第1話 時雨と泉
第1話 時雨と泉
「……ということなんだ。て、お前、私の話を聞いてたか?」
そう言うと二神時雨は咎めるようなキツい視線を人色蔵人へ送る。
「え?」
蔵人は我に返る。
学食となっている校内のカフェテリアでの昼休み。蔵人の正面には100人いれば100人が認めざるをえないレベルの美少女2人が座る。
蔵人から見て右側の少女の名は二神時雨。ツインテールにした炎髪に小さな顔、大きな緋色の瞳、意思の強さを感じさせる強い眼差し、右耳にはルビーのピアス。時雨は大富豪である二神財閥の令嬢であり、《HYPER CUBE》最強ギルド『最前線』のメンバーにして、《HYPER CUBE》界屈指の貫通力を誇る特殊ス能力キル『竜神の逆鱗』と『竜雷の雷槌』の使い手として知られている。
蔵人から見て左側の少女の名は水内泉。蒼い髪に小さな顔、優しげな眼差し。コンピューター研究会(校内ではコンピ研と呼ばれている)で現在は部長代行を勤め、前回のハッカーの世界大会ブラックハットで準優勝した実績を持つ。その真の姿はDr.Iと言われている世界最強のハッカーなのだが、それを知るのは蔵人のみ。また泉は、《HYPER CUBE》で準最強ギルドと言われる『旅団幻影』のメンバーであり、また《HYPER CUBE》では極めて希少な価値を持つヒーラーでもある。時雨も泉も、学内屈指の美少女として知らない者はいない存在である。
そんな2人の美少女の正面に座る少年。切れ長の目に端正な顔立ち、髪型は男としては長髪の部類。そして隻眼。《HYPER CUBE》世界での絶対的序列第一位にして『隻眼の使徒』の二つ名を持つ人色蔵人。そんな有名人3人が高校のカフェテリアで、1つのテーブルにいるのだから、それが毎日のこととはいえ、少なからず他の生徒たちの視線を集めている。だが、この3人は、そんな視線を気にすらしない。
「全く聞いていなかった訳じゃない。お前がホワイトなんとかってプレイヤーに対戦を挑まれたってとこまでは聞いてた」
蔵人は、咎めるような時雨の視線に悪びれる風もなく答える。
「はー?そんなの最初の最初じゃないか!泉はちゃんと聞いてくれてるのに。
あんたバカ?もう1回言うから、ちゃんと聞けっ!」
時雨は怒りを露あらわにする。
そんな時雨の言葉を聞きながらも、蔵人は時雨に妨げられた先ほどからの思索を再開する。
その思索とは、昨夜の出来事の分析であった。蔵人は、自分が強制転送という特殊ス能力キルにより他の場所に移動させられたとの事実だけを記憶していた。蔵人は移動させられた先でホワイトアウトの中で銀髪の少女に会ったのだが、今の蔵人にはその際の記憶はない。時雨が熱弁をふるっている間、蔵人は時雨の話を聞かずに思索を進め、自分が移動した後の記憶を消失した原因につき考察し、自分は強制転送の特殊ス能力キル保持者により強制転送後の記憶を消去させられたものという一応の結論に達した。丁度、その時に時雨に咎められ蔵人は我に返ったというのが先ほどの出来事だったわけである。そうして時雨に咎められたものの、蔵人は思索を再開し、さらに考察を進める。自分の記憶を消去できるということは、その強制転送の特殊ス能力キル保持者は、精神系統の特殊ス能力キルをも使える。ならば、記憶消去のみならず、記憶の改竄かいざん、感情操作、誤認誘導といった特殊ス能力キルをも有している可能性を考慮することが現実的であろう。蔵人は、そう考えた。
「心理掌握か。《HYPER CUBE》世界で心理掌握という特殊能力は確認されていない。だが、強制転送同様に、確認されていないことと存在しないことはイコールではない。だが、心理掌握とは、厄介だな。心理掌握により、例えば絶対遵守の命令を下された場合、自分は完全に思考停止し、無理やりに敗北させるてしまうことを意味する……」
蔵人は心の中でつぶやく。
その瞬間、蔵人は『Darker Than Crimson Red』の最期さいごの言葉を思い出す。
「ビグースは決して僕だけじゃない。『Darker Than Crimson Red』である僕は、まもなく命を失う。でも、本来のビグースたちは好戦的だ。僕が死んでも第2、第3のビグースが必ず現れる。
そんなビグースたちが出現したとき、君が世界を救う鍵になるんだ。それだけは知っておいて欲しい。」
『Darker Than Crimson Red』が言い残してくれたそんな最期の言葉から、蔵人はさらに考察を進める。
「その敗北は、最悪の場合、自分の死、さらに人類の滅亡を意味する……」
