノエルちゃん、火つけられない。。。」
何回やっても着火の魔法がきちんと発動しなくてまったく火がつかなくて涙目になっているのが自分でもわかる。
失敗でも魔力は減るからもう今日の私にはできなくなった。
隣のあの怖い顔のカルロスくんに火種貰ってきた方がいいのかなぁ。
ノエルちゃんはすでに材料を切って鍋の用意を終わらせてずっと私のことを見てたようで、私のことをよしよしとしてくれる。
ふぇぇん。
「いちばん!ノエルいっきまーすっ!」
私を抱きかかえたまま、ノエルちゃんが片手を挙げると後ろにある焚き木の方からボウッっと火が上がる音がした。
「え、ノエルちゃん、今魔法使った?」
「うん?使ったよ?」
「。。。無詠唱?」
「聞こえなかっただけじゃないかなー。」
えー。。。
この距離で聞こえないってないでしょ。。。
「あれ、ノエルちゃん、目が赤い。。。?」
「綺麗でしょ?」
なんかいろいろ腑に落ちないけどまずはご飯の準備しちゃおう。
ノエルちゃんが用意してくれた鍋を焚き火の上に組んだ吊り木にかけ、火がちょっとだけ当たる高さにする。
しばらくすると野菜と一緒に入れた水がぐつぐついってくるので出てきた黒い泡をへらで綺麗に取り除く。
それを繰り返すと、黒い泡ではなく白い泡になってくる。
その状態で蓋をして、さらに煮込む。
野菜が柔らかくなってきたらそこに干し肉を入れて野菜に味をつけていく。
干し肉のうまみが鍋に溶け出したあたりで周りにもいい匂いが広がっていく。
うん、美味しそう。
これだけだとちょっとあっさり過ぎるからお肉とかあるといいのかなぁ
「おい平民。その鍋うまそうだな。俺らに献上しろ。」
鍋の面倒を見ていると頭の上からずいぶんと態度のでかい台詞が聞こえた。
顔をあげると貴族組の人と、その取り巻き?の5人くらいが鍋の回りに立っていた。
「え?なんで?」
「平民は俺ら貴族の食事を用意するものだろう。お前らが作ったものがいちばん旨そうだったから俺らがもらってやる。」
「え?いやですよ。。。」
「逆らうのか?」
取り巻き達が声を荒げ始めると周りの注目を浴び始める。
こういうので目立つのは嫌いなのに。。。
先生達に助けを求めようと周りを見回すも、この貴族の子の後ろの方で先生達は酒盛りをしていた。
なんでよぅ。。。
カルロス君やラスカル君もこっちを見ているだけで助けてくれそうもない。
「おい、早くその鍋を渡せ!!!」
「いやです!これは私とノエルちゃんの分なの!自分の分が欲しいなら自分で作ればいいじゃない!」
「なんだと!?」
大きな声で言い返したら名前も知らない目の前の人たちの顔が真っ赤になっていく。
怖いよぅ。。。
今にも腰につけた剣を抜いて襲い掛かってきそうな気配を感じたらビクビクするのはしょうがないよね。。。
護衛の冒険者さん達が何人か気づいてくれたのでもう少しの我慢。。。っ!
「あなたたち。何をわけがわからないことを言ってるの?」
唐突に後ろから声が聞こえる。
「ノエルちゃん!?これ以上怒らせたら。。。」
振り返ろうとした私の肩をやさしく掴んで後ろに追いやると同時にノエルちゃんが私の前に出る。
目の前にたつノエルちゃんが紅い髪を風になびかせ目の前の子達に対して言葉を告げる。
あれ、ノエルちゃんって紅い髪だったっけ。。。?
