朝から勝負!
カレーライスを食べながら、みんなで談笑していた頃――
元気は食べ終わると同時に、すぐさま屋敷内部を一人で歩き、あちこち調べて回った。
あちこち歩き、そして調べながら、ずっと考えていた。
今の不可解な状況を把握し、対策を練るために。
元気はこれまで、何かのトラブルに巻き込まれた時は、いつもそうしてきた。歩きながら考えることによって、アイデアがひらめいたこともあった。
今までは、それでどうにかなってきた。
しかし――
今回だけは、どう考えてもわからない。
何もかもが、元気の理解を超えている。
あのマリアとかいう娘は本当に洋服ダンスの中から出てきたのだ。
元気は、その時の様子をもう一度思い出し、頭の中で再現する。
まず、とてつもない違和感に襲われた。いや、違和感に襲われた、というのも変な言い方だが、他に表現のしようがないのだ。
例えるなら、妙な混ぜ物のあるシャブを射った時のような感じだった。
そして、洋服ダンスから奇怪な物音が聞こえてきたかと思うと――
野獣のような咆哮、そして奇怪な光とともに、いきなりタンスの戸が開き、中から白い生き物が飛び出てきた。
なぜ、タンスから出てきたのだ?
どこからか侵入し、タンスに潜んでいたとでもいうのか?
そして、あのタイミングでオレの前に登場したというのか?
何のために?
実を言うと、マリアがいきなり目の前に現れた時、元気は凄まじい恐怖を感じた。
ついに精神を病んでしまったと思った。
ここまではっきりした幻覚を見るようになってしまったのか、とも思った。
これまで、何人ものポン中が堕ちた狂気という名の地獄が、自分の前にも現れたのかと思った。
本当に怖かった。
だから、他の人間にも見えているとわかった時、心底ホッとした。
だが現実なら現実で、また別の問題が出てくる。
何が目的だ?
何のために侵入してきたのだ?
いや、それよりも不思議なのは――
外からの侵入の形跡が、どこにもないことだった。
だったら、マリアはどうやってここに入った?
夜も更け、女たちが寝静まった頃。
野郎三人が集まり、会議を開いていた。
まずは正義が状況を説明する。
「なあ、これからどうするよ。とりあえずは元気、お前の意見を聞きたい」
「……ソーニャには正直に説明するしかないだろう。母親はもう、この世にはいないかもしれないがな。それよりも、マリアなんだよ問題は……あいつは何なんだ」
元気はそこで言葉を止め、勝利を見る。
「なあ勝利、お前どう思うんだ?」
「ちょっと待て。なぜ勝利に聞く?」
正義が実にもっともな質問をする。
しかし――
「正義、はっきり言ってこれはオレの理解を超えてるんだ」
元気もまた、これまででわかっていることを話し始めた。
まず、外から侵入した形跡がないこと。
マリアは間違いなく、洋服ダンスの中から現れたこと。
そして、洋服ダンスのあった部屋で、元気はずっとゴロゴロしていたこと。
「もう変とか、おかしいとか、そういう次元じゃないんだよ。オレのこれまでの人生で学んだことが一切通じない状況なんだ。だから……」
そう言って元気は、勝利の方を向いた。
「勝利、今回はむしろ、オレの頭よりもお前の動物的な勘の出番だと思う。お前、あのマリアって娘をどう思うんだ?」
勝利は少しの間、じっと元気の目を見つめた。
ややあって、口を開く。
「あいつ、妖怪じゃないかと思うんだ。でなきゃ、改造人間か……」
「!」
何か言いかけた正義を、元気が制する。
「勝利、お前はなぜそう思うんだ?説明できるのならしてみてくれ」
元気が促す。
「はっきり言えることが一つある。さっきも言ったが、あいつの筋肉は普通じゃない。オリンピックの女子レスリングの金メダリストでも、あそこまでのパワーはないぜ。多分、同じくらいの体重の男の金メダリストと互角に張り合えるパワーだ。そんなパワーを発揮できる筋肉を持った女が、この世に存在するはずがない。だが、妖怪だってんなら話は別だ」
「……」
正義は驚いていた。
結論はともかく、こんなに理路整然と自説を述べる勝利を見たのは初めてだった。
「……なあ、正義。勝利は筋肉のことに関して言えばオレたちの誰より詳しい。その勝利がここまで言うんだ。妖怪ていう結論はともかく、普通の女じゃないのは確かだろう」
