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誘拐で勝負!

 一応、説明します。ポン中とは、覚醒剤依存性患者へのスラングです。覚醒剤がヒロポンと呼ばれていた頃の名残と思われます。


 決行の前日。

 勇気の家に、五人が勢揃いしていた。

 勇気は迷惑そうな顔をしている。

 勝利はタンクトップ姿でシャドーボクシングをしている。

 愛は勝利の動きを、ウザそうに見ている。

 元気は青白い顔で、眠たそうにしている。

 正義はそんな四人の姿を見て、片手で頭を抱えながら一言。

「お前らなあ……チームワークって言葉を知らんのか……」

「知らねえよ……つーか眠い」

 元気が眠そうな顔で答える。

「お前はシャブ喰ってるからだろーが!いいか、お前は任務完了までシャブ禁止だ!いいな!」

「えー……」

「えーじゃねえよ!いい加減にしないと警察にチンコロするぞ!」

 念のため説明するが、チンコロとは下ネタではなく、密告のことである。

「………わかったよ」

 元気はうつらうつらしながら答えた。

「寝るなー!勇気、元気を起こせ!」

 勇気が元気を起こす。

 文字で表現すると大変に勇ましい雰囲気だが、実際には引きこもり女が、薬の切れたポン中を揺さぶっているだけである。

「ねえ正義、勝利の筋トレとボクシングも禁止にしてほしいんだけど」

 愛が間違えて寿司にソースをつけてしまった時のような、悲しそうな顔で正義に訴える。

「……それは無理だ。あの筋肉はオレには止められない。我慢してくれ」

「えー……」

 愛はさらに悲しげな顔になった。

「えーい、お前ら!明日は決行の日だぞ!わかってんのかコノ!」

 正義が怒鳴りつけ、全員を黒いバンに乗せた。

 眠りこけている元気は、勝利が担ぎ上げ、バンの中に放り込んだ。

 ちなみに、なぜ元気が眠りこけているのかというと……。

 詳し過ぎる説明をすると怒られるかも知れないし、面倒くさいのでやめておく(詳しく知りたい方はネットで調べてください)。簡単に言うと、ドーパミンという快楽物質をむりやり引っ張ってきたツケを払わされている、といったところか。ただ一つ確かなのは、ポン中は覚醒剤が切れると眠る。ひたすら眠る。邪王炎殺拳黒竜波を放った直後の飛〇みたく眠りこける。あるいは、故阿佐田哲也先生のように眠りこける。あるいは、飛行機に乗せられる時のコングのように眠りこける。

 結果、仕事や学業に支障をきたす。そして社会不適合者が生まれる。

 今の元気のような、完璧な社会不適合者が生まれてしまうのだ。



 一行はまず、根城にする予定の別荘に向かった。

 バンを運転する勝利が奇怪な曲を歌いまくったことと、元気が窓からよその車めがけゲロを吐いたこと、パーキングエリアで愛がスカートの中を盗撮され、盗撮魔を勝利がブン殴った上に愛が有り金残らず徴収したこと、途中のレストランで勇気が目出し帽を被り、正義や勝利や愛らとナポリタンを食べた後、通りがかりの警官に職務質問をされたことを除けば、まあまあの道中であった。