「イズーさんの言うとおり、自分達で食べるものは自分達で用意なさい。そういうのを学ぶための実習でしょう。それすらもわからないのですか?」
「うるさい!平民風情は貴族の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ!」
「そもそも私たちはあなた達の名前も位も知らないのだけど?」
「俺を知らないとはクソだな。俺の名前はクレール・ミスコットだ。ミスコット男爵家の次男だ。よく覚えておけ。そして跪け。」
男爵家なのか、あの人。
ノエルちゃんも貴族だっていう話は聞いてるけど同じ貴族でも全然違うよね。。。
「ふぅん、男爵なんだ。でもそれって親御さんだよね。あなたが位が高いわけじゃないよね。」
駆けつけた冒険者さんたちも男爵位というのを聞いて手が出せずに一歩引いてしまった。
先生たちは我関せずといった態度。
もういったいなんなの。。。
ノエルちゃんもいつもと口調も態度も違うしもう何が起こってるのかわからないよ。。。。
「クソが。。。おまえら、こいつ、やっちまえ。ついでに飯も手に入らないならひっくり返しちまえ。」
あぁ、取り巻き達がとうとう剣を抜いて。。。ノエルちゃんがあぶない!
ノエルちゃんを助けようと、近づこうとすると、後ろ手で大丈夫とされてしまった。
カルロス君やラスカル君も同じように動こうとしたのに出鼻をくじかれたみたい。
「そもそも学校では貴族位は通じないと思え。と学校に入る際に言われなかったかしら?それに女の子に剣を向けるとかお仕置きだね。」
ノエルちゃんの紅い髪がふわっと浮き上がり、かすかに光りだす。
綺麗な紅光。
「紅桜」
手も翳さず、動きもしないで淡々とその言葉を告げる。
その瞬間、剣を持った5人の取り巻きの足元から一気に濃い紅の炎が湧き上がり、一瞬で消える。
その一瞬で装備していた剣や洋服なんかが燃え尽き、裸の姿になっている。
湧き上がった炎は取り巻き達を覆うくらいまで大きくなった後一瞬で消えたけど、空から大き目の火の粉がチラチラと舞うように下りてきて、裸の肌に触れていく。
触れた火の粉は当然、熱いもの。
肌に触れないように手で火の粉を払うけど風を起こしても払えず取り巻き達にくっついていく。
その熱さで身をよじってあつい!あつい!と逃げ回っている様子を見ているノエルちゃんの目は楽しそうだった。
「さて?後はあなただけだけど?まだやる?」
「てめぇ。。。親父に言って潰してやる。名前、覚えたからな。」
「そう。なら私の名前をよく覚えて伝えなさい。私の名前はノエル・ダンゴール。ダンゴール領辺境伯領主の義娘。」
辺境伯って伯爵様じゃなかったっけ?
偉い人だったんだ、ノエルちゃん。。。
喧嘩でも家格でも負けたクレールとかいう貴族はくっ、覚えてやがれとか言いながら自分のテントの方に行ってしまった。
「ノエルちゃん。。。すごい。。。」
しばらく呆然としているとラスカル君とカルロス君が近寄ってきた。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫?貴族相手で腰が引けちゃってごめん。。。」
「ううん、私は大丈夫。ノエルちゃんが守ってくれてたし。そういえばノエルちゃん!?」
慌ててノエルちゃんを見ると、髪の色が紅から濃い茶色に戻っていくところだった。
髪の根元まで元に戻ったところで、ノエルちゃんは地面にぺたんと座り込んでしまう。
「はふー。緊張したっ。」
。。。いつものノエルちゃんだ!
「ノエルちゃん、ありがとう!」
「どーいたしまして!」
感謝の言葉をノエルちゃんに抱きつきながら言うとノエルちゃんもぎゅっと抱きしめ返してくれた。
しばしの抱擁の後、気になっていたことを聞く。
「ノエルちゃん、髪の色、さっきまで紅かったけど、あれ、どうしたの?」
「ん?うーん・・・」
やっぱ説明しなきゃかなー。とかブツブツ言っているができれば教えて欲しい。
「それよりかはごはんですっ。もうだいぶ煮立っちゃってるよ!!」
「あとで聞くからねっ!」
覚悟しておきなさいねっ。