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星の降る町の恋

作者: 透明
掲載日:2026/10/18

僕は佐藤悠太、高校二年生だ。


毎日の昼休み、僕は図書室に通っている。

騒がしい教室を抜け出し、古い紙の匂いに包まれた静かな空間で、参考書を開くふりをして、ある女子の姿を眺めるのが、僕の密かな楽しみだった。


窓際の決まった席に座る白石凛さん。

同じクラスだけど、一年半経ってもまともに話したことなんて数えるほどしかない。成績は常に学年トップで、いつも薄い唇を結んで静かに本を読んでいて、まるでこの世界の喧騒とは無縁の場所に立っているみたいだ。


黒い髪が肩までかかって、風が吹くとふわりと揺れる。ページをめくる指は白くて細く、まるで美術館の彫刻みたいに整っている。午後の太陽がカーテン越しに彼女の頬を照らすと、うっすらと産毛が見えて、そんな細かいところまで僕は知っている。


好きだ。

一目惚れだった。入学式の日、桜がひらひら舞う校門の前で、彼女が落とした国語の教科書を拾ってあげたとき、ふと見せたはにかみ笑いに、僕の心は完全にやられた。


でも僕には、彼女に話しかける勇気なんてない。だって僕はどこにでもいる普通の男子生徒だ。成績は真ん中くらいで、部活も帰宅部だし、取り柄なんて何もない。彼女は雲の上の存在だ。手を伸ばしても届かない、遠い人。


だから僕は、遠くから眺めるだけでいいと思ってた。

そう、あの日までは——


1. 一枚のティッシュ


その日は朝から喉が痛くて、たぶん風邪をひいてた。昼休みになっても鼻水が止まらなくて、ポケットのティッシュはとっくに使い切っていた。


「くしゅん!」

大きなくしゃみをして、図書室中の視線が一気にこっちに向く。僕は顔を真っ赤にして机の下を探したけど、代わりになるものなんて何も出てこない。まずい、このままじゃ恥ずかしすぎる。早くこの場から消えたい。


そのときだった。

すっと、白い手が僕の目の前に差し出された。

水玉模様の可愛い包装のティッシュが、その細い指の上に乗っている。


「……どうぞ」

小さくて、澄んだ声。

まるで鈴が鳴ったみたいな、柔らかい声だった。


僕はびっくりして顔を上げた。

白石凛さんが、顔を少しだけこっちに向けて、恥ずかしそうに目を伏せていた。耳たぶが、薄い桃色に染まっているように見えた。


「あ、ありがとうございます!」

慌てて受け取ると、彼女はすぐにまた本に視線を戻して、まるで何もなかったかのようにページをめくった。たまたま余ってたから渡しただけ、という態度だ。


でも僕の心は、もう爆発しそうだった。

彼女が、僕に話しかけた。

たった三文字の言葉だけど、僕にとってはこれまでの人生で一番嬉しい言葉だった。


その日の午後の授業は、全く頭に入らなかった。

ティッシュの包装紙を何度も指でなぞって、あの小さな声を思い出しては、一人でにやけてしまう。隣の席の健太に「おい悠太、変な笑い顔やめろよ」と肘でつつかれるまで、ずっとそんな調子だった。


「おい、これはチャンスだぞ。お礼に何か持っていけよ」

休み時間になると、健太が興奮した面持ちで助言してくる。

「女の子は、細かい気配りができる男が好きなんだ。ちょっとしたお菓子でも渡して、仲良くなるきっかけにしろ」


僕は迷った末、次の日の朝、駅前の和菓子屋でいちご味のどら焼きを買った。前に一度、彼女が売店でいちご牛乳を買ってるのを見たことがある。きっといちご味が好きなんだろう。


