誇りで勝負!
沈黙が支配する、重苦しい空間。
車で別荘に向かう正義と士郎の間には、一言の会話もなかった。
ここまで来たにも関わらず、正義の中にはまだ葛藤している部分がある。
いいのか……。
こいつは本物のキチガイだぞ……。
こいつの分別に期待するしかないか。
ん?
分別のあるキチガイ?
そんな奴、いるのだろうか……。
……。
正義の頭からは、ボウイナイフをいじくりながら、娘をじっと見つめていた士郎の映像が離れなかった。そして、勇気や愛、ソーニャやマリアの事を思った。女たちが士郎に襲われ、次々と絶命していく……。
勇気……。
愛……。
ソーニャ……。
マリア……ん?
待て。
あいつは何なんだ?
そもそも、あいつ関係ないじゃん。
なんか知らんうちに、オレたちの中に溶け込んでやがる。
ある意味、士郎よりも恐ろしい娘……。
そのマリアは今、ソーニャに叱られていた。
「プロポーズ対決って何ですか!意味が全然わかりません!」
「い、いや……ポーズで対決するである」
マリアはすまなそうな顔で答える。
その横では、勝利が腕立て伏せをしながら、二人を見守っていた。
ソーニャは口をとがらせ、言葉を続ける。
「意味がわかりません」
「簡単である。カッコいいポーズを決めるである。こんな風に――」
ボディービルダーが上腕の筋肉を誇示する時のようなポーズをするマリア。
「どうであるか、マリアのポーズは?」
「えー……」
今度はソーニャが困った顔になる。
すると――
「おおお……さすがマリア……見事な上腕筋だ……しかし、オレも負けん!」
言葉と同時に乱入し、シャツを脱ぎ始める勝利。
分厚く、暑苦しいまでに鍛え抜かれた上半身があらわになる。
「見ろ!どうだソーニャ!オレの筋肉の方が凄いだろう?!」
「マリアだって負けてないである!しこしこ、どっちが凄いであるか?判定して欲しいである!」
暑苦しい筋肉義兄妹はソーニャの前で、暑苦しいポージングを始めた。
「知りません!」
ブチ切れるソーニャ。
二人を置いて、室内に入ってしまった。
「おーい、待ってくれよソーニャ。どっちが……」
ソーニャの後を追い、室内に入る二人。
リビングに入っていった途端――
「ちょっとー、服着て欲しいんだけど!」
愛に怒られる勝利。
そんな時、元気のケータイが鳴る。
正義だった。
おそらく、いや確実にヤバい話であろう。
元気は一人、外に出た。
「どした」
(あー、あと三十分くらいで着くけどな。実は客が一緒なんだ)
「客?」
(天田士郎って覚えているか?あいつだ)
「……おい!お前なに考えて――」
(まず、黙ってオレの話を聞け)
ロシアンマフィアが動いていること。
しかも二つの派閥の人間が。
そして、連中は正義を探していること。
(これからどう動くにしろ、オレたちだけじゃ不安だろうが。今はあいつぐらいしか頼れる人間がいないんだよ)
「わかった。とにかく、早く帰って来てくれ」
電話を切った後、元気は一人、その場で考えた。
二つの派閥……。
まだ確かな情報ではないと言っていたが……。
いずれにしろ、正義のことが知られたとなると、遅かれ早かれ、ここにも連中の手が……。
しかし、天田士郎はな……。
マフィアよりヤバいんじゃねえか、あいつ……。
さて、どう戦いぬくかねえ……。
ほどなく、正義の乗ったバンが到着する。
元気と勝利が外に出て、迎えた。
バンから降りる正義、そして――
士郎。
それを見た瞬間、勝利の顔に緊張が走る。
「正義――」
「待て勝利。すまんが、みんなにこいつを紹介させてくれ。来い士郎」
「やあ、あなたたちは二度目ですね」
士郎は大げさな身振りで挨拶すると、正義について行こうとした。
その時――
「身長は約百七十。体重は七十から七十三。体脂肪率は八から十。合ってるだろう?」
勝利は突然、士郎に向かい、そんなことを言い放った。
おや、という表情を浮かべて立ち止まる士郎。
「……その通りです。見ただけでわかるとは、凄いですね」
「そこまで鍛え上げた筋肉持ってるのに、何で人殺しなんかする?」
勝利は大真面目な顔で、そんなことを言った。
「……あなたは、幸せな仲間に囲まれ、幸せな時間を過ごしているんですね」
士郎も真顔で答える。
「そんなに誉めるなよ……照れるじゃねえか……」
聞いたとたんに顔を真っ赤にし、巨体を震わせ、照れまくる勝利。
「お前、皮肉だってわからんのか……」
正義は呆れ顔で、二人のやり取りを見守る。
だが、士郎は言葉を続けた。
