考えすぎて勝負!
士郎を待つ間、正義は一人考えていた。
ロシア人同士でもめているって言ってたな……。
ロシアンマフィアの権力争いなのか?
となると……。
確か、ノリコを愛人にしていたガーレンていう大物幹部が、コワルスキーって奴との権力争いの末に暗殺された、ってソーニャが言ってたよな。
もしかして、そのガーレンって奴の部下もしくは親戚、あるいはガーレンの意思を次ぐ何者かが権力闘争の道具にするためにノリコをさらい、さらにソーニャのことも探している?
一方、コワルスキーは邪魔なノリコとソーニャをまとめて始末するため、手下に命じて家を爆弾で吹っ飛ばした……。
ところが、別のマフィア連中が動き、さらに偶然オレたちが関わったため、どちらも始末できないという結果になった、というのはどうだ?
考えすぎか?
いや、辻褄は合ってるよな……。
そこまで考えた正義であるが――
別のことに気付き、愕然となった。
ソーニャは、まだ十歳なんだぞ……。
何でマフィアの権力争いなんかに巻き込まれなきゃならないんだ?
正義は、田舎のあぜ道で赤いランドセルを背負い、リコーダーを吹きながら歩いていたソーニャの姿を思い出した。
あんな娘の口から、母親が愛人だったとか、マフィアの権力争いなどといった話を聞くという状況は、間違いなく異常だ。少なくとも、小学生の精神面にいい影響を与えるはずがない。
しかも、今回うまくやって、どうにかマフィアの手から逃れられたとしても、また巻き込まれないとも限らないわけだ。
ソーニャには、普通の生活をさせてやりたいよな。貧しくても、母娘二人でニコニコしていられるような生活を……。
その頃。
別荘では勝利とマリア、それにソーニャが外で遊んでいた。
「うおおお!花である!しこしこ、綺麗な花を発見したである!」
「あ……本当に綺麗ですね……」
「よーし!みんなまとめてダイナマイトである!」
「……なにがダイナマイトなんですか……」
草原で駆け回るマリアと、冷静に受け答えしながら付いて歩くソーニャ。
それを見守りながら、手の幅を思い切り狭めたフォーム(こうすると上腕三頭筋に負荷がかかります)で、なおかつ反動を使わず(腕の力のみで体を挙げることを意識します)腕立て伏せをしている勝利。
一方、屋内では――
元気がこれまでの経過を振り返っていた。
そもそも、オレたち何のために集まったんだ?
誘拐事件やらかすためだよな……。
しかし、この様子からすると、誘拐計画は完全にアウトだ。
そして今の目的は、ソーニャを助けることになっちまってる。しかも、ロシアンマフィアを相手に。
ま、正直どっちでも良いけどな。
いや、どっちでも良くない。
今の方がいい。
ソーニャを助ける方が、誘拐事件よりはマシだ。
元気はこれまで、流されるように生きてきた。
「人を殺したのは、太陽のせいだ」
と裁判で言い、死刑判決を受けてもなお平然とし、最後の懺悔のための神父を怒鳴りつけ、最後にある種の悟りを開いた某不条理小説の主人公のごとく、元気はほとんどのことに無関心だった。
また彼は、残りの人生にも、何の希望も持っていなかった。無神論者の宗教嫌いであった元気は、人生など死んでしまえば終わりだと思っていた。死ねば、その時点で自我はなくなる。
たとえどんな偉業を成し遂げようとも、最後に残るのは、永遠の無であると信じていた。
だから、努力や根性、野心や気合いのような、上昇思考の香りがする上に疲れる要素のある言葉が多用される場所は極力避けて通ってきた。
とりあえず、覚醒剤が手に入り、そして正義や勇気たちとワイワイできれば、他のことはどうでも良かったのだ。
そんな元気のところに舞い込んできた、今回の誘拐計画。
話を聞いた瞬間、失敗するだろうな、と思った。
だが、元気は残りの人生などどうでも良かった。
さらに、今の自分にとって友人と呼べる人間が全員参加することになりそうな気配だ。
ならば参加する。自分が加わることで、少しでも成功の確率が高まるのであるなら……。
そして、もし正義ら四人が全員逮捕されてしまったら、元気には友人がいなくなる。
そんな淋しい状況に耐えられる自信がなかった。もしかしたら発作的に死を選んでしまうかもしれない、とも思った。
元気という男、クールに見えるが、実は打たれ弱い部分がある。まあ、ヤク中というのは、基本的に打たれ弱い人間が多いのではあるが。
そこに愛がやって来る。
「ちょっとー、あんたに聞こうと思ってたんだけどー、ロシアンマフィアってヤバいの?教えて欲しいんだけどー」
「オレも詳しくは知らないな。家を爆弾で吹っ飛ばす連中だから、危険な連中には違いない。だが、正直ピンとこないよ。平和ボケした日本人のオレには」