昼休み、いつものように図書室に行くと、彼女はもうそこにいた。

僕はドキドキしながら、彼女の席のところまで歩いていく。足が震えそうだ。何度も深呼吸して、やっと声を出す。


「あの、白石さん。昨日はティッシュをありがとうございました。これ、よかったらどうぞ」

どら焼きを差し出すと、彼女はぱちりと目を見開いて、驚いたように僕を見た。


「え……わざわざ、ありがとうございます」

彼女は少しだけ口角を上げて、どら焼きを受け取った。

その笑顔を見た瞬間、僕は心臓が止まるかと思った。桜の花びらがひらりと舞い落ちるみたいな、柔らかくて儚い笑顔だった。


でもその後は、また黙ってしまって気まずい空気が流れる。僕は「じゃあ失礼します」と言って、慌てて自分の席に戻った。座ってからも、背中がずっと熱かった。


後ろから、彼女がそっと包装紙を開ける音が聞こえた気がした。


僕はただのお礼だと思ってた。彼女はただ礼儀正しいだけで、特別な気持ちなんてないんだろう、と。

でも少しだけ、僕と彼女の距離が縮まったような気がしたんだ。


2. 現れた「敵」


それから三日後の放課後だった。

僕は部活もないからいつも通り校門を出ようとして、その光景を目にした。


門の向こうに、背の高い男が立っている。大学生くらいの年だろうか。茶色い髪は整えられていて、スタイルもいいし、顔も雑誌に出てきそうなくらいかっこいい。


そして、その男の前に立っているのは、白石凛さんだった。

男は彼女の頭をぽんぽんと撫でて、何か笑って言ってる。彼女は少し怒ったように顔をしかめてたけど、口角は上がってて、明らかに嬉しそうな笑顔を浮かべている。


僕はその場に立ち尽くした。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような痛みが走った。


そうか、彼氏がいるんだ。

そりゃそうだよ。あんなに可愛くて優秀な彼女に、彼氏がいないわけない。イケメンで、年上で、きっと頭もいいんだろう。


僕なんかが、片想いしてただけなんだ。

なんだかバカみたい。たった一枚のティッシュと一個のどら焼きで、調子に乗ってしまった僕がバカなんだ。


その日から、僕は図書室に行くのが辛くなった。

でもやっぱり彼女に会いたくて、結局毎日行っちゃうんだけど。ただ、以前のようにじっと眺めることはできなくなった。彼女の姿を見るたびに、あの男の笑顔が浮かんできて、胸が痛くなるから。


「本当に彼氏なのか、確かめろよ」

健太はいつもそう言うけど、確かめたってどうなるんだ。

彼氏だったら、僕は諦めるしかないんだから。わざわざ傷つきに行く必要なんてない。


そんなふうに自分に言い聞かせて、一週間が過ぎた。

ある雨の日のことだ。


朝から降り続いた雨は、放課後になってもまったく止む気配がない。僕は傘を忘れてきた。別に困ることはないんだけど、家に帰っても一人で考え込むだけだから、図書室で時間を潰すことにした。


気がつけば、図書室には僕と彼女の二人きりになっていた。

司書の先生が「もうすぐ閉まりますよ」と声をかけてくるまで、僕はずっとそのことに気づかなかった。


二人きり。

静かな空間に、雨音だけがぽつりぽつりと響く。

僕は変に緊張して、本のページをめくる手が震える。


そのとき、彼女の方から声がかかった。

「佐藤くん……傘、持ってないんですか?」


僕はびっくりして顔を上げる。

彼女は僕の方を向いて、心配そうな目でこっちを見ていた。


「あ、はい。忘れちゃって……」

「よかったら、一緒に行きましょうか? 駅までなら同じ方向ですし」


え?

僕は耳を疑った。

彼女が、僕に一緒に帰ろうなんて言ってくれる?

彼氏がいるのに?