そう考えた蔵人の頬に冷や汗が一筋流れる。
「だが、相手は強制転送した先で俺の命を奪わなかった。それが単なる余興でない限り、それは明確な意図によるものと考えていいだろう。ならば、相手は生きている俺に何らかの価値を見いだしているということになる。そうすると、相手は次に必ず俺にアプローチをかけてくるだろう。この世界で、あるいは《HYPER CUBE》世界で。ならば今はその時を待てばよい」
蔵人は思索の結果、1つの結論に辿り着いた。
深い思索による極度の緊張から脱したことにより、蔵人は自分が話しかけられていることに気づく。
「蔵人くん、蔵人くんってば、あっ、やっと気づいた?さっきから時雨が2回も蔵人君に一生懸命に同じ話してたんだよ。ちゃんと話くらい聞いてあげなよ。今日の蔵人くん、考え事ばっかして一体どうしちゃったの?」
泉は不思議がる。
ふと見るといつも強気で我が儘な時雨が少し涙ぐんでいるのに蔵人は気づく。
「も、もういい……」
拗ねたように視線をテーブルに落とし蔵人を見ようとしない時雨。
「あのね。昨日、時雨、《HYPER CUBE》の対人戦闘戦で『ホワイトナイト』って相手に負けちゃったんだって。それも1撃で。相手はギルド『最前線』のメンバーじゃないどころか、全くの無名プレイヤーなんだよ。それをさっきから、時雨が一生懸命話してたんだよ」
今度は泉が蔵人を咎める。
「え?時雨が1撃ってそんなのありえるのか?お前のLevelって上限の80近いよな……。アップデートされたばかりの最新マップの最強クラスのメチャクチャなボスですら1撃だと時雨のHPの半分も削れないはずだろ。対人戦闘だったら、もっと削れないはずじゃないのか?」
蔵人は驚く。
泉が時雨に代わって返す。
「蔵人くん、最近の《HYPER CUBE》のこと本当に全然知らないのね。『ホワイトナイト』に1撃で負けたのは時雨だけじゃないんだよ。3日前に前回の《HYPER CUBE》世界大会準優勝者にして特殊能力『『奇跡ミラクルの林檎アップル』の使い手である矢沢京介さんが1撃で負けてる。そして2日前には前回の《HYPER CUBE》ヨーロッパ選手権優勝者にして世界大会第3位の実績を持つアルト・ネイチャーくんが1撃で負けたよ。2人とも最強ギルド『最前線』のメンバーで、世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤーなのに……。ネットでは大騒ぎになってる。週刊《HYPER CUBE》や《HYPER CUBE》マガジンとかの雑誌も、東京予選決勝に並ぶくらいの売れ行きになるって予想されててるくらいだから。そんな中で昨日、時雨が……」
「アルト君に、それに京介さんまでもがか……。そして時雨か……」
蔵人は言葉を失う。
蔵人はアルト君と面識がある。そして矢沢兄妹とは先日の《HYPER CUBE》東京予選決勝で死闘を繰り広げたばかり。そして時雨は東京予選でのタッグパートナーだった。それだけに時雨や京介の希有な力量は、蔵人自身が最も良く知っていると言っても過言ではない。そんな実力者ばかりが1撃で敗れたという事実に蔵人もショックを隠せない。
「信じられないな……。ちょっと待ってくれ。時雨、お前には最強の貫通力を有する特殊ス能力キル『竜神の逆鱗』があるよな。仮に相手の特殊能力の貫通力が並外れて強くとも、お前が『竜神の逆鱗』を発動することで相殺されて、お前はさしてダメージを受けないはずじゃないのか。お前が『竜神の逆鱗』を発動する前に相手が特殊ス能力キルを発動したから相殺は間に合わなかったということだな?」
蔵人は状況を把握すべく時雨に質問する。
蔵人が話しを聞いてくれたことに満足してか、時雨は機嫌を直し、いつもの強気で我が儘な時雨に戻っていた。
「は?それだったら私がこんなに落ち込んでるわけないだろ。『ホワイトナイト』からデュエルを申し込まれた時点で、私は殺やる気満々だったさ。アルトや京介の敵かたきを討てるわけだからな。だから私は開始直後の1ターンめから『竜神の逆鱗』を全力全開で発動した。それに対して、『ホワイトナイト』も1ターンめから『ホワイトアウト』とかいう特殊能力を発動した。だから特殊能力発動開始までの時間に大きな差はなかったはずだ。 《HYPER CUBE》の大会ではないから、相手の攻撃熟練度などの細かいステータスまでは公開設定されていない。公開されてるLevelやHPの数値では私は負けていなかった。だが、相手のKIの保有量が180だった。お前が水鏡に前に言ってたことだが、《HYPER CUBE》での最近のアップデートで気(KI)の保有量は180以下のプレイヤーの気はそのまま表示し、気の保有量が180を超えるプレイヤーの表示に際しては気のマックスから180減少させた数値をゼロとしてそこ時点からの気の保有量のみを表示するがそれは単に見せかけの表示をしていてゲーム内の気の実際の保有量を表すものではないはずだったな。だから、実際の気の保有量の差が大差だったから、私の『竜神の逆鱗』で『ホワイトアウト』を相殺することなんてできなかったということだ。分かったか?」
