第2話 白石千冬
第2話 白石千冬
駅前のフライドチキンで有名な某ファーストフード店。そのアルバイト店員控室。部屋には夕陽が差し込む。そこに居るのは1人の少年と1人の少女。
「蔵人さん、お弁当作ってきましたよ。どうぞ~」
少女は満面の笑みで弁当を差し出す。少女の名は白石千冬。蔵人や時雨たちより1つ年下の中学3年。だが、中学3年と思えないほど成長した大きなバストを持つ。千冬のバストは95cmだが、千冬が太っているというわけではない。その証拠に千冬のウェストは65cmにすぎない。千冬は生まれつきプロポーションの良さに恵まれているのである。ブラウンの髪に、同色の瞳。そして、顔も小さく、あまりの可愛いらしさから、西洋人形みたいと言われることが多い。その可愛らしさから、千冬は、このファーストフード店の看板娘として駅前商店街でも有名な存在であった。
このファーストフード店の女性の制服は、店長の趣味からなのか胸元が大きく開いている。そんな格好をした千冬が両手で弁当を蔵人に差し出すものだから、大きな胸の深い谷間が強調されてしまう。常にクールな蔵人ではあるが、思春期の健康な男子でもある。蔵人は赤面しつつ思わず目を逸らせながら、弁当を受け取る。
「千冬ちゃん、いつもありがとう。感謝してるよ。」と蔵人。
「か、か、感謝だなんて、蔵人さんに喜んでもらえるだけで私は十分なんです。」
そう言いながら千冬も、なぜか顔を真っ赤にしている。千冬は蔵人の為に毎日、弁当を作るのを日課にしていた。そして千冬にとって蔵人に手作りの弁当を渡すことが1日で1番楽しみな時間であった。
「でも、よかった。」と千冬は嬉しそうに笑う。
「え?」
「だって七里ちゃんも無事に手術が上手くいって退院されたから、もう蔵人さん、バイト辞めちゃうと思ってたんです。でも、こうしてまた毎日お弁当を食べてもらえるから。」
蔵人は、バイト先で1番親しい千冬には、難病で入院している妹の七里の手術代を稼ぐ為にアルバイトをしていることを話したことがあった。
「いや、やめようと思ったこともあったんだ。」
「え!?」
千冬は驚きのあまり大きな声を出してしまう。
「いや、すまない。今はそんなこと思っていないから。」と蔵人。
「じゃあ、なんで。」
今まで満面の笑顔であった千冬は不安でオドオドした顔になってしまっている。
「バイトを辞めれないのは店長の存在が大きいかな。」
「店長さんですか?」
千冬は不思議そうな顔をする。
「店長は病気であんまり出てこれないからな。発注とかも全部俺の担当だし、俺がいないと上手く店を回していけないでしょ。バイトも今8人でいっぱいいっぱいでやってるしね。」と蔵人。
「さすが蔵人さんです。そんな責任感のある蔵人さん、社会人みたいで素敵です。」
「いや、僕はバイトなんだけどね。」蔵人は苦笑する。
「責任感というよりは、店長を助けなければいけないという使命感かもしれない。いや、あんな店長だからこそ力になりたいっていう願望かな。この駅前を毎日通りながら大きくなってきた俺たちにとっては、フライドチキンで有名なファーストフードといえばこの『センタッキーフライドチキン』だけど、世界的にはフライドチキンで有名なファーストフードというのは『ケンタッキーフライドチキン』らしいんだ。」と蔵人。
「え?!そうだったんですか?」千冬は驚く。
「でも、俺たちのセンタと世界のケンタでは大きな違いが1つだけあるんだ。ケンタの前にはカーネル・サンダースという白いスーツを着たおじさんの人形がある。」と蔵人。
千冬も、真剣に蔵人の話を聞き入っている。
「他方、俺たちのセンタ。センタの前にいる人形は、そんな柔なもんじゃない。」
「はい、あの緑のベレー帽被って、機関銃を持って迷彩服着た大きな軍人さんの人形ですよね。あれフライドチキンと全然関係ないのにって、ずっと不思議だったんです。たまにミリタリーショップと間違って入ってくるお客さんもいるし。」と千冬。
「俺も不思議だったんだ。だから昨年の忘年会の時、店長に思い切って聞いてみたんだ。すると、それまで楽しそうに騒いでいた店長は、急に真剣な表情になった。そして窓の外の遠くを見ながら、ゆっくりと話してくれたんだ。」蔵人は続ける。
「店長は元はグリーンベレーというアメリカ陸軍特殊部隊の戦闘員だったんだ。財布の中からボロボロになった渡辺少尉と書かれたIDカードを見せてくれたよ。店長にとってグリーンベレーにいたことは、今でも誇りなんだと思う。そして店長は、話してくれた。北アフリカでの激戦のときのことを。グリーンベレーの隊員だったある日、店長は20人のみの精鋭で地下道を通って敵の基地から捕虜となった仲間を奪還するというミッションを言い渡されたらしい。ミッションは順調に遂行され、店長達は敵の基地の牢屋で仲間を発見できた。だが、その仲間を連れだそうとした瞬間、運悪く敵兵に店長たちは見つかったらしいんだ。敵の基地にいる兵員は400人。精鋭とはいえ、たった20人にすぎない店長たちが、400人の中を突破するのは至難の業だった。そんな絶望的状況の中、1人の大佐が殿を勤めると名乗りをあげたらしいんだ。」蔵人は1拍置く。