元気はそう言った次の瞬間、愕然とした。
そうだよ……。
連中は、ソーニャの家を爆破したんだよな。
そんな奴らに、ここを感づかれたら……。
ここは人里離れてる。圧倒的に不利だ。
だから、ここは長居すべきじゃないな。
正義が帰ったら、相談してみるか……。
「ちょっとー、ちゃんと聞いて欲しいんだけど!」
愛の声で、元気ははっと顔をあげた。
「あ、すまん。聞いてなかった。どうした?」
「姉々がいないんだけど。見つけたら教えて欲しいかも」
「勇気がいないのか?散歩でもしてんじゃないのか」
「姉々、二十年近くこもってんだけど。散歩は嫌いかもしれない」
「……いや、ここみたいな人のいない所なら――」
そこまで言いかけて、元気はふと思った。
マフィアの連中が、すでにここを嗅ぎ付けていたとしたら……。
まさかな……。
「念のためだ。探してみるか」
だが、元気が屋根裏に通じる部屋で呼んでみると――
「ちょ、ちょっと!何!何なの!」
焦った様子で、屋根裏から降りてきた勇気。
脇にはノートパソコンが抱えられている。
「……お前、何やってたんだ?」
元気は訝しげな顔で尋ねた。
「な、何でも!なーんにもしてないから!べ、別に見られて困ることなんかしてないし!」
見られて困るようなことをしていたのか。
何だろう。
まさかこいつがシャブやらないだろうし。
「……オナニーでもしてたのか?だったら、邪魔して申し訳ない――」
元気が真顔でそんなことを言った瞬間――
「んなことするわけないでしょーが!」
勇気は怒鳴りつけると、プリプリしながら行ってしまった。
「そうか、してなかったか……しかし……」
あいつ、みんなに隠れて何してたんだ?
ノートパソコン?
……。
まあいい。
あいつが隠れて何をやっていようが、大した害は無いだろう。 それよりも、これから先どう動くかだ……。
元気は時折、勝利なみのボケをかます。だが、わざとやっているのではなく、ただ単に他のことに意識が行っているためだ。
その頃。
正義は人通りの少ない田舎道のバス停で、ベンチに座っていた。
緊張感で口が渇き、やめたはずのタバコが吸いたくなる。
……。
もうすぐ来る時間だ。
士郎が現れた。
顔はうつむきかげん、猫背気味で歩くその姿は、一見すると気弱な青年に見える。
だが同時に、どこか獣じみた、何かあったら飛び出しそうな緊張感も漂わせていた。
「よう士郎、この前は助かったよ」
「いやいや、こちらこそ助かりましたよ」
士郎は気弱そうな笑みを浮かべた。
二ヵ月前のことだ。
正義は知り合いのヤクザである管野から、一つの頼み事をされた。いや、建前は頼み事だが、その内実は仕事であった。
どっかの企業の重役の娘が、どっかのチンピラに惚れた。家族は当然反対したが、娘は聞く耳持たず、最近では家に帰ってないらしい。
調べたところ、その娘はチンピラのたまり場としている廃工場によく出入りしている、とのことだ。
「オレたちが動くと、色々と面倒なんだよな。向こうのケツモチやら何やらで。だから、お前ら行ってパパッとさらって来い」
管野は、まるで近所のスーパーに買い物に行け、とでも言うような軽い口調で言った。
「……いや、それはどうかと――」
「できないとは言わないよな?お前とオレの仲だ。できないなんて、そんなこと言う人間じゃないよな、お前は」
……。
何だい、こりゃ。
完璧に圧力をかけてきている。ついでに、断ったらどうなるかわかってんだろうなオーラも出てる。
選択の余地はオレにはないってことですか……。
ま、勝利と元気つれてきゃ、何とかなるだろ。最悪さらえばいいし。
「わかりました」
「おお正義、お前ならやってくれるって言うだろう、って思ってたよ。いやー、お前に断られたらどうしようかと思ってたんだ。いやー、良かった良かった。やっぱ、頼りになるのはお前しかいないな」
などと、心にもないセリフをはく管野。
何がなんでもオレに押し付けるつもりだったじゃねえか、と正義は心の中で言いつつも――
「いやいや、当然ですよ。いつも世話になってますからね」
と満面の笑みを浮かべながら返した。
「必要な情報はすぐにウチの若い者にメールさせるからな。ところでな、お前そろそろウチの組員にならんか?いい加減――」
「すみません、帰って準備しますんで失礼します」
ところが、元気も勝利も動けない状態だった。
まず、元気とは連絡がとれない。明らかに覚醒剤をやっている雰囲気だ。
勝利はひどい風邪をひいている。本人いわく、
「筋トレの直後は免疫力が低下してて、風邪ひきやすいんだ……これからは気をつける……」
とのことだ。
……。
お前らなあ……。
一人じゃあ無理にきまってんだろうが!
