第3話 月乃との再会
第3話 月乃との再会
「9人や。ウチを入れて。」
そう言いながら、バイト店員控室の扉が開かれる。
そこに立っていたのは、世界屈指のプレイヤーからなる最強ギルド「最前線」のメンバーの1人。近接戦闘家として世界最巧と謳われるプレイヤー。そして《HYPER CUBE》東京予選決勝で蔵人と死闘を繰り返した相手。
矢沢月乃その人だった。
「蔵人くん。お久しぶりやな。」
月乃は満面の笑みで蔵人に挨拶をする。
「月乃・・・か!久しぶりだな。お前、大阪じゃなかったっけ?」と蔵人。
「ウチ、最近東京のプロダクションと契約したんよ。でも、東京は家賃高いからバイトしてるねん。」と月乃。
「は、初めまして。私は白石千冬と言います。ここで私もアルバイトやってます。月乃さん、よろしくお願いします。」千冬は礼儀正しく、笑顔で挨拶する。
「ウチは矢沢月乃です。よろしゅうね。」月乃も笑顔。
「私、月乃さんのニコ動の歌ってみたの動画大好きで、いつも見てるんです!月乃さん、ミリオン再生の動画いっぱいあるけど、私、どれも全部大好きなんです。」
千冬にとって、月乃は《HYPER CUBE》プレイヤーとしての有名人というよりは歌い手としての有名人らしく、興奮した様子で月乃へ話しかける。
「ほんまに!ありがとうな。」
嬉しそうに月乃は返す。
「それに私、月乃さんのニコ生のコミュも入ってます。バックステージパスだって貰ってるんですよ。」
「え!もしかして、いつも放送来てくれてるコテハンの『ちーちゃん』って千冬ちゃんなん?!」
「はい!そうなんです。月乃さんに会えて嬉しいです。コミュのオフ会は大阪だったから行けなかったけど、これからは行けますから。」
「うちも嬉しいわ。」
2人の少女は、いきなり意気投合したようで、仲良く話す。
「でも、実物の月乃さんって、本当にキレイですよね。μ'sの希たんみたいにキレイです。しゃべり方も、希たんみたいでカッコイイです」
「ありがとう。しゃべり方は、ウチも希たんも、大阪に住んでたからやね。でも、ウチはそんなスピリチュアルやないんやけどね。」
「あはは、月乃さん、面白すぎる!」
2人の少女は心から楽しそうに笑いあう。
◇
「月乃、お前とは俺も話したかった。」と蔵人。
「え?!ウ、ウチと。」
蔵人の言葉に、月乃は何故か顔を真っ赤にする。
「3日前にお前の兄の京介さんが『ホワイトナイト』に負けたと聞いた。そのときのことを京介さんから聞いていたら、教えて欲しい。」と蔵人。
「そっちの話・・・」
何故か残念そうな月乃。
「え?」
「ううん。何でもないねん。いや、私も蔵人くんには話さなければならないって思ってた。今、ネット上で1番噂になってる話って知ってる?」と月乃。
「ああ。今日の昼休みに時雨に聞いたばかりだが。『ホワイトナイト』と俺が戦ったらどちらが勝つかって話題で持ちっきりらしいな。」
「そやねん。『ホワイトナイト』VS『隻眼の使徒』。そして『ホワイトアウト』VS『エターナル・ウェーブ・サデニシオン』の特殊能力対決をね。《HYPER CUBE》世界に君臨せし絶対的序列第1位にして伝説の英雄『隻眼の使徒』の異名を持つ蔵人くん、あんたと『ホワイトナイト』の勝負の行方にみんな注目してる。『ホワイトナイト』は世界屈指のプレイヤーの集う最強ギルド『最前線』のメンバーを、どれもたった一撃で完勝するってチートな勝ち方で3連勝してる。そんな『ホワイトナイト』のエクストラ特殊能力『ホワイトアウト』。それと蔵人くんのエクストラ特殊能力『集極の波より来たりし闇』では、どっちが上ってね。そして『ホワイトナイト』は今『隻眼の使徒』を狙おうとしてるって・・・」月乃は心配そうに蔵人に話す。
「狙おうとしてる?いや、既に俺は狙われたことがある。『ホワイトナイト』は既に俺と接触をした。《HYPER CUBE》世界ではなく、この現実世界でな。」
「え!!」
月乃と千冬は、驚きの余り大きな声をあげる。
「すまない。驚かせるつもりはなかった。なあ月乃、俺が《HYPER CUBE》開発者の水鏡恭一郎と対峙してた場にはアルト君も同席していた。アルト君からお前も《HYPER CUBE》の本当の役割を聞いてるよな?」