「じゃあ、オレたちはどうすればいいんだ?」
正義が尋ねる。
「とりあえずは様子見だ。たぶん、ほっといても害はないと思う。ただ、ソーニャにはちゃんと事実を告げなきゃいけないな」
「それが一番の問題なんだよな……」
正義は顔をしかめた。
次の日。
まず、朝の六時に勝利が起きた。
朝一のプロテインドリンクを、ごくごくと飲み干して満足げな顔をする。
その後、顔を洗おうと洗面所に行くと――
マリアがいた。
マリアは歯を磨きながら、勝利に挑発的な視線を投げつけてくる。
その視線を、真正面から受け止める勝利。
歯を磨きながら、ガンの飛ばしあいをする二人。
両者の間に、火花がバチバチ散る。
やがて、歯を磨き終えた二人は――
外に行き、かけっこ勝負を始めた。
「向こうに大木が見えるだろ、あそこに先に着いた方の勝ちだ」
「面白いである……かつどん、勝負である!」
そして七時すぎに、愛とソーニャが起きてきた。
だが、起きてきた二人の耳に入ってきたものは――
二匹の筋肉獣の咆哮であった。
「うがあああ!」
「おんどぅるううう!」
愛とソーニャが表に出てみると――
マリアと勝利が、汗だくで取っ組み合っていた。
二匹の勝負は、いつの間にかスモウレスリングに変わっていた。
勝利の巨体に組み付き、果敢に押していくマリア。だが――
「ジェネレイタァァァ・ガウゥゥゥル!」
意味不明の掛け声と同時に、マリアをぶん投げる勝利。
しばし唖然とする愛とソーニャ。
マリアは草むらに倒れ、起き上がらない。
「ちょっと!ちゃんと手加減してほしいんだけど!」
そう言いながら、愛がマリアに駆け寄る。
そのとたん――
「あいちん!かつどん!へびを捕獲したである!見るである!」
叫びながら、蛇を両手で伸ばし持ち上げるマリア。
愛の顔色が一気に変わり――
「蛇は嫌かもしれない!早く捨てて欲しいんだけど!捨てなきゃ怒るんだけど!すっごく嫌かもしれないんだけど!」
凄まじい剣幕で怒鳴り始めた。
「ううう……へびは嫌いであるか……」
マリアは悲しそうに、蛇を離す。
そんな様子を窓から見ていたのが、正義と元気だった。
「あいつら、凄く楽しそうだな……正直、うらやましいぜ……」
いつになく切ない表情で呟く元気。
「……」
正義は何も言えず、窓の外の景色から目を逸らし、顔をゆがめる。
自分にも、あんな時があったのだろうか……。
幼い時……。
勇気とも、あんな風によく遊んだっけな……。
勇気も昔は明るくて素直で、本当に可愛かったのにな……。
変な私立のお嬢様学校なんかに行ったせいで、人生狂っちまったな……。
そういえば、勇気はどこにいる?
正義は、女たちの寝室にきた。
ドアをノックする。
「勇気、いるか――」
「い、いるわ!ど、どうしたのよ!」
明らかに焦っている声が聞こえた。
「あ?起きてたのかよ。お前も、あのバカ共に起こされたクチか?」
「そ、そうよ!とにかく、話があるなら後にして!」
「……ああ」
勇気の態度は、普段と比べると妙だった。
だが、正義は特に深く考えることもなく、その場から離れた。
他に考えなくてはならないことがあったからだ。
大きすぎて、正義の手に負えないようなことについて、考えなくてはならなかった。
「しこしこ、一緒に遊ぶである!」
マリアは、今度はソーニャのそばに行き、手をつないだ。
しかし――
「しこしこお!?」
愛がすっとんきょうな声を出す。
「ちょ、ちょっと待って欲しいんだけど!しこしこって何なの?教えて欲しいんだけど!」
「え……しこるすか、だから、しこしこである」
無邪気な顔で答えるマリア。
愛の表情が苦虫を噛み潰した、というより丸呑みしてしまったようなものに変わる。
「ちょ、ちょっと!勝利、ちゃんと教えてあげて欲しいんだけど!」
愛の矛先は、今度は勝利に向く。
しかし、
「……知らねえよ。だいたい、オレは下ネタ嫌いだしなあ」
「下ネタじゃあないんだけど!ちゃんとマリアに教えてあげて欲しいんだけど!別のあだ名をつけさせて欲しいんだけど!」
勝利に詰め寄る愛。
だが――
「お前が言え。オレは腹減った。メシだメシ」
