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情報収集で勝負

 元気の言葉を聞いたとたん――

 今度はソーニャが硬直した。

 目を見開き、口は半開きのままだ。

 一瞬、間が空いた。

 ソーニャは、その表情のまま立ち上がり、ふらふらと歩いて行き――

 扉から出ていく素振りを見せる。

 それを見て、はじかれたように立ち上がる愛。

 ソーニャのそばに駆け寄った。

「ソーニャ!落ちつくんだけど!今は座った方がいいかもだけど!」

 そう言ってソーニャの腕をつかみ、強引にリビングに戻した。

 そして、無理やり座らせようとする。

 だが、その瞬間――

「離して!」

 ソーニャは凄まじい叫び声をあげた。

「あんたたちの……あんたたちのせいで……あんたたちさえ……来なければ……あんたたちが……」

 ソーニャの目から、涙が溢れる。

 嗚咽。

「あんた……あんたたちが……あんたたちが……」

「それは違うな」

 言ったのは元気だった。

 冷たい目付きで、ソーニャをじっと見つめる。

「もし、正義がお前をさらわなかったら、お前はもっと面倒で、厄介な事件に巻き込まれていたはずだ。ロシアンマフィアは、オレたちみたいに甘くないぞ。お前だってわかっているのだろう?」

 元気は言葉を止め、ソーニャの反応を見る。

 ソーニャは悔しそうな顔で、時折鼻を鳴らしながらも元気をにらみつける。

 元気はその視線を、真正面から受け止める。

「オレたちがさらわなかったら……マフィアの爆弾で親子もろとも死んでいただろうな――」

 その瞬間――

 勇気がソーニャに飛び付き、抱き締める。

 そして叫ぶ。

「元気!いい加減にして!あんたには、人間らしい気持ちってのがないの!」

 だが元気は怯まない。

「オレたちが生まれる前にな、『覚醒剤やめますか?人間やめますか?』ってCMがあったらしいんだよ。覚醒剤やめてないオレは、もう人間じゃないのかもしれないな」

 元気は口元に皮肉な笑みを浮かべ、そう言い放つ。

 勇気の顔が、怒りで紅潮する。

 大股で元気に近づき――

 頬を叩いた。

 乾いた音が、部屋の中に響き渡る。

「もういい!内輪もめしてる場合か!」

 それまで黙りこんでいた正義が立ち上がり、みなを一喝する。

「オレは今から、車でひとっ走り行ってくる。ソーニャのママを探しにな。おいソーニャ、ママとの連絡手段はなんかないのか?ケータイとか、ママの行きそうな所とか、なんでもいい。なんかあるか?」