蔵人の問いかけに月乃は黙って頷く。
蔵人は心配そうに2人の話を聞いている千冬を見やる。
「千冬ちゃん。これは秘密にして欲しい。だけど、いつか話さなければいけないことなんだ。」蔵人はそう言って、静かに千冬に語り始めた。
「《HYPER CUBE》は、ただのゲーム機じゃないんだ。《HYPER CUBE》の本当の役割は、地球外生命体である危険種ビグースを殲滅するスキル保持者を選別し訓練することにあるんだ。」
「えええ、そうなんですか!」
全く思いもよらない事実を知らされ、千冬は驚愕に顔の色を失っている。蔵人は続ける。
「通常のMMOはステータス表示にHPとMPがあるのに、《HYPER CUBE》にはHPとKIという表示になってるよね。そのKIつまり気。そんな気に裏付けられた特殊能力だけがビグースに人類が対抗できる唯一の手段なんだ。」
蔵人の話を千冬は真剣に聞き入る。
「だが、この話を公開はできない。なぜなら、大量の気を持った人間こそがビグースを倒せると分かると、世界中の世論は、人類を守るために大量の気を持つ者たち、例えばギルド『最前線』のメンバーを生け贄にしようという流れへ一気に傾くだろう。たとえ、そのメンバーが時雨やアルト君のような未成年の少年少女たちばかりであってもだ。」
蔵人の話を、千冬も月乃も黙って頷きながら聞き入る。
「そして気を世界で最も大量に保有する者、それこそがビグースが人類を支配する上で最も邪魔な存在となる。つまり《HYPER CUBE》世界に君臨せし絶対的序列第1位にして伝説の英雄『隻眼の使徒』と言われている俺を、ビグースは最も先に排除しようとするだろう。そして、このビグースは、今まで人類の脅威だった『Darker Than Crimson Red』とは違う別のビグースなんだ。そして、その新しいビグースは、先手を打って《HYPER CUBE》世界ではなく、この現実世界で俺への接触を図った。それに対して、俺は新たなビグースの正体を掴めず、後手へ後手へと回っている。それが現状なんだ。」と蔵人。
「そ、そんな・・・」
蔵人を思う千冬の目は涙でいっぱいになっている。
「だから、月乃、お前から話を聞いて現状を打開するヒントが欲しかった。」と蔵人。
月乃の目にも、涙が浮かぶ。月乃は黙って頷き、ゆっくりと口を開く。
「蔵人くん、東京予選決勝のとき、あんたと私が最後に話したときのこと覚えてる?」と月乃。
「ああ。」
蔵人は、ゆっくりと頷く。
「あんたは、あの時、絶望的な状況やった。勝利は9割9分私の手中にあったはずやった。でも、あんたは奇跡の逆転劇を演じてみせた。それは負けた私でさえも、『お見事』と言わざるをえへんもんやった。あのとき、あんたは言ってくれた。『戦略を持った弱者は、時に戦術を持つ強者を凌ぐ。』ってね。だから、私の話を聞いて、あんたがヒントを得て、そこから戦略を練ってくれる。人類を救ってくれる。その可能性に私は賭けるんや。」
そう言う月乃の瞳から涙が次第に両頬へと流れる。
「あんたは私が認めた男。本物の真剣な戦いの中で惚れてしまった唯1人の男やから。」それを月乃は、まだ口にはしない。
そして、月乃は語り出した。
3日前の戦いを。前回の《HYPER CUBE》世界大会準優勝者にして遠隔射撃の特殊能力『奇跡の林檎』の使い手、世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤーである矢沢京介と謎のプレイヤー『ホワイトナイト』との戦闘を。
◇
「京介兄さんは、まだ大学院に籍だけは置いてるけどニートみたいもんやからね。その日も、いつもどおり深夜に《HYPER CUBE》にログインしてた。」
月乃は京介が聞けば苦笑しそうなツカミから、話を始める。
「デュエルでの戦闘をしたい気分やったけど、深夜やから、なかなか対戦相手が見つからへんかったんやって。《HYPER CUBE》からログアウトして、FPSでもしようかなって思ったときに、『ホワイトナイト』ってプレイヤーから、デュエルを申し込まれた。京介兄さんは、どんな相手にでも常に全力で戦うスタイルやから、遠くにスタート位置を設定して、いつもの大型ライフルを構えて遠隔射撃の特殊能力『奇跡の林檎』を発動しようとした。でも、ホワイトナイトは、それより早く特殊能力『強制転送』を発動したから、京介兄さんはホワイトナイトの近くに無理やり移動させられた。だから京介兄さんは、ライフルのスコープからホワイトナイトを見失って、『奇跡の林檎』を発動できなかった。」と月乃。
