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底辺の誇り  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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10/10

自分の世界で勝負!

 その日はやってきた。

 未だに信じられない気持ちだ。

 果たして、こんな計画がうまくいくのか……。

 マフィア相手に……。

 正義は、内にある不安を拭いきれなかった。


 昼すぎ、連中はやってきた。

 当然ながら、今度は人数が多い。

 さらに、顔ぶれも前回とは違う。

 ただし、イワンがいるという点は前回と一緒だったのであるが。

 ロシア人たちは別荘のすぐそばに車を止め、次々に降りてきた。

 ただ、スナイパーを警戒しているのか、派手な動きは見せない。

 そして最後に――

 ノリコ・シコルスカが降ろされた。

 明らかにやつれ、肉体的にも精神的にも疲れはて、そして怯えきった表情をしていた。

 連中との生活がどんなものであったか、ありありと見てとれる。


 ノリコの悲惨な様子を見た正義、元気、勝利の心には、新たな炎が灯った。

 明らかに虐待してんじゃねえか……。

 こんなことをする連中の金と暴力を背景にした権力には、絶対に屈しない。

 この計画は、必ず成功させる。

 そして、金と暴力で弱者をさんざんなぶりものにしてきたお前らに――

 オレたちが、一泡ふかせてやる。

 それがオレたち、底辺に生きる者の――

 誇りと意地だ。


「ほら、この通り連れて来ました。さあ、ソーニャさんを――」

「その前に、親子水入らずの対面シーンを見たいんですよね。屋敷の中にノリコさんだけ来てください。あとの人たちは、ちょっと待っててください。申し訳ないんですけど」

 元気がにこやかな顔で言った。

「なんだと……貴様ら……私を――」

 イワンのセリフは途中で途切れた。

 ロシア人の一人が、ケータイ片手にロシア語でわめいている。

 イワンの表情が、みるみるうちに変わる。

 ロシア語で、何やら呟いている。

 正義たち三人は、ニヤリと笑った。

 第二の助っ人が、こちらに向かっているのだ。

 その時、車が二台、こちらに走ってくる。

 車が止まる。

 一台から降りてきたのは――

 気でも狂ったかのように露出の高い服装の勇気と愛そして、スキンヘッドの大男だった。

 もう一台の車からは、年齢も服装もまちまちの男たちが降りてきた。

 さらに、もう一台。

 また、もう一台。

 呆然としているロシア人たちを尻目に、車が次々と到着する。

 そして、次々と降りてくる男たち。

 男たちの数は、五十人は超えるだろう。

 全員の視線は、勇気と愛を捉えている。

 全員カメラを持っているが、大変行儀よく、二人が言葉を発するのを待っている。


 その時、動いたのは士郎だった。

 どさくさに紛れて、音もなくイワンに近づき、拳銃を腰に突きつける。

 それと同時に、正義と元気がノリコに近づき、両サイドから挟み――

 ロシア人から離れ、男たちの群れの中に三人で入り込む。

 ロシア人たちは、イワンの腰に拳銃を突きつけている士郎がいるため、うかつに動けない。

 さらに、勝利が扉を開けると同時に――

「じゃあ、みなさん!今日はこの屋敷の中で撮影会をやります!中には、あたしたちの妹のソーニャもいます!みんな、お行儀よく入って来てくださいね」

 人見知りのはずの勇気が、大勢の男たち相手に堂々と仕切っていた。

「みんなー、あんまりドカドカ入らないで、静かに入って欲しいんだけどー」

 愛は……いつもと同じマイペースだった。




 みんなの注意が勇気と愛に向いている間に、正義と元気はノリコを連れて、素早く屋敷内を移動する。

 そして、一つの部屋に入る。

「ママ!会いたかった!ママ……」

 入ると同時に、ソーニャが抱きつき――

 泣き出した。

「ソーニャ……ママも……会いたかった……」

 ソーニャを抱きしめ、号泣するノリコ。

 正義も、鼻をすすり始める。

「……何でもいいが、一つ大至急で決めて欲しいことがある。あんたはどうしたい?ソーニャと一緒にマフィアになるか、あるいは……オレたちと一緒に、ほとぼりが冷めるまで異世界で生活するか……もしかしたら、こっちには戻れないかもしれない。でも――」

