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クリスマスに会えたら  作者: 牛尾
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電車を降りて地上へ戻ると、外は風邪が強く、とても寒かった。

私は反射的に自分のコートの前を合わせて寒さをしのぐ。

目の前に広がるクリスマスのイルミネーションと風の強さで、もう冬なんだなぁと実感した。

つい最近までハロウィンの飾りでいっぱいだった町はクリスマス一色に染まり、季節は秋から本格的な冬へと移ろうとしているようだ。

私は自分の中から何か切なさのようなものがせりあがってくるのを感じていた。

いつからだったか、“クリスマス”というイベントは私の中で特別なものじゃなくなって、町の賑やかな雰囲気も自分とは遠いもの、他人事になってしまった。

子供のころは楽しみでしかたなかったイベントなのに。

クリスマスのイルミネーションに背を向けて私は家路に急ぐ。

早くこの場所から離れたくて。


  *  *  *


この町には短大卒業後すぐに引っ越してきて、今年で二年。

やっと最近仕事にも慣れてきた。

それと同時に一人暮らしで恋人もいない寂しさも最近感じたりするんだけど……忙しくって出会いも何もあったものではない。

そんな私の楽しみは仕事帰りの一杯のコーヒー。

ここ喫茶店“黒うさぎ”はお気に入りのお店で、週に4日は入り浸っているため常連でマスターとも知り合いだ。

「こんばんは~」

私が扉を開けるとカウンターの中のマスターが穏やかに微笑んだ。

「いらっしゃい、千江子さん」

コーヒーが楽しみなのは確かだけど実はマスターに会うのもここに来る楽しみの一つ。

だってマスターってロマンスグレーって感じで格好良いし雰囲気が穏やかでなんか落ち着く。

お店もそんなマスターと同じ雰囲気を持っていて、自分の家に帰るよりずっとこのお店に来た方が帰ってきたんだなって感じ。

「カフェオレください」

言いながら私はいつも座っているカウンターの席に座った。

「今日もお疲れ様です。少々お待ちくださいね」

そう言ってマスターは奥のキッチンへ入ってしまった。

なんだろう?コーヒーを入れる機械とか豆とかは全部カウンターに揃っているはずだけど。

マスターが戻ってくるまでボーっとかかっている音楽を聞く。

今日はピアノだ。

日によって楽器が違ったりクラシックだったりジャズだったり色々。

マスターの趣味らしい。

「お待たせしました」

聞きなれない声とともに目の前にコーヒーとケーキが現れた。

ここの売りは手作りケーキと美味しいコーヒーなんだけど、見たことのないケーキだった。

真っ白でドーム状のケーキの上に赤い実がいくつか乗っている。

それより、ケーキよりも気になることが。今の、誰?

ぱっと顔を上げて声の主を見るとキッチンに帰って行く後ろ姿だけ見えた。

若い男の人。

誰だ?あれ。

黒うさぎはマスターが一人でやっているお店で他の人は見たことがないんだけどなぁ。

「そちらのケーキはわたしのおごりです。何でもクリスマス用に研究中らしくて。食べて感想を聞かせて頂きたい」

戻って来たマスターに言われて一つ謎が解けた。

「あ、そっか、クリスマス用だから見たこと無いんだ。ねぇマスターさっきの人、バイトさん?見たことない人ですね」

「そういえば、千江子さんは七深に会ったことがないかもしれませんね。わたしの甥で、たまに手伝ってもらっているんですよ」

「手伝ってるっていうかすでに共同経営者だよ、おじさん。」

キッチンから出て来た七深さんがカウンターに入りながら言った。

「まぁ確かに七深がいなかったら辛いけど、まだ一人でだってやれるよ」

「最近じゃケーキはほとんど俺が作ってるだろ。発注だって・・・」

「じゃあこのケーキも?」

私が話しかけたら七深さんはこっちをチラッと見た後カウンターにあった牛乳を持って奥に引っ込んでしまった。

「あ、れ?無視されちゃった?私嫌われてる?」

マスターにそう問いかければ可笑しそうに口に手を当てて震えている。

……笑うのを絶えているみたいに。

「すみません、七深はいつもああなんですよ。無愛想というか」

「そうなんですか、よかった。初対面で嫌われてるのはさすがにちょっと凹みますから。マスターと七深さんって仲が良いんですね?マスターがそんなに笑ってるの初めて見ました」

「ええ。弟の家はここから近くて、七深は昔からよくこの店に遊びに来ていましたから」

「なんかそういうの良いですね。私なんて両親とも一人っ子だから親戚少なくて」

「そうですね。わたしには子供がいないから息子みたいなものなんですよ」

ますます羨ましいな。

私もマスターみたいなおじさんが欲しい。

そんなことを思いながらケーキを口に運ぶ。

「ん、おいしー!チーズケーキなんですね!甘さ控えめで」

「美味しいですよね。でも七深に言わせると何か足りないらしいですよ?」

言いながらマスターは嬉しそうだった。

七深さんが作ったケーキが褒められて嬉しいのかな?本当に七深さんが可愛いのね。

「んー……それもちょっと分かるかも。たぶんクリームばっかりだから味にしまりがないっていうか。フワフワのチーズクリームに飽きちゃう感じ。もうちょっと私は甘酸っぱい方が好きだなぁ」