「いや、皮肉じゃなくて本音です。もし、昔の僕にあなたたちみたいな仲間がいれば……」
士郎の表情が変わる。
顔を覆っていた仮面が剥がれ落ち、苦悩する少年の暗い表情が現れる。
だが、それは一瞬のことだった。
「さあ、行きますか。みなさんに自己紹介しなくちゃいけないんですよね」
そう言って、士郎は正義を促した。
「どうも、天田士郎です。よろしく」
全員集合したリビングで、自己紹介する士郎。
「士郎はな、まーなんて言うか、助っ人みたいなもんだ。それで今後のことだがな――」
そこまで言った時――
ドアを叩く音がした。
それも、極めて乱暴に叩いている。
音がやんだ。
すると――
「すまないが、ここを開けてもらえないですか!私はロシア人の使いです。そう言えばわかりますよねえ!さあ開けてください!開けないなら、力ずくの手段もやぶさかではないんですよ!」
「わかった!開けるから待て!勇気と愛とマリアはソーニャを連れて部屋に避難してろ」
正義はそう言うと、ドアに向かった。
後ろには、元気と勝利が付いている。
「ロシア人のくせに、やぶさかでない、って言ってたよな。やぶさかでない、ってどういう意味だ?」
勝利が元気に聞いた。
「後で教える。無事に終われたらな」
ドアの外には――
六人の男たちがいた。
一見すると、ただの外国人旅行者の一団にしか見えないだろう。
だが、全員に共通した雰囲気があった。
見事なまでに無表情で、機械のようだった。
「何の用だ?できれば、日本語わかる人と話したいんだが」
正義はできるだけ普通の調子で尋ねた。
一人の若い男が前に進み出る。
「私はイワンという者です。まず、ちょっと話をさせて欲しいんだが……」
流暢な日本語でそう言って、ドアをのぞきこむ。
「部屋には入れてもらえないのですか?」
「それは無理だな!」
そう言って、勝利が一歩前に進み出る。
すると、向こうの一団も雰囲気が変わる。
一人の男などは低くうなり、勝利の目の前に進み出てきた。
その途端、パッと飛び退き、身構える勝利。
他の男たちも表情を一変させ――
だが、イワンがロシア語で一喝した途端、男たちの動きは止まる。
「まず、我々がどういう立場の人間なのか、説明させてください」
正義の予想は当たっていた。
男たちの一派は、暗殺されたアレクサンダー・ガーレンの部下および親戚だった者で構成され、コワルスキー派とは対立しているのだという。
先の暗殺により、ガーレンおよびその家族らは全員この世を去ったが、まだノリコとソーニャがいる。
その二人を担ぎ出し、今は亡きガーレンの意志を継ぐという形にすれば、ガーレン派の人間をかなり吸収できるというわけだ。
しかも、ガーレンの娘であるなら、ガーレンの遺した遺産も、そのほとんどを受け取ることができる。
そのため、ガーレン派は日本に部下を派遣し、母娘を連れてこようと画策していた。
ところが、そうはさせじと動いているのがコワルスキー派だ。
コワルスキーにしてみれば、今さら愛人だの娘だのに出てこられても困る。
そこでコワルスキー派もまた、日本に渡ってきた。母娘を殺すために。
だが、ガーレン派は間一髪のところでノリコの身柄を確保した。
あとは、娘のソーニャを連れて、ロシアに帰るだけだった。
ところが、そこに登場して、娘をさらってしまったのが正義たちだった。
娘がいなくては、ガーレン派としても帰るに帰れない。
「つまり、ソーニャをよこせと?」
聞き終わった後、正義は冷静な表情で尋ねた。
「そうですね。一刻も早くこちらに引き渡していただきたい。もちろん、ただとは言いません」
にこやかな顔で答えるイワン。
「……ちょっと考えさせてくれないか」
「はい?!」
正義の返事を聞き、イワンの表情が変わる。
「はっきり言うよ。オレはあんたらがわからない。家を爆弾で吹っ飛ばすような連中の同類にソーニャを渡していいものかどうか。だから、明日もう一度来てくれ。今度はノリコも連れてな」
「なんだと……」
イワンの表情が、みるみるうちに変わる。
温厚な紳士の仮面が剥がれ落ち、残忍な悪党の素顔がむき出しになる。
次の瞬間、イワンはロシア語で何やらわめいた。
男たちが一斉に動く……はずだった。
だが――
イワンの足元の土が、鈍い音と共に弾け飛んだ。
ロシア人たちは――
その場で硬直した。
イワンは素早く辺りを見回す。
だが、銃を持つ者の姿は見えない。
イワンが何やらわめいた瞬間――
足元に、また一発。
銃弾は正確に、イワンの足元の土をえぐる。