いや、だめだ。そんなことしたら、彼氏に怒られちゃう。

「え、いえいえ! 迷惑じゃないですか。彼氏さんに待ち合わせとかあるんじゃ……」


言った瞬間、僕は後悔した。

なんでそんなこと口に出しちゃうんだ。


彼女はぱちりと目を見開いて、次の瞬間、ぷっと吹き出した。

声を上げて、笑った。


「え? なんですか、それ?」

「あ、だって、前に校門のところで、かっこいいお兄さんと話してたのを見たもので……彼氏さんかなって」

僕は顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。なんて恥ずかしいんだ。


彼女はくすくす笑いながら、言った。

「あれは従兄の蒼ですよ。大学に通ってるんですけど、最近よく学校に来ては余計なことばっかり言ってくるんです。本当に迷惑なんです」


「従兄……?」

「ええ。ただの親戚です。彼氏なんて、いませんよ」


ぽっと、彼女の頬が赤くなった。

僕の頭の中で、花火が一斉に上がったような音がした。


彼氏じゃない。

ただの従兄だ。

彼女には、彼氏がいない。


その事実だけで、僕の世界が一気に明るくなった。

雨音が、なんだかすごくロマンチックなメロディに聞こえてくる。


3. 雨の傘の下で


傘をさして、二人で歩く。

傘は彼女の傘だから僕が持つべきなんだけど、彼女が「大丈夫ですよ」って言って、ずっと持ってくれてる。傘の中は狭くて、たまに肩が触れるたびに、僕は電気が走るような感じがした。


「佐藤くんは、どんな本が好きなんですか?」

彼女がふと聞いてきた。


「え? 僕は……色々読むんですけど、特に好きなのは『星の降る町』って小説です。あんまり有名じゃないんですけど」


「『星の降る町』!?」

彼女は驚いたように声を上げて、思わず立ち止まった。


「え、知ってるんですか?」

「大好きなんです! あの本、何度読み返したかわからないです。特に最後のシーン、屋上で二人が星を見る場面が、すごく好きで……」


彼女は目をキラキラさせて、話し始めた。

普段は静かで無口な彼女が、好きな本の話になると、すごく饒舌になる。頬を赤らめて、指を少し動かしながら自分の好きな場面を説明する姿は、まるで子供みたいに可愛かった。


僕は、彼女の話を聞きながら、心の中で叫んでいた。

こんなに可愛い人を好きになって、本当によかった。


駅に着くまでの時間は、あっという間だった。

別れ際に、彼女は小さく言った。

「今度、また図書室で、本の話でもしましょう」


「はい! ぜひ!」

僕は大きな声で答えすぎて、周りの人に見られちゃった。

彼女はくすっと笑って、改札の中に消えていった。


その日の夜、僕はベッドの上でゴロゴロしながら、何度も彼女の声を思い出しては、にやけていた。健太にLINEで報告したら、「だから言ったろ! いけるって!」と大喜びの返信が来た。


それからというもの、僕たちの距離はみるみる縮まっていった。

昼休みには図書室でお互いの好きな本の話をしたり、休み時間に廊下で会えば立ち話をしたり。彼女は本当はすごくおっちょこちょいで、笑うときは口元を手で隠す癖があって、猫の話題になると目を細めることも、僕は少しずつ知っていった。


まるで夢みたいな日々だった。

だけど、僕の心の隅には、いつも不安があった。

この幸せは、いつか壊れるんじゃないかって。


文化祭の季節がやってきた。

僕たちのクラスは、カフェを出すことになった。黒いエプロンをつけてお客さんにドリンクを運ぶ係で、実は結構忙しくて、あまり彼女と話す機会はなかった。


彼女はレジ係をやってて、エプロン姿がすごく似合ってて、見てるだけでドキドキした。


二日目の午後だった。

店内が少し落ち着いてきたとき、入口のベルが鳴って、あの男が入ってきた。

白石蒼さんだ。


「いらっしゃいませ……あ、お兄ちゃん?」

レジの彼女が、驚いたように言う。


「やあ、凛。文化祭見に来たよ。お前のクラスのカフェ、学年で一番人気だって聞いてさ」

蒼さんは笑いながら店内を見回して、僕の目と合った。そしてにっこり笑って、僕の担当の席に座った。


わ、わざとだよね?