「クリームに飽きる・・もうちょっと甘酸っぱく・・・」

マスターはカウンターで私が言ったことをメモっている。

「そう七深に伝えておきますね。助かりました、七深に『おじさんは俺に甘いから頼りにならない』と言われてしまって」

マスターは言いながら少し照れていた。

照れるロマンスグレー……素敵。

私はなんだかいつもと違うマスターを見られて得した気分のまま家に帰った。


  *  *  *


「ねぇねぇチエ!行こうよぅ!」

「えーーだって忙しいし、行ったことないんだもんー」

「だから!行ってみたいって思わない!?ご・う・こ・ん☆」

昼休みに職場を出ようとしたところで同期の優希に捕まった。

今日の夜にやる合コンのメンバーが一人来られなくなったから代わりに来て、ということらしい。

「思わない」

「もぅ!チエは冷たい……せっかく可愛い大学生ばかりなのに。未来有望な子ばっかりだよ?」

それを聞いて更に行く気がうせた。

「私年下ってダメ」

「年下じゃない!いや私にとっては年下だけどチエにとってはタメだよ。二十二歳、四年生」

優希は四年生の大学を出てるから私より二歳年上だ。

「どっちにしろ学生でしょー?どうしたの優希、金持ちが良いんじゃなかったの?」

「えっへへー、実は相手の子みーんなK大だから家は金持ち、本人達は超優秀、未来有望なのです!」

「あ、そう。で? それどこでやるの?」

「ん?何が?」

「だから合コン。」

「んっとねぇ駅前のワラワラ。別に男の子と話さなくてもいいからさ、飲みに行こうぜ☆」

優希が親指を上に上げて拳を作り、ジェスチャーをする。

本当にこの人年上なのか?と思うこと多々。

いつもハイテンションだし。

「わかったよ。行くよ。食べるだけ食べて飲んだら帰るからね」

「ん、それでOKだよ。じゃ、就業時間になったら下のホールで待ち合わせだからね」

後でねーっと手を振りながら自分の席の方に歩いていく優希はどうも危なっかしいところがある。

注意して優希を見とこう。心配だ。



一階のホールで集合した後、飲み屋にそのまま向かった。

いや、一応化粧とか直したけど。周りの張り切りようが凄くて少ししり込みしてしまう。

優希と私の他に受付の梅田さんと国木田さんの二人が今日のメンバーらしい。

梅田さんと国木田さんも優希に劣らずハイテンションなお姉さんで、今日の子には期待できる!と浮かれっぱなしだ。

大丈夫なの?この面子。

心配は大きくなるばかり。

「優希さーん!こっちです!」

目的地が見えてきた頃そう声を掛けられた。

声の主は私たちが目指してたお店の目の前に立っている青年みたい。

「やぁ、結城くん。お待たせしました。」

「こっちも今着いたとこっすよ。じゃ早速入りましょうか」

お店の中はすごく賑わっていた。

みなさん、お酒が好きなのね。

私はすでに黒うさぎが恋しくなっていた。

早めに帰らせてもらってコーヒーを飲みに行きたい。

恋人がいなくて寂しい、とは思っていたけれど合コンで見つけようとは思わない。

正確には思えない。

私すごくお酒弱いから。

大抵会社の皆で飲みに行っても途中から記憶がなくなってしまう。

翌日のみんなの反応から粗相をしでかす訳ではないようだけれど、自分としてはやはり気持ちのいいものではないのでお酒はどうしても好きになれなかった。

お座敷の席に通されて、メンバーが全員そろったところで乾杯をして自己紹介。

みんなビールなので私も一応乾杯はビールだけど一口も飲まずに隣に座っている優希に回した。

「黒井七深です」

テーブルの隅に座っていた男の人が自己紹介をしたのを聞いて、顔を上げたら昨日の人がそこにいた。

「あ!」

「どうしたの?チエ、急に声だして~」

何?黒井くんがタイプなの?なんて優希がコソコソ聞いてくる。

「あ、どうも」

「ども」

七深さんにお辞儀をされたのでこちらもお辞儀で返しておいた。

「知り合い?」

国木田さんに聞かれてまあそんなところだと答える。正直知り合いというほどの仲ではないのだけど。

だって昨日二言程言葉を交わしたぐらいの相手だもの。

向こうも友達にいろいろ言われているのだろう、コソコソと話をしていた。

そんなこんなで始まった合コンだったけれど、私が思っていたより普通に飲み会だった。

適当に男の子とも話しをしながら、みんながお酒を飲んでいる間にご飯を食べた。一切お酒を飲まないように、注意を払って。

どれくらい私がお酒に弱いかというと、一口飲めば記憶を失うくらいのものなので全く飲まないほうが身のためなのだ。

「チーエ!はぁい、頼んどいてあげたから、オレンジジュースだよ~」

大分できあがった感じの優希が私にオレンジジュースを押し付けてきた。

「何?私ウーロン茶のが良いんだけど・・・」

「私のオレンジジュースが飲めないっていうの~?飲め!チエ~!」

酔って甘えモードになっている優希には逆らえない。

口調は間延びしているけれど反論できない何かがある。

妙に怖いのよね。

「分かったから、飲むよ。本当にオレンジジュースなんでしょうね?」

「ひどーい、私が嘘つくと思ってるの~?」

思っているから聞いているのだけれど。

三回に一回ぐらいの確立で優希から飲み物をもらった後の記憶がないのですが。

じーっと優希に見つめられ、仕方なく私はそのオレンジジュースかも知れないものを口に運んだ。

「あれ?」

(やっぱり、オレンジジュースじゃないじゃない・・・)

「やっぱりチエってお人良し~騙されやすいよねぇ。そこが可愛いんだけど」

優希の声が遠くで響く。

私の記憶はそこで途切れた。



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