「お前ら……まさか……スナイパーがいたのか?」
イワンは驚愕の表情を浮かべる。
「お前らは……ただのチンピラだと……」
「なあ、イワンさん。オレたちは何も渡さないと言ってる訳じゃない。明日、ソーニャの母親を連れてもう一度来てくれって言ってるんだ。なあ、オレたちだって命は惜しいし金は欲しいよ。オレたちは逃げも隠れもしない。だから、今日のところは引いてくれ」
元気の声に、イワンはようやく落ちつきを取り戻したようだった。
「いいでしょう……明日、ノリコ・シコルスカさんを連れて来ますから……」
そう言うと、イワンはロシア語で何やら吠えた。
男たちは不満そうな顔をしながらも、引き上げて行った。
「……というわけだ。こっから先はどうするか、みんなで決めようと思ってな。ソーニャ、お前の考えも聞きたい」
リビングに全員を集合させた正義は、これまでの経過、そして今の状況を説明した。
勇気と愛は目を丸くしている。
ソーニャは母親が無事だと知って、ホッと一安心したようだ。
マリアは黙ったまま、みんなの顔色をうかがっている。バカではあるが、部外者である自分が口を出してはいけない、ということはわかっているのだ。
士郎は拳銃を手入れしながら、会話を興味深げな表情で聞いている。
「どうするか、って……答えは一つだろう。ソーニャを連中に渡す。それ以外にどんな選択肢がある?」
元気は不思議そうな顔で尋ねる。
「それがお前の考えなのか……他に意見のある奴はいないのか?」
正義はみんなの顔を見渡す。
誰も発言しない。
何か言いたげではあるが、何も言わない。
「そうか……じゃあオレの意見を言おう。オレは、奴らからノリコさんを取り戻し、ソーニャと一緒にマフィアの手から逃がしてやりたいんだ。そして、普通の暮らしをさせたい」
「はあ?!」
すっとんきょうな声を出す元気。
他の人間にいたっては、驚きのあまり声すら出せなかった。
「ソーニャを奴らに渡したら、ソーニャは奴らのために利用される。ロシアンマフィアのために働かされるんだぞ。人の家を爆弾で吹っ飛ばすような連中のために。いいのか、それで?ソーニャ、お前はどうだ?奴らみたいになりたいか?どうだよ?」
ソーニャはおびえた様子で、首を横に振る。
だが――
「お前……何を考えてるんだよ……そんなことしたらな、オレたちは警察とマフィア、その両方から追われるんだ。オレたちに何ができる?何にもできやしないよ。オレたちにできる最善の選択は、このままソーニャを連中に渡すことだ。マフィアを敵に廻して、何ができる?オレたちには勝ち目はないんだ。やれることもない」
元気はゆっくり、諭すような口調で言った。
しかし、正義は首を横に振る。
「オレは今まで、何度もヤクザに誘われたよ、組員にならないかってな。全部断った。なぜかと言えば、こんな時に、ソーニャみたいな人間を見捨てるような者になりたくないからだよ!できることは何もない?ああ、それは立派な態度だよ!大人の、社会人の態度だよな!自分たちは何もできないからって、こういう状況で人を見捨てるのが、社会人の、一般市民の態度だよな!」
正義は言葉を止め、みんなの反応を見る。
正義のいつにない迫力にみな呑まれていた。
正義は言葉を続ける。
「長いものに巻かれて、てめえの中にあるまっとうな部分を殺していくのが社会人だろうが!なあ、オレたちはそうなりたくねえから、底辺の人間として生きてたんじゃねえのか!だったら、ここでソーニャを連中に渡したら、オレたち底辺の人間の誇りはどうなるんだよ!ガキみたいだって言われても構わねえ!小二だって言われても知らねえ!オレはソーニャとノリコさんに、マフィアなんかと関係のない暮らしをさせたいんだ!」
言葉を止める正義。
その時――
「ああ、そうだよな……オレもそう思うよ。だがな、連中からノリコさんを助け出せる手段があんのか?」
それまで黙っていた勝利が尋ねる。
さらに――
「しかも、その後はどうする?連中相手に逃げる方法はあんのか、正義?」
珍しく熱くなっている元気。
「……わからねえ」
「わからねえだと?!お前それでよく――」
言いかけた元気を、士郎が片手を上げて制した。
士郎は唇に人差し指を当てる。
物音がする。
人の足音だ。
こちらに向かって来ている。
さらに――
「おーいマリア!みんな心配してるぞ!そろそろ帰る時間だ!」
そのとたん、みんなの頭の中で何かが破裂した……ような気がした。
次が最終回になります。よろしければ、彼らの行く末を見届けてやってください。