僕は緊張しながら、メニューを持っていく。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「君が佐藤くんだね。凛からよく聞いてるよ」

蒼さんはにやりと笑って言う。


「え? 白石さんが、僕のことを?」

「うん。毎日のように、佐藤くんがどうしたこうしたって話してくるんだ。もう、聞いててこっちが恥ずかしくなるくらいだよ」


「そ、そんな……」

僕は顔が真っ赤になった。

彼女が、僕のことを従兄に話してる?


「まあ、俺はちょっと様子を見に来ただけだよ。凛は小さい頃から人見知りで、好きな人には逆に冷たくしちゃうようなところがあるから、気をつけてくれ。あいつ、本当に不器用なんだ」


「は、はい……」


好きな人?

え? 彼女の好きな人?

まさか、僕のこと?


いや、そんなわけない。たぶん、友達としての話だろう。

僕はそう自分に言い聞かせた。

でも、心の奥の方で、小さな期待がくすぶり始めてた。


その後、ドリンクを運んだとき、彼女が慌てて「ごめんね、お兄ちゃんが変なこと言ったりしなかった?」と聞いてきた。


「いえ、何も。優しい方ですよ」

僕が答えると、彼女はほっとしたようにため息をついた。

その横顔が、あまりにも可愛くて、僕はまたため息をついちゃった。


4. 篝火の夜に


文化祭最終日の夜は、伝統の篝火祭りだった。

校庭に大きなかがり火が焚かれて、みんなで輪になって踊る。僕は踊るのが苦手だから、少し離れた木の下から眺めてた。


そのとき、背後から声がした。

「佐藤くん、踊らないんですか?」


振り返ると、彼女が立っていた。

少し息を弾ませて、頬を赤らめて。かがり火のオレンジ色の光が、彼女の髪を優しく染めて、すごく綺麗だった。


「僕は、踊るの苦手なんです。白石さんは?」

「私も、あんまり得意じゃないんです。少し休みに来ちゃいました」


彼女は僕の隣に座った。

二人で、ぱちぱちと音を立てるかがり火を眺める。遠くから聞こえる歌と、風の音が、夜の空に優しく響く。


「ねえ、佐藤くん」

しばらくして、彼女が小さく言った。


「なんですか?」

「佐藤くんは……どうして毎日図書室に行くんですか?」


僕はドキッとした。

どうしてって、それは、君に会いたいからだよ。

でも、そんなこと言えるわけない。


「え? 別に……静かだし、勉強しやすいからですかね」

適当なことを言った。


彼女は少しだけうつむいて、小声で言った。

「そうですか……」


なんだか、がっかりしたような声に聞こえた。

気のせいだろうか。


そのとき、風が吹いて、彼女の髪が僕の腕にかかった。

ふわっと、フローラルないい香りがした。

僕は心臓が飛び出そうだった。


好きだ。

今すぐにでも、好きだって言いたい。

でも、怖い。嫌われたら、どうしよう。今の関係すら、なくなっちゃったら、どうしよう。


僕はただ、もどかしい気持ちを抱えながら、かがり火を見つめてた。

あの夜、僕はずっと、告白するタイミングを伺ってた。

でも結局、最後まで言葉にすることはできなかった。


そして、事件は起きた。


次の月曜日、トイレでクラスの女子たちが噂してるのを、僕はたまたま聞いてしまった。


「ねえ、白石さんって、やっぱり彼氏いるんだって? 文化祭に来てたイケメン、大学生なんだって」

「えー、やっぱり! あの人、頭いいし可愛いし、彼氏いるよね」

「付き合って結構長いんだって。ずっと前から仲良しらしいよ。わざと隠してるのかな」


僕は、その場に立ち尽くした。


そうだったんだ。

従兄なんて嘘だったんだ。

彼氏なのに、僕には従兄だなんて言って。


なんで?