「わかりません……ママのケータイ、何度かけても繋がらなくて……」

 そこまで言うと、ソーニャは顔をゆがめ、下を向いた。

 勇気が優しく抱き寄せ、背中を軽く叩く。

「そうか……ソーニャ、諦めずに何度もかけ続けろ。オレはお前の家まで行って、どうなってるか調べてみる。だから……ソーニャ、バカなマネはせず、おとなしく待ってろ」

 そう言うと、正義はリビングを出た。

 そして扉まで行くと――

 勝利とマリアが、神妙な顔で立っていた。

「お前ら、後は頼んだぞ……大丈夫か?」

 正義は、二人の様子にただならぬものを感じ、足を止めた。

 しかし――

「正義……ここにいる間、オレは全力でソーニャを楽しませるよ。今のオレにしてやれることは、それくらいしかないからな」

 勝利はそう言うと、リビングに入って行った。

「か、かつどん……マリアも手伝うである!」

 そう言うと、マリアも後に続く。


 部屋の中では、ソーニャがすすり泣いている。

 それを慰めている勇気と愛。

 重苦しい空気が、部屋を支配している。

 マリアの表情も暗くなった。

 このお通夜のような暗い雰囲気を一掃すべく、勝利は今自分が何をすればいいか考えた。

 三十秒経過。

 突然、表情が明るくなった。

 そして叫ぶ。

「マリア……筋トレするぞ筋トレ!」

 マリアの顔つきが、一気に変わる。

「うがあああ!わかったである!」

「よし!今日は背筋を鍛えるぞ!」

「はいきん?はいきんとは何であるか?」

 マリアはきょとんとした顔で、勝利を見る。

「……はいきんとは、背中の筋肉だ!主に引くための力に関係する。一番効果的なのは懸垂、ベントオーバーローイング、そしてデッドリフトだ――」

「いい加減にして欲しいんだけど!」

 黙っていた愛が、ついにブチ切れた。

「筋トレしたきゃ、外でやって欲しいんだけど!」

「……ごめん。マリア、外行こう。外でやろう」

 勝利はマリアを連れて、表に出ていった。

 念のために言っておくが、勝利は勝利なりに考えたあげく、いつもと同じように振るまうことで、皆の顔に明るさが戻るのではないか、という意図で行動したのだ。

 だが、勝利の真意はいつも伝わりにくい。



 その頃。

 正義は車を走らせながら、今後どう動くかについて考えた。

 まずはソーニャの母がどうなったのか、調べなくてはなるまい。

 軍資金も必要だ。

 そういえば、警察はソーニャを探しているのだろうか。


 普通に考えれば、探しているはずだ。

 そこまで考えた時、正義は一般市民なら必ずそうするであろう、ごく当たり前の処し方を今になって思い至った。

 普通の人間なら、ソーニャを警察に渡す。

 しかし……。

 そんなことをしたら、誘拐罪で全員逮捕だ。

 それだけは避けなくてはならない。

 となると……。

 正義は車を止めると、ケータイを取り出した。

「もしもし、オレオレ……ちいがーう!犯罪者相手に振り込め詐欺する奴なんかいねえよ!実はな――」


 一時間後、正義は爆破されたソーニャの自宅付近にいた。

 さりげなく、見物に来ていた近所の人や、見張りの警官らに話を聞いてみる。

 だが、なにもわからなかった。

 唯一わかったのは、ソーニャの母ノリコの死体は発見されていないということだけだった。

 首をかしげる正義。

 なら、ノリコはどこに行った?

 どうやら、生きているらしい。

 しかし……。

 こんなにタイミングよく、行方不明になるはずがない。

 となると、やはりマフィアがらみか……。

 だが、やっていることが理解不能だ。

 聞けば、ソーニャの父親を権力闘争の末に葬ったコワルスキーという男は、敵対する人間の家族までも皆殺しにするのが信条だという。

 もしコワルスキーの手下にさらわれているのであれば、命はないだろう。

 だが、さらに爆発までさせるか?

 ノリコはさらって殺し、ソーニャは家にいるところを爆弾で殺す計画?

 何かおかしい。

 不自然だ。

 正義は混乱しながらも、次なる目的地に向かって車を走らせた。



 その頃。

 勝利とマリアは太い木の枝にぶら下がり、懸垂をしていた。

「マリア、これで何セット目だ?」

「九セット目である!」

「じゃあ、さっきと同じように一分休んで、ラスト一セットだ!」

「わかったのである!」


 そんな筋肉義兄妹を、窓から眺める勇気と愛。

「愛、ソーニャはまだ寝てるの?」

「うん。泣き疲れて寝てるんだけど」

「あいつらは、本当に楽しそうだな」

 後ろから声がした。

 元気の声だ。

 元気は窓に近寄り、二人のそばで、筋肉義兄妹を見守る。

 勇気は決まり悪そうな素振りで、元気を見る。

「あ、あの……さっきは……ごめん」

 今にも消え入りそうな声で謝る勇気。

「いいよ、気にすんな。それよりも、ソーニャは大丈夫か?」

「今、寝てるけど……ご飯の時間になったら起こすかもしれない」

 愛が答える。

「……今のうちにはっきり言っておく。オレは想定しうる最悪の事態を隠すつもりはない。例え子供相手でもな」

「元気、あの――」

 何か言いかけた勇気を片手で制し、元気は言葉を続ける。

「そういうことを言う人間も必要だ。だから、その役割はオレがやる。お前ら二人は、ソーニャの心が必要以上に傷つかないよう、まめにフォローしてやってくれ。オレが悪い奴、お前らが良い奴ってことでやっていこう」