元気を取り戻した時雨は自分なりに分析した結果を一気に捲まくし立てる。
時雨の理屈は尤もっともなものだと蔵人は考える。だが、一方で蔵人は違和感を拭ぬぐえないでいる。その違和感の正体を蔵人は掴つかめない。理屈ではない。それだけは蔵人も分かる。
「……時雨、いま……『ホワイトアウト』と言ったか?」
蔵人は手探りで言葉を絞り出す。
「ん?お前、『ホワイトアウト』って特殊能力を知っているのか?」と時雨。
「いや知らない。だが、俺は自然現象としての『ホワイトアウト』を経験したことが……ない……」
蔵人は真顔でつぶやく。
「お前、頭大丈夫か?」
不思議そうな顔で時雨。
「今日の蔵人くん何か変だよ。東京予選決勝での疲れが今になってでてきてるんじゃないの?」
蔵人が真顔で訳の分からない冗談を言うタイプでないことを知っている泉は、心配そうに蔵人に言う。
「いや、すまない。疲れているのかもしれない……」
違和感の正体を掴めないもどかしさに、蔵人は苦しげにつぶやく。
「まあ、今ネットでは、『ホワイトナイト』と『隻眼の使徒』が戦ったらどちらが勝つかって話題で持ちっきりだ。『ホワイトナイト』が《HYPER CUBE》世界大会決勝に出ればはっきりするのになって盛り上がりまくってるぞ。まぁ伝説の英雄『隻眼せきがんの使徒しと』とか、《HYPER CUBE》世界に君臨せし絶対的序列第1位とか言われてるお前の名声も長くないかも知れないってことだ。」
時雨は軽口を叩く。
「お前な……。アマゾンの飛行場で泣き叫んでたときのお前自身にその言葉言えるの?」
蔵人は心の中でつぶやくが、それを口にするような無粋なことはしない。
「あ、そうだ。私のHPがゼロになる直前に、私は『ホワイトナイト』にチャットで話しかけてみたんだ」
当時のことを思い出した時雨は続ける。
「『ホワイトナイト』の国籍が分からないから、『Who are you?』 って英語でな。今、世界中が注目しまくってる謎のプレイヤー『ホワイトナイト』の情報を探れるのは、デュエルの相手だけだからな。手ぶらで負けるだけってのも癪だったんで頭を切り替えて聞いてやったんだ。そしたら私がゲームオーバーになる直前に『ホワイトナイト』はチャットで答えてきた。なんて答えたと思う?」
時雨の言葉は次第に熱を帯びる。
「盛り上がっているところすまないが、ちょっといいかな。」カフェテリアの蔵人たちの席の前に1人の少女が立つ。身長は170cm近くあり、細身でモデルのような体型。目鼻立ちもハッキリしたモデルのような顔立ち。肌は透き通るように白い。そして、髪はロングの銀髪。
「君が1年の人色蔵人くんだね。私は2年の白河院京子。3日前に転校してきたばかりだ。君には挨拶をしておかなければならない、そんな気がしたから。君とは、いつか……いや何でもない。では、失礼する」
後半は早口なので、聞き取れない。銀髪の少女は、それだけを言うと蔵人たちの席を離れていった。
「白河院さんだ~。キレイだよね」
泉は立ち去る銀髪の少女を、うっとりとした顔で見とれる。
「彼女を知っているのか?」
蔵人が問う。
「クラスの男子たちが話題にしてたよ。今、学内で美人コンテストをしたら白河院さんが1位だろうって。その美貌から転校してきてから3日で全校のほとんどの男子が名前を覚えたって言われてるほどなんだよ」
「そうなのか」
そちらの方面には無頓着な蔵人は、泉の言葉に感心する。そして改めて時雨に話しを向ける。
「で、時雨、さっきの話の続きなんだが、お前が『Who are you?』 ってチャットしたんだったな。それで『ホワイトナイト』はなんて答えたんだ?」と蔵人。
時雨は当時のことを思い出したようで、ご機嫌ななめな表情になりながらも、口をひらく。
「それがふざけた話なんだ。あいつ、私にこう言ったんだ。」
時雨は続ける。
「Pure Sublimity White」