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クリスマスに会えたら  作者: 牛尾
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週末、私は動きやすい格好で黒うさぎに向かう。

今日は11時から、まだ研修だけどお店の手伝いをすることになっている。

七深がいるうちにしっかりと仕事を覚えなくてはいけない。

飲食店でバイトしていたこともあるし、まあ大丈夫だろうとは思うがブランクがあるから多少心配だ。

「こんにちはー」

お店に入ると、カウンターにはいつもの通りマスターが居て、コーヒーをいれていた。

「こんにちは千江子さん。そこの扉からキッチンに入って頂けますか? 七深が居ますから」

「はい」

言われたとおりに扉をくぐりキッチンに入ると、七深がケーキのデコレーションをしていた。

「こんにちは」

「……こんにちは。もうそんな時間か」

七深は時計を見て言う。集中していたみたい。

初めてケーキを作っているところを見た私は感動していた。

本当にあの綺麗なケーキをこの人が作っているのだ。

私も小学生ぐらいのころにお姉と作った記憶があるけどもちろんこんな風に綺麗には出来なかったし、今もできそうにないと思う。

「ケーキ本当に七深の手作りなんだ。すごいね」

「これぐらい。……おじさんの作るケーキのほうがすごいから。やっぱりまだ勝てないというか」

七深はそう言って謙遜したけどマスターの作るケーキも七深の作るケーキも同じように綺麗で美味しいってことを知っている私は笑顔になるのを止められなかった。

「照れてるでしょ?」

「照れてないし」

そうは言うものの七深の耳はちょっと赤い。

「七深ってすぐ顔にでるから分かりやすいよ。顔、赤いよ」

七深は手を当てて顔を冷まそうとする。そういうしぐさもなんだか、可愛く見えてしまう。

「動きやすい格好でって思って来たんだけど……制服とかないよね? あとエプロン?」

今日の私は白いシャツに黒いズボン、カーディガンという出で立ちだった。

一応お店の雰囲気と、七海のしていた格好を思い出して、合わせたつもり。

「あ、と。一応黒いズボンで上がシャツっていうのとコレが制服。言う前から大丈夫そうだけど」

投げてよこされたエプロンを広げる。隅っこに小さくウサギのマークの入った黒いカフェエプロンだった。それを腰に巻いて前でリボン結びをして形を整える。

「寒かったらカーデガンは着てて良いから」

「はい。荷物はどこに置いておけば良い?」

「うちバイト居ないからロッカーないんだ。だからリビングに」

「了解です」

七深が先に立って誘導してくれるので、くっついて行って奥の居住スペースにお邪魔する。

綺麗に片付いているリビングの隅にかばんとコートを置かせてもらった。

「今日から従業員だしココで休憩とかして。あと……」

一度間を入れてから深刻そうに続きを告げられた。

「おじさん、容赦ないし性格変わるけど驚かないで。いや驚くだろうけど」

「マスター?」

「ああ。まぁ夜になれば分かる」

詳しくは説明されなかったけど、夜になれば分かるらしいので私もそのままにしてしまった。

その後七深さんは丁寧に仕事を教えてくれて、どのメニューにはどの食器を使うとかコーヒー豆の補充の仕方とか基本的な接客のこととかメモも取りながら聞いたこともあり、ランチで賑わうころには少し手伝うことが出来るようになっていた。