「ちょっと待ってくれ。《HYPER CUBE》世界で『強制転送』の特殊能力は確認されていなかったはずだ。確かに俺やお前は、特殊能力『瞬間移動』で自分自身を移動させることができる。だから、俺たちの東京予選決勝は、あれだけの死闘になった。お前たち矢沢兄妹の特殊能力『キャスリング』も、その応用形態と言っていいだろう。だが、『強制転送』は、自分ではなく他人を移動させる特殊能力。『瞬間移動』と似ているが、メカニズムが全く異なる『強制転送』を、俺もお前たちも使うことはできない。そして、《HYPER CUBE》世界で『強制転送』の特殊能力を保持する者はいなかったはずだ。だが、やはりホワイトナイトは『強制転送』を使えるんだな?」と蔵人。
「蔵人くん、最近の《HYPER CUBE》のこと、ほんまに全然知らないんやね。世界大会が近いのに大丈夫?」心配そうに月乃は蔵人の顔をのぞき込む。
今日の昼休みにも同じ事を泉に言われたなと思いつつ、蔵人は月乃からの視線に目を背ける。
「で、で、でも蔵人さんは、3日前から毎日、下校後スグにここでバイトして、ずっとここで深夜まで働かなければいけない状況でした。家に帰っても、疲れきってスグに寝るだけだったはずですから、ネットをする余裕とかなかったはずです。」優しい千冬は、蔵人をフォローする。
「いや、千冬ちゃん、それじゃこの店がブラックバイトみたいじゃないか。さっきも言ったように俺は店長のために働きたいと思って働いてるだけなんだから。」
蔵人に軽く怒られて、千冬はシュンとなる。
「いや、千冬ちゃんの言ってる事実自体は間違ってないから。ゴメンね。いいんだよ。」蔵人は千冬をフォローする。
そんな2人を微笑ましく見ながら、月乃は話を再開する。
「確かに、今まで《HYPER CUBE》世界で『強制転送』の特殊能力は確認されてなかった。でも、3日前にホワイトナイトが京介兄さんに発動した瞬間、《HYPER CUBE》世界に『強制転送』の特殊能力は、初めて確認されたんよ。」月乃は続ける。
「『強制転送』により移動させられて、京介兄さんはホワイトナイトと近接戦闘することになった。京介兄さんは白銀の大剣を抜刀して、下段に構えた。その瞬間に、京介兄さんの視界が真っ白になった。ホワイトナイトが特殊能力『ホワイトアウト』を発動したから。その1撃で京介兄さんのHPはゼロになったんや。京介兄さんがゲームオーバーになった後、ホワイトナイトはバトルチャットでこう言ったんやって。」
「Pure Sublimity White」
◇
話を終えた月乃は、蔵人を見る。
蔵人は、月乃を見てニヤリと笑う。
「ありがとな、月乃。貴重な情報だった。参考になったよ。」
そう言って、蔵人は月乃の頭を撫でる。
蔵人に頭を撫でられて、嬉しさに月乃も思わず笑顔になる。
「お役にたてたなら、嬉しいねんけど。参考になったのは特殊能力『ホワイトアウト』のとこ?」と月乃。
「違う。その後だ。特殊能力『ホワイトアウト』を発動するまでのホワイトナイトの立ち振る舞いは完璧だった。そこで終わっていたなら、俺はいつまでも、ホワイトナイトの正体を掴めなかっただろう。」蔵人は続ける。
「だが、ホワイトナイトはその後、1つの致命的なミスを犯した。時雨との戦闘の際には犯さなかった大きなミスをな。そして俺はそのミスから必ずホワイトナイトの正体へ辿り着くことができる!待っていろホワイトナイト!今度は逆に俺が追い詰めてやる。これからは俺のターンだ!」
蔵人の言葉は次第に熱を帯びる。その瞳は輝きを放つ。
そんな蔵人の力強い言葉を聞いた月乃と千冬の瞳からは、喜びの涙が両頬へと流れる。
今の蔵人の表情は、いつもの自信に満ちた蔵人のそれだった。今日、時おり見せた不安げな表情は、もう蔵人にはなかった。そんな表情に千冬は心から安心した。