「何か疲れたな……」

 正義は一人呟いた。



 そんなこんなで、日が暮れる頃、一行は無事別荘に到着した。

「さーて筋トレ筋トレ!今日は胸の筋肉を鍛える日だぜ!」

 着くなり、そんなことを吠える勝利。

「……何でバーベルあんのか、教えて欲しいんだけど……」

 愛が責めるような目付きで正義を見る。

「許してやれ。お前の方が知能面では大人なんだから大目に見てやれ」

「すげームカつくんだけど……」


 勝利がベンチプレスをやり始めた時、勇気は心底からホッとした顔でソファーに座っていた。

 元気は床で寝ている。

 愛は物珍しげな表情で、あちこち見て歩いている。

「ねえ……すごいのいっぱいあるんだけど」

 そう言いながら目を輝かせ、珍しい家具や調度品などを見たりいじくったりしていた。

 正義もあちこちを見て回り、ついでに外も見て回り異常がないか確認した。


 正義は外をチェックし、異常がないか確かめると、また別荘に引き返した。

 中では、勝利が四十キロのダンベルでインクラインダンベルプレスを始め、元気が眠りこけ、勇気が持ってきた生活用品などをセットし始め、愛が眠っている元気の顔にいたずら書きをしていた。

「……はい注目」

 正義は金〇先生のように、みなに呼びかける。

 眠っている元気以外、全員が正義の方を見る。

「あー、諸君。いよいよ明日は計画遂行の日だ。この計画がうまく行けば、オレたちは新しい人生への第一歩を踏み出せる。もっとマシな人生を歩もうぜ。だから、最後までオレについてきてくれ!」

「おおお……正義、オレは今モーレツに感動しているぜ……例えるなら、空をかける一筋の流れ星のように……」

 そう言いながら、勝利は正義に近づき――

 ベアハッグを極めた。

「うぐ!く、苦しい!てめえ殺す気か!」

 正義は必死の力と必死の心でもがき、どうにか勝利の腕から脱出する。

 呼吸を整える。

「……とにかく、大切なのは明日だ。だから今日は皆でゆっくり休め。特に勝利、筋トレはほどほどにしておけ。お前は明日、ターゲットを車に押し込むという重大な役割を任せるんだからな」

「おう!オレ様の筋肉に不可能はない!ロニー・コールマンの大胸筋よりもパワフルに、マンソン・ギブソンのバックスピンキックよりも華麗に決めてやる!」

「誰だよ……あー言わなくていい。で、さらった後はここに監禁する。ターゲットの世話はお前ら二人に頼むぞ、いいな?」

 正義は勇気と愛の顔を交互に見る。

「……わかった」

「OKなんだけど」

 正義は、二人のやる気のなさそうな返事にも怯まず、さらに続ける。

「で、その後はオレと元気が交渉する。元気の頭脳とオレの気合いを組み合わせた交渉術をもってすれば、成功は間違いなしだ!」

 正義は力強く語る。

 そして、ドヤ顔で元気を見る。

 口をだらしなく開き、落書きだらけの顔で眠りこけている元気。

「……まあいい。仕方ないから寝かしとけ、こいつの出番は明後日からだ。丸二日寝かせば、なんとか使い物になるだろ」

「そんなことよりカレー食べたいんだけど。レトルトのカレーとご飯いっぱいあるんだけど」

 愛がそう言って、リュックの中からレトルトカレーとパックのご飯を大量に取り出す。

「お前……これどうしたんだよ……」

 尋ねる正義。

「賞味期限期限切れのヤツいっぱい貰ったんだけど。賞味期限切れだけど、まだ大丈夫かもしれない」

 愛はそう言うと、自分の皿を取り出す。

 その横で、勝利はクレアチンとグルタミンのパウダーが入っている巨大なシェイカーに水を注ぎ、豪快に降り始めた(ちなみにクレアチンは筋力アップ、グルタミンは筋肉の再生と免疫力を高めるサプリメントです。違法ドラッグやステロイドのような禁止薬物ではありません)。

