幸せの距離
まだまだ執筆途中の作品です。
随時、更新していきます。
幸せは身近にあると信じる人はどれほどいるだろうか
幸せは追い求める人にしか訪れることはないのだろうか
そこに見落とされた幸せを拾い上げる事ができれば、どれほどの幸福がもたらさせるのだろう。
今、自分は幸せだと思えるひとは、そこにあるタンポポに、スミレやレンゲの花々に、幸せという感情をみいだせるだろう。
今、自分は幸せでない、幸せが欲しいというひとに、花々は、ただ時間の過ぎゆくことを伝えるだけなのだ。
どんぐり公園にひとりの女が入ってきた。
桜の咲くこの公園に、杖を忘れた老人のような歩調で。
正式な名は千草台第二公園と言うのだが、秋には足の踏み場もないほどのどんぐりで覆われるこの公園を、地元の人は親しみを込めて、どんぐり公園と呼んでいる。
他にはお花見をする老夫婦とボール遊びをする子供達しかいないこの公園に、その歩き姿は浮いていた。
深い溜め息を吐きながら、ブランコの隣の2人掛け用のベンチに座り、空を仰ぎ見た。
背骨をなくしたようにベンチに体重を預け、目を瞑った彼女の頬に一枚の桜の花びらが落ちた。
彼女はふと頬笑み、そのまま眠ってしまった。
彼女は名前を恩田浩という。高校からの彼氏と同棲しながら、毎朝都内へ勤めに通っている。
「まこと、じゃあ行ってくるよ!ちゃんとお留守番してるんだよ」
「お留守番しなくていいように早く仕事見つけるから、無理しない程度で頑張ってきてね。君はいつも頑張りすぎなんだよ。」
「大丈夫だって、自分のことは自分が一番よく分かってるからさ」
「そう言ってこの週末寝込んでたのはだれだい、残業があるのものもわかるけど、それじゃあ本末転倒だよ。」
「ごめん…今週末はお花見しようね。丁度どんぐり公園の桜が見頃じゃないかな」
「花見の話をしてたんじゃないんだけど。でも花見はしたいな、体調、崩さないでよ?」
「わかってるよ、まこと、ほら」
「ん、いってらしゃい」
「もう、まことのちゅーに朝だって概念はないの? 口紅とれちゃうじゃん」
「ごめんごめん、浩のこと見てたらつい…」
「あたしこれから仕事なんだからね。」
「わかったよ、ごめんね、早く行っておいで、遅刻するよ。」
「うん、じゃあ行ってくるね。」
最寄りの駅から彼女の勤める会社までは50分程かかる。
その会社には浩の親友、桑田恵も勤めている。
「ひろぉ、おはよー」
「うわ、でたよ」
「そんな言い方しないでよぉ すごく寂しかったんだからね」
「きのうもここで会ったじゃない」
「でもぉ、あたしは家で一人なのよ」
「じゃあ、あんたも素敵な彼氏でも見つけたら?」
「もぉ、そんなに簡単に言わないでよ。あたしだって努力はしてるんだから!」
「へぇー、どんな?」
「山田先輩の合コンに行ったりね、…こないだなんか、きわちゃんと柏の町コンに行ったんだから!」
「あれ、意外と頑張ってたんだね。恵がちゃんと行動してて安心したよ。」
「浩ちゃん、みんなあんたみたいにもてるわけじゃないんだからね!」
「ほら、もう始業よ。あたし、三浦君と外回りだから行かなくちゃ」
「浩ちゃん、三浦君とあんなことやこんなことしたらただじゃおかないから!」
「それなら、早く自分の思いを伝えることね」
「まこと!ほら、早く!」
うららかな日和というに相応しい温かく幸せな天気は一週間前から予想されていて、このどんぐり公園にもカップルや家族連れが多く見えた。
「そんなに急がなくても桜は逃げないぞ」
「でも、座れるところ無くなっちゃうよ」
「そのためのレジャーシートだ、それに、もうベンチは空いてないと思うけど?」
週末のどんぐり公園は、ほのかに甘く香る桜に抱かれた春の象徴のようだった。
「ほらほら!」
「いい桜だなぁ」
「ここでいい?」
「ん?ああ、いいよ。丁度木陰で涼しそうだ」
「まことと桜を見るのも何回目かな」
「今年もこうして、ひろと同じ桜を見られて幸せだな」
「ありがとう、まことは恥ずかしいやつだな全く!ちびっ子の教育に悪いよ」
「え、感情を申告しただけだよ!」
「ちがくて、この手よ。子供が真似したらよくないよ、もうちょっと我慢して、ね?」
「ごめん、ひろを見てたらつい」
「もう。それにしても、なんで桜を見てるとこんなにも穏やかな癒された気持ちになるのかしら」
「僕らが付き合い始めた日、あの日も桜があったね」
「そうね、でも、まだほとんど咲いてなかったよ。鎌倉の参道が桜並木だったなんて、私知らなかった」
「知らなかったの?結構有名だよ?」
「うん、知らなかった。それにしても、夕焼けに染まった桜の下で告白されるなんて思わなかったわ」
「そうかなぁ?なかなかロマンチックじゃん?」
「高校生の私には恥ずかしかったんだよ」
「夕焼けの桜より、ひろの唇が艶めいて美しかった。その時、やっぱりひろが好きなんだって思った」
「なによへんたい、あんまりおだてもだめよ」
「あまりに尊く見えてしばらく手を出せなかった」
「ねえ、まこと。私はあの時から幸せ」
「僕もだよ。ひろと一緒にいられて幸せだ」
「恩田君、ちょっといいかな」
「はい、何でしょう係長」
「悪いがこれ次の定例会議の資料だ、コピーして綴じといてくれるかな」
「わかりました、やっておきます」
「ところで恩田君、最近彼とはどうなんだね、うまくいっとるか?」
「心配されるようなことはないですよ。大丈夫です。コピーやってきますね」
「ひろー、あんたも大変ねーすっかり係長のお気に入りよ」
「他人事だと思って…もーほんとに大変よ」
「ねえねえ、お昼に行きたいお店があるんだけど」
「今度はどんなオーガニックレストランなの?」
「ひろちゃんするどーい!なんでオーガニックレストランってわかったの?」
「あんたはいつもそうじゃないの」
「えー、ひろちゃんオーガニックは嫌いなの?」
「そういう意味じゃなくて…もうすこしだから、ちゃんと仕事しなさいよ?」
「はーい。わかってますってば」
「へぇーここなの」
「そう、ここなのよ」
「なんというか…歴史を感じるわ」
昼休みを迎えた浩と恵は築70年はあろうかという、今にも崩れそうな、いわゆる街の定食屋にいた。