「千江子さんは覚えが早くて助かります」

マスターに褒められてかなり舞い上がってしまいました。

飲食店でバイトしていた経験は大いに役に立ったし、一応従業員として邪魔にはならなそうで一安心。

短い間のお手伝いだからコーヒーの入れ方やメニューの作り方までは習わない。

この仕事内容なら、私にもできそうだ。

今日は夕方までお手伝いの予定だったけど私は特に用事もなかったし久々のデスクワークじゃない仕事が楽しかったので、結局最後まで一緒に働かせてもらった。



お店を閉めて、掃除をする。

キッチンは七深がするので私はお店の中を掃除していた。

マスターはカウンターで道具を洗浄している。

「千江子さんさ、明日も来るの?」

急にかけられた声に後を振り向くが、そこにはマスターしかいない。

「今、マスターが喋りました?」

「明日も来るの?って聞いたけど」

「……はい。来ますよ?」

マスターの声はそのままのはずなのに、何かが違う。

喋り方一つでこんなに雰囲気の変わる人を私は見たことがなかったから、驚いている。

そこに、私の知っているのは渋くて格好いいマスターではなかった。

喋り方の軽い、魅力的な大人の男性、そんな雰囲気。

「どうしたの?」

「……マスターの口調になれないもので」

これか。七深が朝言っていたのは。

ロマンスグレーじゃなくなったマスターは、喋り方のせいなのか雰囲気が七深そっくりだ。

七海より大人の魅力で溢れているような気はするが。

「そりゃね、おじさんだって接客しないときは普通に喋るよ? いつもはお店の雰囲気に合わせてるけどね」

「天然ものではなかったわけですね」

失礼かもしれないが、詐欺にあった気分になる。

私の好きな、ダンディなマスター像が音をたててガラガラと崩れさった。

「そんながっかりした顔されてもねぇ? 今日から千江子さんはお客さんじゃないから。普通に喋ることにしたから慣れるように」

「はい。……頑張ります」

マスターは私に苦笑する。

もともとの顔の作りのせいか、格好良いのは変わらないのだけど、お店で会うときよりも若い印象だった。

「急に聞きますけどマスターって何歳ですか?」

「本当に急だな。俺は今年で40」

「そんなに若かったんだ」

ロマンスグレーって歳じゃない。まだ若い。もっと上かと思っていた。

「この店始めたのが32のときで今年8年目。ちなみに独身。千江子さんおじさんは嫌い?」

「いえ、大好きです」

思わず即答してしまった。今までマスターが好きで黒うさぎに通っていたのだから当然というか。

「じゃあ彼氏に俺なんてどう?経験だけは積んでるから話は面白いよ?」

「はあ」

マスターの口調は軽い。耳に届く声は人をからかうような音色。

そして楽しそうに笑う表情には、喫茶店黒うさぎのマスターとは違うが、親しみやすくてまた違った魅力がある。

これから一緒に仕事をするのに、ロマンスグレーのマスターよりも、こっちのマスターの方がやりやすいかもしれない。そう思った。

「でもダメだね。七深が怖い」

マスターは手でこっちに来いと合図をする。

私は床掃除をしていたモップを持ってカウンターに近づいた。

「なんですか?」

近づくとマスターが顔を寄せて、内緒話をしてきた。

「勘違いしてると思うけど、七深はさ、別に照れ屋じゃないよ?」

「え? でもいつも顔赤いですよ?」

「それは千江子さん相手だから。今度確かめてみ? 友達とかと会わせてみたらわかるよ」

「……この間合コンで会ったときどうだったかな」

「覚えてないの?」

「私……ご存知のとおりあの日の記憶がないんですよ」

「あー……そうか。かなり酔っ払ってたからね」

内緒話はもう良いのかマスターは少し距離をとった。

キッチンの方を見て楽しそうににやにやしている。

「なんか凄く可愛かったんだよ千江子さん。おじさん抱きつかれて年甲斐もなく押し倒そうかと思っちゃった」

「あの……その節はお世話になりました。私一体酔うとどうなるんでしょうか。誰に聞いても教えてくれないんですけど」

マスターは一瞬考えた後答えてくれた。

「んー、甘えんぼうになる?」

「甘えん坊?」

「そう。『ちえマスター大好き~』って俺に抱きついたり『抱っこ~』って七深に手を伸ばしたりしてた」

「はい?」

言われたことが理解できなくて、開いた口がふさがらない。

「はあ!? 私何してるんですか!?」

「別に変に絡むわけでもないしふざけてるの分かるし全然可愛いもんだよ。七深なんか飲み過ぎっと泣きだして止まらないからねー、酒が不味くなる。それに比べて千江子さんは可愛いし、癒されるし、いいじゃない」

「よ、良くないですよー!」

「おじさん!!何話してんだよ!」

七深さんがキッチンから出てきて私の隣に来た。

「余計なこと言ってないで早く片付け! チエも掃除終わった?」

「あ、ごめんなさい。終わってない」

奥からもう一本モップを持って来て私がやってた掃除の続きを始めた七深を見て私も掃除を再開した。

「で? 何の話?」

「あ、この間の飲み会のときの記憶がないから。話を聞いてたの。……ごめんね、七深に抱っこねだったって?」

「あ、うん」

七深は肯定して顔を赤くした。

「何で赤くなるの!? っていうか、したの? 抱っこ」

「……した。チエがでしてくれって言ったんだからなっ」

「そんなこと言ったって覚えてないもん! 重いのに! ほんとごめん」

「軽かったから大丈夫。そんで……」

七海は一瞬口を閉じて、少し迷った後に、続きを呟いた。

「……柔らかかった」

「な!?」

なんてことを言うのだ、この人は!

突然羞恥心に見舞われる。

抱っこした、と聞いてもピンと来なかったのだが、そう、抱き上げたということは、いろいろ触れあったということ。

私は怒って七深の肩を叩いた。

「ベッドまで運んだの俺だから仕方ないじゃん」

「う、ありがとう。でも柔らかかったとか思っても言うなぁ!」

七深は私を無視して掃除道具を片付けに行く。あれ?

周りを見渡せば綺麗になった床。いつのまにか掃除は終わっていた。

結局喋ってばかりで七深にやらせてしまったみたい……少し反省。



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