ただ、優しくしておきたかっただけ? それとも、からかってたの?

僕は馬鹿みたいに喜んでた。彼女と一緒に傘をさして歩いたことも、本の話をしたことも、全部、ただの友達としての付き合いだったんだ。


いや、それどころか、彼女は彼氏がいるのに他の男と仲良くするのが嫌だったから、適当に嘘をついてやり過ごそうとしたのかもしれない。


胸が、すごく痛い。

今までで一番痛い。


その日から、僕は図書室に行くのをやめた。

廊下で彼女に会っても、すぐに視線をそらしてすれ違う。彼女が話しかけてきても、返事はそっけなくして、早く立ち去る。


辛かった。

でも、これ以上好きになったら、もっと辛くなるだけだから。

早く諦めるには、距離を置くのが一番なんだ。


でも、彼女はどう思ってるんだろう。

困ったような顔で、僕を見送ってるのを見たことがある。

気のせいだろう。ただ、急に冷たくされて、不思議に思ってるだけだろう。


5. 屋上の告白


一週間くらいそんな日々が続いたある日、健太が怒った顔で僕を引きずって屋上に連れていった。


「おい、悠太。お前、本当にバカだな」

「何だよ、いきなり」


「白石さんが、お前のことをすごく気にしてるんだよ。昨日、わざわざ俺のところまで来て、『佐藤くん、最近私に何か悪いことしちゃいましたか?』って聞いてきたんだ。悲しそうな顔してさ。目が赤かったぜ」


「……そんな」

「お前が勝手に勘違いして、避けてるだけだろ。女の子がそんなに傷ついてるのに、何も言わずに逃げてるなんて、男じゃないよ」


僕はうつむいたまま、何も言えなかった。

「話し合えよ。ちゃんと本人に確かめろよ。それで本当に彼氏がいたら、そのとき諦めればいいだけの話だろ。今のままじゃ、お前も彼女も、どっちも辛いだけだ」


健太はそう言って、屋上のドアをガシャンと閉めて行っちゃった。

屋上には、冷たい風が吹いてる。


僕は手すりにもたれて、下の景色を眺めてた。

そうだよな。健太の言う通りだ。

勝手に勘違いして、勝手に傷ついて、勝手に逃げてる。なんて卑怯なんだろう。


ちゃんと、自分の目で確かめなきゃ。

そう思ってドアの方を向いた瞬間、ドアが開いた。


彼女が立っていた。

息を少し荒くして、髪を風で乱して。

僕の顔を見て、ぱちりと目を見開いた。


「佐藤くん……」

彼女は小さく呼びかけて、ゆっくりとこっちに歩いてくる。

目が、少し赤い。もしかして、泣いてたの?


そう思った瞬間、僕は胸がぎゅっと痛くなった。

「ごめんなさい」

僕は先に謝った。


「俺が勝手に勘違いして、避けてた。ごめん」

「……違うんです」

彼女はうつむいたまま、小さく言った。


「え?」

「全部、私のせいなんです。私が、佐藤くんにちゃんと伝えなかったから。ずっと、ずっと前から、伝えたかったんです。でも、怖くて、できなくて……」


彼女はゆっくりと顔を上げた。

瞳の中に、涙がたまってる。風に揺れて、今にもこぼれ落ちそうだ。


「佐藤くん。私は、佐藤くんのことが、好きです。

ずっと、前から。」


――え?

僕は、自分の耳を疑った。

好き? 彼女が、僕のことを?


