自分の世界で勝負!
その日はやってきた。
未だに信じられない気持ちだ。
果たして、こんな計画がうまくいくのか……。
マフィア相手に……。
正義は、内にある不安を拭いきれなかった。
昼すぎ、連中はやってきた。
当然ながら、今度は人数が多い。
さらに、顔ぶれも前回とは違う。
ただし、イワンがいるという点は前回と一緒だったのであるが。
ロシア人たちは別荘のすぐそばに車を止め、次々に降りてきた。
ただ、スナイパーを警戒しているのか、派手な動きは見せない。
そして最後に――
ノリコ・シコルスカが降ろされた。
明らかにやつれ、肉体的にも精神的にも疲れはて、そして怯えきった表情をしていた。
連中との生活がどんなものであったか、ありありと見てとれる。
ノリコの悲惨な様子を見た正義、元気、勝利の心には、新たな炎が灯った。
明らかに虐待してんじゃねえか……。
こんなことをする連中の金と暴力を背景にした権力には、絶対に屈しない。
この計画は、必ず成功させる。
そして、金と暴力で弱者をさんざんなぶりものにしてきたお前らに――
オレたちが、一泡ふかせてやる。
それがオレたち、底辺に生きる者の――
誇りと意地だ。
「ほら、この通り連れて来ました。さあ、ソーニャさんを――」
「その前に、親子水入らずの対面シーンを見たいんですよね。屋敷の中にノリコさんだけ来てください。あとの人たちは、ちょっと待っててください。申し訳ないんですけど」
元気がにこやかな顔で言った。
「なんだと……貴様ら……私を――」
イワンのセリフは途中で途切れた。
ロシア人の一人が、ケータイ片手にロシア語でわめいている。
イワンの表情が、みるみるうちに変わる。
ロシア語で、何やら呟いている。
正義たち三人は、ニヤリと笑った。
第二の助っ人が、こちらに向かっているのだ。
その時、車が二台、こちらに走ってくる。
車が止まる。
一台から降りてきたのは――
気でも狂ったかのように露出の高い服装の勇気と愛そして、スキンヘッドの大男だった。
もう一台の車からは、年齢も服装もまちまちの男たちが降りてきた。
さらに、もう一台。
また、もう一台。
呆然としているロシア人たちを尻目に、車が次々と到着する。
そして、次々と降りてくる男たち。
男たちの数は、五十人は超えるだろう。
全員の視線は、勇気と愛を捉えている。
全員カメラを持っているが、大変行儀よく、二人が言葉を発するのを待っている。
その時、動いたのは士郎だった。
どさくさに紛れて、音もなくイワンに近づき、拳銃を腰に突きつける。
それと同時に、正義と元気がノリコに近づき、両サイドから挟み――
ロシア人から離れ、男たちの群れの中に三人で入り込む。
ロシア人たちは、イワンの腰に拳銃を突きつけている士郎がいるため、うかつに動けない。
さらに、勝利が扉を開けると同時に――
「じゃあ、みなさん!今日はこの屋敷の中で撮影会をやります!中には、あたしたちの妹のソーニャもいます!みんな、お行儀よく入って来てくださいね」
人見知りのはずの勇気が、大勢の男たち相手に堂々と仕切っていた。
「みんなー、あんまりドカドカ入らないで、静かに入って欲しいんだけどー」
愛は……いつもと同じマイペースだった。
みんなの注意が勇気と愛に向いている間に、正義と元気はノリコを連れて、素早く屋敷内を移動する。
そして、一つの部屋に入る。
「ママ!会いたかった!ママ……」
入ると同時に、ソーニャが抱きつき――
泣き出した。
「ソーニャ……ママも……会いたかった……」
ソーニャを抱きしめ、号泣するノリコ。
正義も、鼻をすすり始める。
「……何でもいいが、一つ大至急で決めて欲しいことがある。あんたはどうしたい?ソーニャと一緒にマフィアになるか、あるいは……オレたちと一緒に、ほとぼりが冷めるまで異世界で生活するか……もしかしたら、こっちには戻れないかもしれない。でも――」
元気は言葉を止め、ノリコの目をじっと見つめる。
「異世界でのあんたとソーニャの幸せな生活は、必ずオレたちが守る。だから、今すぐ選んでくれ」
ロシア人たちは、屋敷内に入ろうとしたが――
スキンヘッドの大男に止められた。
「おいおい、母娘の涙の再会を邪魔しようってのか?野暮だねーあんたら」
ロシア人たちは銃を抜こうとした、その時――
パトカーのサイレンの音が聞こえる。
ロシア人たちは困惑の表情を浮かべ、そしてそれが焦りの表情に変わった。