勝利は愛の言うことなど気にも止めず、別荘に入って行った。
「マリアもお腹空いたである。しこしこ、朝御飯たべてから遊ぶである」
ソーニャの手を引き、屋内に入ろうとするマリア。ニコニコしながら、従うソーニャ。
「マリアぁ……しこしこは良くないと思うけど……」
一人取り残された愛は、そう呟いた。
昨日と同じく、女四人はソファーに座り、男三人は床にあぐらをかき、カップラーメンをすすっている。
しかしマリアは箸が使えず、四苦八苦していた。
見かねた勇気がフォークを渡す。
すると――
「ふんぎゃあああ!」
またしても、奇怪な叫び声をあげる。
そして、猛烈な勢いで食べ始める。
「うまかったである!もうないであるか!?」
マリアは立ち上がり、キョロキョロしながら叫ぶ。
「仕方ない奴だな」
勝利はそう言って立ち上がり、自分の食べかけを渡した。
「オレの食べかけでよければ――」
「ほ、本当に……い、いいのであるか……」
マリアはもじもじしながら、それでも物欲しそうに勝利の顔とカップラーメンを交互に見る。
「ああ。筋肉にはカップラーメンよりもプロテインの方がいいからな。ただカロリーが――」
「も、もらうである!」
勝利の言葉の途中で、マリアはカップラーメンをひったくる。
容器ごと食べてしまいそうな勢いで食べる。
みな、その風景をおかずの一種のように解釈し、カップラーメンをすすっている。
その時、元気が正義を肘でつついた。
怪訝な表情で、元気の顔を見る正義。
元気はアゴでソーニャを指す。
アゴでソーニャを指しながら、何やら鋭い目付きで正義を見る。
正義は、何を言わんとしているか了解した。
母親の件を、ここでソーニャに告げろと言っているのだ。
正義は顔をしかめ、首を横に振る。
と、元気の目付きがさらに鋭くなる。
今度は足でつつく。
無視する正義。
元気の目付きが、これ以上ないくらい鋭くなる。
教科書に載っている芥川龍之介の写真のような、怖い表情になる。
元気はさらに足でつつきまくる。
と、今度は正義が小沢仁〇のような表情になる。
チンピラが因縁をつける時のような目でにらみつけながら、アゴで元気とソーニャを交互に指す。
元気は正義が何を言わんとしているか、すぐさま理解した。
ならば、お前は言えんのかコノヤロー、と言っているのだ。
元気の顔が、みるみるうちに変わる。
芥川龍之介から、田代まさ〇へと変わる(悪意と他意はありません)。
顔をしかめ、首を横に振る。
だが、正義は追及の手を緩めない。
今度は正義が、足でつつく。
お前が言え、とばかりにつつく。
飼い主に叱られた時の柴犬のように、切なそうな顔をする元気。
だが、それでも正義は手を緩めない。
一切容赦せず、鬼の形相でつつきまくった。
「ねえ、さっきから何やってんのよ?」
勇気の一言で、つつきあいを中断する二人。
周りを見渡す。
全員すでに食べ終わっていて、二人の攻防を不思議な目で見ていた。
ひとまず休戦だと、目で合図する正義。
了解した、と眉毛で返事する元気。
食べ終わった正義に、ソーニャがためらいがちに声をかけてきた。
「あ、あの……ママはいつ連れてきてもらえるんですか?」
顔をしかめる正義。
そのまま、しばし硬直する。
みんなの視線が、正義に集中する。
もっとも、勝利とマリアは遊びに行ってしまったのだが。
さらに言うと、勇気と愛はソーニャの母親が行方不明であることを知らない。なので――
「正義、早く連れてきてあげなよ。悪い奴に追われてんでしょ?」
軽く言ってくれる勇気。続けて、
「そうだよ。早く連れてきた方がいいかもしれないけど」
愛も口を出す。
ソーニャは不安と期待をこめた瞳で、こっちを見ている。
あまりにも純粋な、澄んだ瞳だった。
進退窮まる正義。
とりあえずは、今どうやってこの場を誤魔化し丸め込むかを、脳をフル回転させ考えた。
だが、その時――
「それは無理だ。お前のママは今、行方不明なんだ」
言ったのは元気だった。彼はさらに、冷たい口調で言葉を続ける。
「昨日のニュースによるとな、お前の家は爆破され、母のノリコ・シコルスカは行方不明らしい。今はっきりわかっているのは、それだけだよ。ロシアンマフィアの仕業だろうがな」