 元気は言葉を止め、ノリコの目をじっと見つめる。

「異世界でのあんたとソーニャの幸せな生活は、必ずオレたちが守る。だから、今すぐ選んでくれ」



 ロシア人たちは、屋敷内に入ろうとしたが――

 スキンヘッドの大男に止められた。

「おいおい、母娘の涙の再会を邪魔しようってのか?野暮だねーあんたら」

 ロシア人たちは銃を抜こうとした、その時――

 パトカーのサイレンの音が聞こえる。

 ロシア人たちは困惑の表情を浮かべ、そしてそれが焦りの表情に変わった。

「そりゃあまあ、他人の別荘でここまで派手なことしていれば、さすがに警察も動くだろうね」

 士郎が面白そうに笑いながら、イワンに言う。

「貴様……どこに逃げようが、必ずあの母娘を探し出すからな!」

「無理だと思うよ」

 捨て台詞を吐きながら車に乗り込んだイワンに、士郎は愉快そうな顔で言ってのけた。

「さて、そろそろ帰るとするか。オレも今回は干渉が過ぎたな。ところで、お前はここに残るんだったな、シロウ?」

「残ります。まだやることが残ってますし、こっちには友だちもいますから。あと……僕の本当の名前は、アスカショウです。マサヨシさんたちに、よろしくお伝えください」




 この事件は、当時ちょっとした話題になった。

 自称ネットアイドルの水原勇気三十歳(本人いわく二十五歳)は、仲間と共謀し、使われていなかった他人の別荘に侵入、その中で好き勝手に生活したあげく、こともあろうに自らのブログにて、初の撮影会をそこの別荘で行うと告知したのだ。

 当日、五十人以上のファンが別荘に集結し、散々に中を荒らした挙げ句、駆けつけた警察官に全員が逮捕された。

 もっとも、彼らは何も知らなかったので、すぐに釈放されたが。

 驚くべきなのは、首謀者と思われる水原勇気、さらに中島愛とソーニャ・シコルスカら自称ネットアイドルの二人、およびそれに手を貸したものと思われる夏目正義たちが、こつぜんと姿を消したことである。

 警察は、この悪質な悪ふざけの罰を受けさせるために、全国指名手配にしてはいるが――

 まったく、情報が入らなかった。

 ちなみに水原勇気は、十年ほど前からネットアイドルとして活動していた、らしい。




 一方、エメラルドシティでは――

「ちょっと!アンタたちわかったの!いくらジュドーの紹介だからって、アタシは優しくしないわよ!」

 アイとユウキは二百センチを超す巨人の女装家に叱られながらも、バー『ボディプレス』で皿洗いを続けている。

「つーか、あのアンドレって人すげー怖いんだけど……」

「うん……」



「カツトシ、もう一本だ!もう一本行くぞ!」

「わかりました!アイザックさん!」

 カツトシは、ほぼ同じくらいの体格の、片目に機械仕掛けの眼帯のようなものを着けた男と、汗だくになりながら取っ組み合いをしていた。

 その横では、ソーニャと母ノリコが、褐色の肌の若い女とともに、家の掃除をしたり、食事の下ごしらえなどをしている。

「ソーニャちゃん、ノリコさん、わかんないことは何でも聞いて」

 褐色の肌の女は、そう言ってニコニコしながら、ソーニャの頭をなでた。



「マリアー、いつまでここにいなきゃいけない?」

「待つである。お客さんが来るかも知れないである。待つである」

「オレ、怖いよ……てっきり異世界だっていうから、中世風の町並みとか期待してたのに、これじゃあ歌舞伎町より怖いよ!しかも、さっきバカでかいライフルにパイルバンカーくっつけて、認識票をいっぱい持ってた奴が歩いてたぞ!」

「知らないである!がんばるである!」

「クソ!こなきゃ良かったよ……」

 マサヨシはマリアとともに、人気のない場所に設置されたベンチに座らされている。

 ベンチの裏には、巨大な看板があった。

 が、字が消えていて、今や看板の役目をはたせていない。



 そしてモトキは……。

 安物の黒いスーツを着て、天パー頭をポリポリ掻きながら歩く男の後ろに付いていた。

 不意に男が立ち止まる。振り返り、モトキに笑いかけた。

「どうよ、ここでの暮らしは」

「正直、治安は最悪ですがね、そんなに悪くはないです。何だったら、ずっとここに――」

「それはダメだな。ほとぼりが冷めたら、お前らは元の世界に帰れ。ここはオレたちの世界だ。お前らの世界じゃない。お前らは、お前らの世界で戦え」

 男の目、そして言葉には、優しさと厳しさとが内包されていた。

「……そうですね。ここはオレたちの世界じゃない。ほとぼりが冷めたら帰ります。でも本当に、生きてて良かったなって思いましたよ。こんな面白くも不思議な体験ができるなんて。うまい具合にクスリも止められそうだし」

 照れたような笑いを浮かべるモトキ。

「そうか……良かったな……ま、ここにいる間は楽しくやろうや」





 ちょっとご都合主義が過ぎたかな、という気がしましたが、コメディーということで平和に終わらせてみました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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