「入学式の日、桜の木の下で、迷子の子猫を助けてる佐藤くんを見て、好きになりました。

それからずっと、佐藤くんのことが気になって、毎日図書室に行ってたんです。佐藤くんがいつもの席に座る時間に合わせて、先に行って待ってて。


ティッシュだって、たまたまじゃないんです。前の日、佐藤くんがティッシュを使い切って困ってるのを見て、次の日は多めに持ってこようって思ってたんです。


雨の日も、佐藤くんが傘を忘れてるのを朝の時点で知ってたから、わざと図書室に残ったんです。声をかけるきっかけが欲しくて。


従兄の蒼なんて、ただのおせっかいで、私の恋の相談に乗ってくれてただけなんです。文化祭に来たのも、佐藤くんがどんな人か確かめたいからだって言ってて……本当に迷惑なんです」


彼女は一気にしゃべり続けて、最後は声が震えてる。

涙が、ぽつりと頬を伝って落ちた。


「ずっと、佐藤くんが私のことをどう思ってるのか、わからなくて不安だったんです。

でも、最近は少しずつ仲良くなれたと思ってたのに、急に避けられるようになって……

私、何か嫌なことしちゃったのかなって、すごく悩んで……」


「違う!」

僕は思わず声を上げた。


「そんなことない! 俺の方こそ、ずっと前から白石さんのことが好きだったんだ!

毎日図書室に行くのも、白石さんに会いたいからだった。ずっと、白石さんは雲の上の人だと思って、話しかける勇気もなくて。


ティッシュをもらった日は、嬉しくて一晩中眠れなかった。雨の日に一緒に傘をさして歩いたときは、夢みたいだった。

彼氏だと勘違いして、すごく傷ついて、逃げ出した。俺がバカだった。本当にごめん」


僕も、気がつけば声が震えてた。

彼女は驚いたように僕を見て、次の瞬間、くしゅっと笑顔になった。

涙を流しながら、嬉しそうに笑ってる。


「よかった……」

小さく、囁くように言った。


風が吹いて、彼女の髪がなびく。

屋上から見える空は、すごく青くて高い。

僕は思い切って、彼女の手を握った。柔らかくて、少し冷たい手だった。


彼女はびっくりして顔を上げたけど、すぐに恥ずかしそうにうつむいて、僕の手を握り返してくれた。

てのひらから、暖かい熱が伝わってきた。


6. 窓際のふたり


それから、僕たちは付き合い始めた。


毎日昼休みは、図書室で一緒に本を読む。

隣同士の席に座って、たまに手が触れると、お互いに顔を赤らめる。今でもそんな、初々しい時間が続いてる。


ある日、彼女が本を取りに立った隙に、彼女のいつも読んでる本を覗いてみた。

『星の降る町』だ。


ぱらぱらとページをめくっていたら、あるページに小さな折り目がついてるのを見つけた。そこは、主人公がヒロインに告白する、一番有名な場面だった。


ページの隅に、小さく鉛筆で文字が書いてあった。

『いつか、私も言えるといいな』

書いた日付は、半年以上前のものだった。


僕はそれを見て、胸がいっぱいになった。

なんだか、すごく、幸せだ。


「何見てるんですか?」

彼女が戻ってきて、慌てて本を閉じる僕を見て、怪しそうに言う。


「いや、何でもない」

僕は笑って、彼女の頭をぽんと撫でた。

彼女はぷっと頬を膨らませたけど、すぐにくすっと笑った。


窓の外の太陽が、二人の姿を優しく照らしていた。

図書室の紙の匂いと、彼女の髪の香りが混ざり合って、すごく穏やかな気分になった。


ずっと遠くに見えた彼女が、今はこんなにすぐそばにいる。

手を伸ばせば、届く距離にいる。


これが、恋ってやつなんだな。

きっと、これからも色々あるんだろうけど、二人なら大丈夫だ。


僕はそう思って、また彼女の横顔を眺めてた。

彼女は、本を読みながら、窓ガラスに映る僕の姿を、こっそりと見ていることも知らずに。


ずっと前から、二人は同じように、同じ場所で、同じ想いを抱いてたんだ。

図書室の窓際の、小さな恋の物語。


星の降る町のように、静かで、暖かい恋。

これからも、ずっと続いていく。


――終わり

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