どうするか……。
元気はともかく、勝利が動けないのは痛いな。
キャンセル……は論外。かといって一人で乗り込む……も無理。
他に誰かいないかな。
……。
いた。
二日後の昼、正義は娘を管野に引き渡した。
そして、金が入っているものと思われる封筒を受けとる。
「こんなに早く片付けるとは……大したもんだな……おいお前、ウチの組の名前は出してないだろうな?」
管野は口元に笑み、目には殺気を漂わせて、正義に尋ねる。
「出してません。ちょっと今回は大変だったんで、帰らしてもらいます」
「……」
管野はその返事に対し、明らかに不快そうな表情になる。
「……お前も偉くなったもんだな、オレにそんな口をきくとはよう。ウチの若いのが今ここにいたら、お前腕の一本や二本じゃすまないぞ……まあいい。お前を相手にするほどオレは暇じゃねえ。そら行くぞ、お嬢ちゃん」
そう言って、管野は娘を車に乗せた。
震えながら車に乗る娘。まったく抵抗する様子がない。
「何だ?大丈夫かよ、お嬢ちゃん……まあ、いいや。おい正義、今度は若いの連れてくるからな。そん時に今みたいな口聞いたらな……死ぬぞ」
V〇ネから学んだようなセリフを残し、車とともに立ち去る管野。
「あんた、五十近いのに下っ端の、派遣社員みたいなもんじゃねえか……若いのなんて、あんたの頭の中にしかいないだろ」
正義は一人呟いた。
管野に対する恐怖は欠片もなく、ただひたすら疲れていた。
昨日――
廃倉庫の中に正義は侵入した。
士郎を連れて。
物陰に隠れて様子をうかがうと、十人ほどの男女がたむろしている。
こっちにも聞こえそうなくらいの大きくて下品な声でしゃべり、ゲラゲラ笑っている。
「ったく、楽しそうな奴らだぜ……さてどうする。とりあえず、あっちこっちの名刺だしてみるか?」
士郎にささやく正義。
だが――
「僕が引き付けます。あとはよろしく」
士郎はすくっと立ち上がった。
男たちの群れに突進し、手近にいた一人に、いきなりのボディーフックを見舞う。
声も出せずに、腹を押さえて崩れ落ちる。
他の男たちは、呆然としている。
何が起きているのか、頭と体で把握できていないのだ。
だが士郎は止まらない。
さらに手近にいた男の首を抱え――
凄まじい勢いで、男の体ごと地面に叩きつける。
「何あいつ……」
隠れて見ていた正義は、思わず呟いた。
おいおい……。
オレたちはケンカしに来たんじゃないぞ……。
嬉々として暴れてやがるよ……。
だが投げをうった次の瞬間、士郎は動きを止めた。
男たちを挑発するように、男たちの方を向いた状態で後ろ方向に逃げる。
男たちは、ようやく反応する。士郎を追い、罵声をあげながら走りさっていった。
その時――
「ちょっとー、うるさいよう。何してんの……」
工場の階段から、女が降りてくる。
こいつだ……。
正義はさっそく取り押さえたが――
「何すんのよ!離せ!離せ畜生!」
暴れる娘。
「んだよ……おとなしくしろ!」
仕方ないので無理やり押さえつけ、右手首と左足首に手錠をかけた。
だが、それでも暴れる。釣り上げられた魚のような、見事なまでの暴れっぷりである。
どうにかこうにか担ぎ上げ、車の中に押し込めた。
そして、車の中で士郎を待つ。
ほどなく、士郎は戻ってきた。
血まみれで、ニヤニヤ笑いながら歩いてきた。
車の中で石像と化した正義と娘。
だが士郎は、そんな二人には気づかず、車の前で立ち止まり、血で汚れた服を脱ぎ捨てる。
と思ったら、几帳面に脱いだ服を拾い、裸のまま車に乗り込む。
「よし終わった!さーて帰りますか!発進!」
士郎は狂ったような笑みを浮かべ、さわやかに言った。
「……服着ろ」
正義は、それだけ言うのがやっとだった。
すると士郎は、持っていたカバンからジャージの上下を取り出し、着替え始めた。
まるで、こういった事態を予測していたかのようだった。
途中で金を渡して士郎を降ろしたが、降りるまでの間、士郎はずっと大型のボウイナイフをいじくりながら娘を見ていた。
何やら、恍惚とした表情で。
娘は声も出さず、産まれたての小動物のように震え、目をつぶっていた。
士郎を追いかけて行った奴らがどうなったかは、聞かなかった。
翌日の新聞やテレビのニュース番組などもチェックしたが、大量の死体が発見された、などというニュースは載っていなかった。
大丈夫、あいつらは生きている。
いくら何でも、全員殺すわけがない。
だが……。
その時、正義は決意したのだ。
こいつとは絶対に関わらない、と。
なのに呼んでしまった。そして来てしまった。
果たしてオレは、この男をコントロールできるだろうか……。