⑥
血なまぐさい臭いが立ち込める室内。
辺りには先ほど欄に殺された男の血が無残に飛び散っていた。
普通の人間ならこの光景を見れば良い気分にはならないだろう。
だが、この二人に関しては気分を悪くする表情も見せず冷静だ。
そして、人を殺した後の欄の表情は妙に明るい。
まるで殺しをゲームと勘違いしているように思えた。
その欄の表情には気にもしないゼルは、静かに隣の車両を確認する。
隣の車両は4人用の丸いテーブルに、白いソファーが丸いテーブルを囲むようにして4つ並べられている。
車両はファーストクラスの客がいるはずの部屋だが、そこは既に盗賊のたまり場になってしまっていた。
車両にいる盗賊の数は6人いる。
その内の4人は機関銃を手元に置いていた。
「6人か……。チッ……全く面倒だな」
ゼルは舌打ちをすると欄も同じく中を覗く。
「これじゃあ。攻めようにもなかなか攻めれないネ」
何故か欄はこの状況の中でも笑っていた。
「欄。お前、何故この状況で笑っていられる」
笑っている欄を見てゼルは言った。
「ワタシ、この自分が完全に不利な状況が好き好きでたまらないネ。自然と顔にでちゃうネ」
嬉しそうに話す欄を見ると、再び視線を盗賊達の方に向ける。
「お前がどういう考えで奴らを殺そうがどうでも言いが、俺にその火の粉を飛ばすなら話は別だ」
冷静な口調でゼルはそう言った。
「わかってるネ。そんなことしないよ。ゼルには迷惑かけない」
欄は笑顔で言うと、それを聞いたゼルは早速本題を切り出した。
「あの6人を……どうするかだな……」
ゼルはその先の事を考えた。正面突破は無謀だ……。欄がどれほど殺しのセンスがあったとしても、弾に一発でも当たれば致命傷にもなる。
だが、ここは列車内。逃げ場などない。
車両と車両を繋ぐ、この一直線の道しか無いのだ。
ゼルは少しの間、無言になる。
「欄」
ゼルは近くにいる欄に声をかける。
「どうしたネ?」
欄は不思議そうな顔で答える。
「お前、あいつらと真っ正面から殺しあいをするなら何人殺せる?」
ゼルの謎の質問に、欄はいまいち意味がわからなかったが、ゼルの質問に答えた。
「まぁ……頑張っても半分の3人が限界ネ。
3人を殺す間に、残りの仲間から機関銃を乱射されたら、ワタシの体は穴だらけになるよ」
「安心しろ。お前に特攻させるとは言っていない。
ゼルはそういうとある物を欄に渡す。
ゴツゴツした丸い球体。その丸い形の中に、黒い色をした栓のような物があった。
「これは何ネ?」
欄がその黒い栓のような物に手をかける。
「やめろっ!」
ゼルは隣の車両の盗賊に聞こえない程度でそう言うと欄の行動を止めた。
「安心しろ。使い方は教える」
冷静なゼルも欄の行動に冷や汗が流れる。
ゼルは欄にその丸いゴツゴツした球体の使い方の説明を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「オイっ!」
6人いる中の一人が声を上げた。
5人は酒を飲む物もいれば、呑気トランプをやっている者もいる。
その作業をすべて中断し、声を上げた男の方に全員が視線を向けた。
「どうした?いきなり声なんて上げて」
トランプをやっていた男の一人はそう言った。
「そろそろ、後ろの車両の二人は交代して良い時間帯のはずたが…………
あいつら何をやっているんだ?」
男は他の仲間にそう聞いた。
仲間達はお互いに首をかしげる。
「さぁな。確かに後ろの二人は交代のはずだから、もうきても良い頃だけどな……
急にどうしたんだルッソ?
何か気になることでもあるのか?」
ルッソという男は少し眉を潜める。
「まぁな」
ルッソは曖昧にそう答えると、酒を飲んでいた仲間の一人が突然『ゲラゲラ』と笑いだした。
「なんだ。変な事でも言ったか」
仲間の反応に少しムッとした表情が出てしまう。
「そうじゃねぇよ!
客がすくねぇから!後ろの二人も酒でも飲んでるじゃねぇかと思ってな!」
それを聞いた仲間達もつられるように大笑いした。
ルッソは笑いもせずに真剣な表情のまま仲間の一人に声をかける。
「オイッ!確かお前が次の見張り番だったな。後ろの車両の様子を見てきてくれ」
見張り番を任された男は嫌々ながらトランプを終了し、後ろの車両のドアまで歩いて行く。
その時だった。一発の銃声が車内の空気を変えるように鳴り響いた。
がやがやとした車内が一瞬にして静けさへと変わった。
「へっ?」
見張り番の男はゆっくりと自分の胸に手を当てて確認すると、男の顔はみるみる青ざめていった。
真っ赤な血がべっとりと男の手に付着していた。
男は膝から一気に力を失い、床に倒れこんだ。
「誰だっ!」
男達は近くにあった銃を手に取る。
その瞬間、閃光と共に後ろの車両に向かって銃を乱射する。
慌ただしい閃光と騒音は止み、辺りは静まり返った。
「よっしゃ!あのやろう蜂の巣になりやがった!」
「へへっ……俺たちに喧嘩を売るからこんなことになるんだよ」
盗賊達は口々にそういった。
無残にも穴だらけになってしまった扉に数人は慎重に近づいていく。
だが、前線に立っていたルッソは足を止めた。
「待てっ!」
ルッソの一声で数人の盗賊が足を止める。
「おかしいと思わないか?何故相手は発泡を止めている」
仲間の一人が呆れた表情をした。
「おいおい。またルッソの悪い癖かぁ。お前は深読みしすぎだよ。
前にもそんなことがあって失敗しただろうが。
発泡しないのは相手が相当なチキン野郎ってことだよ」
男はルッソの意見を押しつぶすようにそう言った。
俺の深読みしすぎか……このままなにもなければいいが……。
ルッソは後ろの車両の扉を見る。
無残にも穴だらけになってしまった扉。
胸のなかのモヤモヤしたような胸騒ぎの中、扉に手を掛けた。