千冬は真剣に聞き入り、沈黙で蔵人に話の続行を促す。蔵人は続ける。
「その大佐は大きな声で言ったんだ。『俺には家族がいない。俺が死んでも誰も悲しまない。だが、お前達は違うだろ』。大佐はそう言って、他の者が殿に加わることを絶対に許さなかったらしい。大佐は仲間を逃がすために自分が死ぬことを覚悟していた。そして、大佐は唯1人、機関銃を片手に敵の基地の中枢へ勇猛果敢に飛び込んでいったんだ。敵の基地の中枢は大混乱に陥ったらしい。そして店長達のミッションは成功し、捕虜と共に店長たちは無事に帰還できた。だけど、みんなの為に囮となって戦った大佐、1人だけは、いつまで待っても帰ってこなかった。その大佐こそが、あの店の前の人形なんだ。あの人形は、そんな伝説の英雄。その英雄の名はサンダース。」蔵人は1拍置く。
「サンダース大佐。そんな英雄を称える店長の気持ち。それこそが、あの店の前の人形なんだ。」
「そ、そんな英雄さんの人形だったんですね。」
蔵人の話を聞き終えた千冬の目には涙が浮かんでいる。
「ああ、サンダース大佐は、料理も得意だったらしい。野戦料理と思えないクオリティーの料理を、よく店長たちにも振る舞っていたらしいんだ。特にフライドチキンの味は、格別で店長はその味に惚れ込んでサンダース大佐に作り方を教えてもらっていたらしいんだ。やがて、店長は体を壊して退役する。店長はサンダース大佐のフライドチキンの味を1人でも多くの人に知ってもらいたい、それこそがサンダース大佐に生かされた自分の使命だと思ったらしいんだ。そんな店長の純粋な思いに俺は共感してるし、協力したいと思っている。」と蔵人。
「蔵人さん、わ、私、このバイトをやってきて本当に良かったと思ってます。」頬に涙を流し、泣きながら千冬はそう言った。
蔵人は、そんな千冬の頭を撫でる。
そして。
「え?」
と突然に不思議そうな言葉を発する蔵人。
「え?」
不思議そうな蔵人の言葉の意味が分からすに千冬も、不思議そうに返す。
「いや、千冬ちゃん、この頭のテッペンのとこ銀髪だよね。」と蔵人。
「もー。秘密なんですよ。私、本当は銀髪なんですけど、銀髪って服とあわせるのが難しいんですよ。だから、ブラウンに染めてるんですよ。髪の毛が伸びてきてるから、また染めなきゃです。」と千冬。
蔵人は違和感を感じる。だが、その違和感の正体が分からず焦る。
「千冬ちゃん・・・最近僕と会ったことある・・よね?」蔵人は言葉を絞り出す。
「え?毎日バイトで会ってるじゃないですか。」千冬は不思議そうに返す。
「いや、最近銀髪の・・・千冬ちゃんと会った・・・気がする・・・」焦燥感から苦しそうに蔵人は話す。
「え?え?私はバイト始める前からずっとブラウンに染めてるから、それはありえません。ていうか、蔵人さん、何か変ですよ。東京予選決勝の疲れが今になって出てきてるんじゃないですか?」いつも理路整然と自信に満ちて話す蔵人が、不安げに苦しそうに意味不明なことを言うのを聞いて、千冬は心配そうな顔で蔵人を見つめる。
「いや、すまない。今日も学校の昼休みに友人から同じことを言われたばかりなんだ。疲れているのかもしれない・・・」違和感の正体を掴めないもどかしさに、蔵人は苦しげにつぶやく。
蔵人は普段、理屈の通じない人間を軽く見ている。それだけに、自分が自分でも何故か意味が分からないことを言ってしまっているのに気づき、少なからずショックを受けていた。
千冬は蔵人が蔵人自身を追い詰めていることに気づき、話題を変えようとする。
「あ、そう言えば、今日から新しいバイトさん来るんですよ!ニコ動ですごく有名な歌い手さんなんです。友だちになって一緒にカラオケ行きたいなって今から楽しみにしてるんです!」と千冬。
「おお、そうなんだ。これでちょっと楽になるな。」
そう言って笑顔に戻った蔵人に、千冬は安心する。
「よかったよね、千冬ちゃん。てことは、バイトは今まで8人だったけど、これからは・・・」と蔵人が言ったその時。
「9人や。ウチを入れて。」
そう言いながら、バイト店員控室の扉が開かれる。
そこに立っていたのは、世界屈指のプレイヤーからなる最強ギルド「最前線」のメンバーの1人。近接戦闘家として世界最巧と謳われるプレイヤー。そして《HYPER CUBE》東京予選決勝で蔵人と死闘を繰り返した相手。
矢沢月乃その人だった。