「元気、カッコつけても全然サマになってないんだけど」

 愛は茶化すような表情で答えた。

「……うるせえ。オレもたまには、奴らとトレーニングしてみるか」

 元気はプイと横を向くと、扉の方に歩いて行った。

 驚きの表情のまま、固まる二人。

 元気は扉を開けると、大木のそばで休んでいる筋肉義兄妹のそばに行く。

「おい、どうやるんだ?オレにもやらせろ」

「おおお!もっくもやるであるか!」

「もっくって何だよ……」




 そして二分後。

 元気は懸垂二回で、枝から落ちた。

「もっくは弱すぎである。懸垂が二回しかできないのはダメである。今日からみんなでトレーニングするである!」

「……もういい。疲れた。もう一度寝る」

 元気はそう言って立ち上がり、歩こうとする。

 だが、マリアに腕をつかまれた。

「ダメである!もっくは弱すぎなのである!そんなことではエメラルドシティで生きていけないのである!鍛えるである!」

「いや、オレ生きてんの日本だし……そもそもエメラルドシティってどこにあんだよ……」

 元気は苦り切った顔で、そう呟く。

 だが、マリアには聞こえなかったらしい。

 元気はマリアに腕をつかまれたまま、勝利とのランニングをさせられた。

「……」




 一方、正義は――

 駅前のベンチに座り、二十歳くらいの優男と話していた。

 この男は、情報屋の秀と呼ばれている。

 正義の知る限り、最も金のかからない情報屋だ。

 なぜなら、秀は正義と取引をする際には、情報を金でなく、情報で売ってくれるからだ。

 つまり、情報と情報の物々交換という商取引が二人の間では成り立っていたのだ。


「なあ正義さん、なんだってそんなこと知りたいんだよ。しかもわざわざこんな所まで呼び出してさ」

「近場にいる人間で頼りになるのがお前しかいなかったんだよ。なあ、この近くで爆発があったろ。それについて――」

「それに関してはノーコメントだ」

 秀は立ち上がった。

「正義さん、あの件に興味があんのかい?悪いけどな、オレは何も知らない。つーか、知りたくない。あれはロシアの連中が動いている。連中はな、日本のヤクザみたいに甘くないぞ。ロシアンマフィアにうっかり関わったばっかりに、何人の情報屋が行方不明になったか」

「だったら、せめて今知っていることだけでも教えてくれよ。小耳にはさんだ程度のことでいいんだ」

「逆に聞きたいんだけど、正義さんは何でこの件について知りたがるんだ?」

 秀は、座っている正義の顔をのぞきこんだ。

「……わかった。もういいよ秀。呼び出して悪かったな」

「言えないってワケか。仕方ないな。じゃあ、一つだけタダで教えるよ。ロシアの連中、あんたに目をつけてるみたいだぜ。あくまでも噂だが」

「……本当か?」

「いや、まだ噂だけどな。ついでに言っとくが、この先オレはロシア人にあんたのこと聞かれたら、正直に言うよ。今日のこの時間、ここであんたと会って話したってな」

「……お前はそうするだろうな」

 苦笑する正義。

「だから、悪いことは言わない。さっさと逃げなよ。もっとも、逃げ切るのは無理かもしれないけどな。ロシア人の書いた本を読んでみたらわかるよ。ドストエフスキーもツルゲーネフも妙にねちっこいから」

「……わかったよ」


 秀と別れた後、正義は車の中で考えた。

 ロシアンマフィアが、オレを探してる……。

 おいおい……。

 なんだってまた、そんなことになるんだ?

 状況を整理しよう。

 オレはまず、ソーニャの母親がヤバい金持ちの愛人だと聞いて、この計画をたてたんだよな。

 ヤバい筋の愛人なら、警察には泣きつかないだろうと思って……。

 で、別の情報屋からいろいろ聞いたんだよな。住所とか、家族構成とか、その他もろもろを……。

 となると……。

 情報屋から、オレがノリコの情報を集めているのを聞いた……。

 さらに、今はソーニャが行方不明……。

 となると……。

 奴らは、オレがソーニャをさらったと判断した。だからオレを探している?

 奴らの目的はソーニャだというのか?

 だったら、なんで家を爆破するんだ?

 これは……まだ何かあるぞ。




 正義が車の中で考え込んでいた時――

「……殺す気か……」

 元気は既にへたばっていた。

「ううう……もっくは弱すぎである。もっと体力つけなきゃダメである。めんちんの方が、はるかに強いである」

「オレが弱いんじゃねえ、お前らが強すぎだ……つーか、めんちんて誰だよ」

 林の中、あお向けで倒れている元気。

 獲物を仕留めた狩人のような表情で、それを見ているマリア。

 その横で、シャドーボクシングをしている勝利。

 不意に、その動きが止まる。

 顔に笑みが浮かぶ。

「……なあマリア。今度は別の勝負しないか?」

「おおお……どんな勝負であるか?」

 マリアは早くも臨戦体勢をとる。

 姿勢を低くした独特の構えで、勝利の言葉を待つ。

「元気飛ばし競争だ!元気を持ち上げて、遠くに飛ばす。遠くに飛んだ方の勝ちだ――」

「ふざけるなー!」

 叫ぶと同時に――

 ジャッキー・チェンのようにピョンと立ち上がる元気。

 さっきまでの、息も絶え絶えの様子が嘘のように、凄まじい勢いで走り去って行った。

「おおお……もっくが復活したである」

 マリアは少し残念そうだった。






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