「そりゃあまあ、他人の別荘でここまで派手なことしていれば、さすがに警察も動くだろうね」
士郎が面白そうに笑いながら、イワンに言う。
「貴様……どこに逃げようが、必ずあの母娘を探し出すからな!」
「無理だと思うよ」
捨て台詞を吐きながら車に乗り込んだイワンに、士郎は愉快そうな顔で言ってのけた。
「さて、そろそろ帰るとするか。オレも今回は干渉が過ぎたな。ところで、お前はここに残るんだったな、シロウ?」
「残ります。まだやることが残ってますし、こっちには友だちもいますから。あと……僕の本当の名前は、アスカショウです。マサヨシさんたちに、よろしくお伝えください」
この事件は、当時ちょっとした話題になった。
自称ネットアイドルの水原勇気三十歳(本人いわく二十五歳)は、仲間と共謀し、使われていなかった他人の別荘に侵入、その中で好き勝手に生活したあげく、こともあろうに自らのブログにて、初の撮影会をそこの別荘で行うと告知したのだ。
当日、五十人以上のファンが別荘に集結し、散々に中を荒らした挙げ句、駆けつけた警察官に全員が逮捕された。
もっとも、彼らは何も知らなかったので、すぐに釈放されたが。
驚くべきなのは、首謀者と思われる水原勇気、さらに中島愛とソーニャ・シコルスカら自称ネットアイドルの二人、およびそれに手を貸したものと思われる夏目正義たちが、こつぜんと姿を消したことである。
警察は、この悪質な悪ふざけの罰を受けさせるために、全国指名手配にしてはいるが――
まったく、情報が入らなかった。
ちなみに水原勇気は、十年ほど前からネットアイドルとして活動していた、らしい。
一方、エメラルドシティでは――
「ちょっと!アンタたちわかったの!いくらジュドーの紹介だからって、アタシは優しくしないわよ!」
アイとユウキは二百センチを超す巨人の女装家に叱られながらも、バー『ボディプレス』で皿洗いを続けている。
「つーか、あのアンドレって人すげー怖いんだけど……」
「うん……」
「カツトシ、もう一本だ!もう一本行くぞ!」
「わかりました!アイザックさん!」
カツトシは、ほぼ同じくらいの体格の、片目に機械仕掛けの眼帯のようなものを着けた男と、汗だくになりながら取っ組み合いをしていた。
その横では、ソーニャと母ノリコが、褐色の肌の若い女とともに、家の掃除をしたり、食事の下ごしらえなどをしている。
「ソーニャちゃん、ノリコさん、わかんないことは何でも聞いて」
褐色の肌の女は、そう言ってニコニコしながら、ソーニャの頭をなでた。
「マリアー、いつまでここにいなきゃいけない?」
「待つである。お客さんが来るかも知れないである。待つである」
「オレ、怖いよ……てっきり異世界だっていうから、中世風の町並みとか期待してたのに、これじゃあ歌舞伎町より怖いよ!しかも、さっきバカでかいライフルにパイルバンカーくっつけて、認識票をいっぱい持ってた奴が歩いてたぞ!」
「知らないである!がんばるである!」
「クソ!こなきゃ良かったよ……」
マサヨシはマリアとともに、人気のない場所に設置されたベンチに座らされている。
ベンチの裏には、巨大な看板があった。
が、字が消えていて、今や看板の役目をはたせていない。
そしてモトキは……。
安物の黒いスーツを着て、天パー頭をポリポリ掻きながら歩く男の後ろに付いていた。
不意に男が立ち止まる。振り返り、モトキに笑いかけた。
「どうよ、ここでの暮らしは」
「正直、治安は最悪ですがね、そんなに悪くはないです。何だったら、ずっとここに――」
「それはダメだな。ほとぼりが冷めたら、お前らは元の世界に帰れ。ここはオレたちの世界だ。お前らの世界じゃない。お前らは、お前らの世界で戦え」
男の目、そして言葉には、優しさと厳しさとが内包されていた。
「……そうですね。ここはオレたちの世界じゃない。ほとぼりが冷めたら帰ります。でも本当に、生きてて良かったなって思いましたよ。こんな面白くも不思議な体験ができるなんて。うまい具合にクスリも止められそうだし」
照れたような笑いを浮かべるモトキ。
「そうか……良かったな……ま、ここにいる間は楽しくやろうや」
ちょっとご都合主義が過ぎたかな、という気がしましたが、コメディーということで平和に終わらせてみました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