 元気はひたすらに眠る。コカインをやりながら『シャーロック・ホームズ』を書き上げた直後のコナン・ドイルのように、眠りこける元気。

 悲しそうな顔でため息をつく勇気。体全体から、さっさと家に帰りたいオーラが出ている。




 次の日。

 まず、朝の五時に勝利が起きる。

 起きて何をするかと言うと、走る。

 時には雄叫びあげて両手をあげてダッシュしたりするため、近所の人からの通報により、駆けつけた警官に取り押さえられることもある。

 勝利は本来、素直で法を遵守するタイプの人間である。

 だが、正義の下でアウトローとして活動している。その理由は結局、これまでの人生でいわれのない(こともないが)不当逮捕をかなりの回数にわたり受けてきたからである。


 その次に起きるのは、意外にも愛なのだ。

 仲間たちの家を泊まり歩いているとはいえ、基本的に彼女は宿無しの家出娘である。生活費を稼ぐため、仕事をしなくてはならないのだ。どうしても生活費が稼げない時に限り、正義や勝利と組んで、売春や美人局をすることもある。だが、基本的には真面目な働き者なのだ。

 さらに、昼過ぎに起きたのが正義と勇気である。

 彼ら二人は、たいてい昼過ぎまで寝ている。

 今は戦力外な元気は放っておくとして、これでとりあえず、必要なメンバーは揃ったわけだ。

 四人は眠りこけている元気を放置し、リビングで作戦会議を始めた。


「まず、ソーニャが学校からの帰り、このバス停に着く。バスが来るのは一時間おきだ。しかも、バス停の周りは人がほとんど通らない。そこでオレと勝利が、バスを待っているソーニャをさらう。でバンに乗せて連れて来る。今日の計画はそこまでだ。何か質問はあるか?」

 正義は三人の顔を順に見ていく。

 納得しているように、力強くうなずく勝利。

 不承不承ではあるが、一応うなずいて見せる勇気。

 愛はただ一言。

「オッケッケー、なんだけど」



 そして……。

 夕方、正義と勝利は黒いバンに乗り込み、別荘から一時間ほど走った所にある田んぼと野原と山に囲まれた田舎道に車を止め、じっと見張っていた。

 今回は正義が運転し、勝利が後ろの席だ。

 ここに来るまでの道中、二人は一言も口を聞かなかった。さすがの二人も若干ではあるが、緊張しているのだ。

 やがて、目指すバス停が見えてきた。

 田んぼに囲まれた大きな道路。その脇に、屋根のついた古いバス停がある。

「あと三十分もすれば、ソーニャが現れる。そうしたら、車で一気にさらうぞ。いいな?」

 正義が言うと、勝利はうなずいた。

 だが、その時――

 田んぼに囲まれたあぜ道を、一人の少女が歩いてくるのが見えた。

 写真で見るより、ずっと可愛らしいその少女は、赤いランドセルを背負い、リコーダーを吹きながら、バス停に向かい歩いている。純和風の田園風景と、少女の西洋人形のような風貌、さらにランドセル&リコーダーと、全てがミスマッチであり、なにやら不思議な景色を作り出していた。

「おい、あいつだよ……やけに早いな……」

 正義が呟いた。

「構うこたあねえ。早いとこ終わらせて帰ろうぜ」

 勝利が答える。

 その言葉が合図だったかのように、正義はバンを発進させた。

 少女の横にバンを止めると同時に――

 勝利がドアを開け、少女を軽々と持ち上げ、一瞬のうちに車に放り込む。

 同時にドアを閉める。

 正義が車を発進させる。



 車中で、少女は声も出せず硬直していた。

 しかし、それも当然だろう。見たこともないような筋肉質の大男が突然現れ、自分を車の中に乗せたのだから。

 まだ、状況を把握できないで混乱しているのだ。

「お前、ソーニャ・シコルスカだな?」

 正義が運転しながら尋ねる。

 少女は震えながらうなずいた。

「うなずいてるぜ、正義」

 勝利が代わりに答える。

 しかし――

「バカ野郎!名前呼ぶ奴があるか!」

 慌てふためいて、思わず怒鳴りつける正義。

「な、何でだよ!名前呼んじゃいけねえのか!」

 何もわかっていない勝利が怒鳴り返す。

 正義は、今ここでわからせるのは不可能だと判断した。

「……とにかく、ソーニャに猿ぐつわと手錠をしてくれ。それから、向こうに到着するまで一言もしゃべるな。頼む」

「わかったよ……ごめんなソーニャちゃん」

 勝利は不満そうな顔をしながらも、言い付け通りにした。

 ソーニャは恐怖のあまり、体を硬直させ、まったく抵抗せずにされるがままになっていた。

 正義は慎重かつ迅速にバンを走らせる。

 ひとまず、第一段階は無事に終了した。

 勝利が正義の名前を呼んだことを除けば、だが。




 バンを慎重に走らせたおかげで、事故にも巻き込まれず、パトカーにも目をつけられず、地元の暴走族にも遭わず、無事に別荘に到着した。

 あたりは暗くなり始めている。

「勝利、ソーニャを降ろしてくれ。慎重にな。くれぐれも逃げられたりしないように――」

「大丈夫だよ。ちっとはオレを信用しろ」

 そう言うと、勝利はソーニャを抱えあげ、屋敷に入って行った。

 リコーダーとランドセルも一緒に、まとめて持っていく。

 ソーニャは全く抵抗する気配がない。異様に思えるくらい、おとなしく従っている。

 さらわれた直後は状況が把握出来なかったから仕方ないにしても、ここまで泣き声もわめき声も全く出していない。

 確かソーニャは十歳だったはず。そのくらいの少女は、あんなにおとなしいものなのだろうか。

「どうなってやがるんだ……」

 呟きながら、車を林の中に隠す正義。

 違和感が膨れ上がっていた。



 勝利は勇気と愛が待機しているリビングに入り、ソーニャをソファーに降ろした。

 ワイルドな見た目とは裏腹に、優しく静かに降ろす勝利。

 そして、まず猿ぐつわを外し、次いで手錠を外す。あくまでていねいに。

 ソーニャはゆっくりと顔を動かし、あたりの様子を確認する。

 そして口を開いた。

「あなたたち、ロシアのマフィアの人ですか?」


 一同は――

 固まった。

 そこに、車を隠し終えた正義が入ってきた。

 できるだけ怖そうな表情を作り、話しかける。

「おい、ソーニャちゃん。オレたちはクールなギャングだ――」

「ロシアンマフィアなんですよね」

 ソーニャから、子供らしからぬ極めて冷静な口調で、突拍子もない言葉が返ってくる。

 正義は、他の三人と同じように固まった。

 だが、ソーニャは言葉を続ける。

「お願いです。私はおとなしくしています。抵抗はしません。ですから、ママのことは放っておいて――」

「ちょ、ちょっと待て!まず、お前は口を閉じろ」

 正義はソーニャを指差した。

 言われた通り、素直に口を閉じるソーニャ。

「いいか、オレたちはマフィアでも何でもない。お前の母親が金持ちの……その……愛人だって聞いて、それでお前をさらってきたんだ。オレの言ってることがわかったな?」

 うなずいたソーニャ。

「お前は何を言ってる?マフィアって何だ?」

「それは――」

 ソーニャが口を開いた瞬間――

 元気が凄まじい勢いで、リビングに入ってきた。

「お、おう元気――」

「変なものがいたぞ!」

 正義の言葉をさえぎり、吠える元気。

「んだと、てめえまたシャブ喰って――」

「ここはなんであるか!どこであるか!」

 元気のあとから、けたたましい声とともに――

 少女が乱入してきた。

 少女は銀髪のショートカットの頭を振り乱し、正義たちを見回す。タンクトップから覗く肩と二の腕の筋肉は常人離れしている。肌は雪のように白く、顔は可愛らしいが、何やらとても異様なオーラをかもし出している。

「お前たち、なにやつであるか!?」

 少女は全員の顔を見回して、もう一度吠えた。

 頭を抱える正義。

「お前がなにやつだよ……そもそも、オレは何と戦っているんだ……」

 正義は今、自分の計画が音をたてて崩れ落ちていくのを、はっきりと感じていた。






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