星の降る町の恋
僕は佐藤悠太、高校二年生だ。
毎日の昼休み、僕は図書室に通っている。
騒がしい教室を抜け出し、古い紙の匂いに包まれた静かな空間で、参考書を開くふりをして、ある女子の姿を眺めるのが、僕の密かな楽しみだった。
窓際の決まった席に座る白石凛さん。
同じクラスだけど、一年半経ってもまともに話したことなんて数えるほどしかない。成績は常に学年トップで、いつも薄い唇を結んで静かに本を読んでいて、まるでこの世界の喧騒とは無縁の場所に立っているみたいだ。
黒い髪が肩までかかって、風が吹くとふわりと揺れる。ページをめくる指は白くて細く、まるで美術館の彫刻みたいに整っている。午後の太陽がカーテン越しに彼女の頬を照らすと、うっすらと産毛が見えて、そんな細かいところまで僕は知っている。
好きだ。
一目惚れだった。入学式の日、桜がひらひら舞う校門の前で、彼女が落とした国語の教科書を拾ってあげたとき、ふと見せたはにかみ笑いに、僕の心は完全にやられた。
でも僕には、彼女に話しかける勇気なんてない。だって僕はどこにでもいる普通の男子生徒だ。成績は真ん中くらいで、部活も帰宅部だし、取り柄なんて何もない。彼女は雲の上の存在だ。手を伸ばしても届かない、遠い人。
だから僕は、遠くから眺めるだけでいいと思ってた。
そう、あの日までは——
1. 一枚のティッシュ
その日は朝から喉が痛くて、たぶん風邪をひいてた。昼休みになっても鼻水が止まらなくて、ポケットのティッシュはとっくに使い切っていた。
「くしゅん!」
大きなくしゃみをして、図書室中の視線が一気にこっちに向く。僕は顔を真っ赤にして机の下を探したけど、代わりになるものなんて何も出てこない。まずい、このままじゃ恥ずかしすぎる。早くこの場から消えたい。
そのときだった。
すっと、白い手が僕の目の前に差し出された。
水玉模様の可愛い包装のティッシュが、その細い指の上に乗っている。
「……どうぞ」
小さくて、澄んだ声。
まるで鈴が鳴ったみたいな、柔らかい声だった。
僕はびっくりして顔を上げた。
白石凛さんが、顔を少しだけこっちに向けて、恥ずかしそうに目を伏せていた。耳たぶが、薄い桃色に染まっているように見えた。
「あ、ありがとうございます!」
慌てて受け取ると、彼女はすぐにまた本に視線を戻して、まるで何もなかったかのようにページをめくった。たまたま余ってたから渡しただけ、という態度だ。
でも僕の心は、もう爆発しそうだった。
彼女が、僕に話しかけた。
たった三文字の言葉だけど、僕にとってはこれまでの人生で一番嬉しい言葉だった。
その日の午後の授業は、全く頭に入らなかった。
ティッシュの包装紙を何度も指でなぞって、あの小さな声を思い出しては、一人でにやけてしまう。隣の席の健太に「おい悠太、変な笑い顔やめろよ」と肘でつつかれるまで、ずっとそんな調子だった。
「おい、これはチャンスだぞ。お礼に何か持っていけよ」
休み時間になると、健太が興奮した面持ちで助言してくる。
「女の子は、細かい気配りができる男が好きなんだ。ちょっとしたお菓子でも渡して、仲良くなるきっかけにしろ」
僕は迷った末、次の日の朝、駅前の和菓子屋でいちご味のどら焼きを買った。前に一度、彼女が売店でいちご牛乳を買ってるのを見たことがある。きっといちご味が好きなんだろう。
昼休み、いつものように図書室に行くと、彼女はもうそこにいた。
僕はドキドキしながら、彼女の席のところまで歩いていく。足が震えそうだ。何度も深呼吸して、やっと声を出す。
「あの、白石さん。昨日はティッシュをありがとうございました。これ、よかったらどうぞ」
どら焼きを差し出すと、彼女はぱちりと目を見開いて、驚いたように僕を見た。
「え……わざわざ、ありがとうございます」
彼女は少しだけ口角を上げて、どら焼きを受け取った。
その笑顔を見た瞬間、僕は心臓が止まるかと思った。桜の花びらがひらりと舞い落ちるみたいな、柔らかくて儚い笑顔だった。
でもその後は、また黙ってしまって気まずい空気が流れる。僕は「じゃあ失礼します」と言って、慌てて自分の席に戻った。座ってからも、背中がずっと熱かった。
後ろから、彼女がそっと包装紙を開ける音が聞こえた気がした。
僕はただのお礼だと思ってた。彼女はただ礼儀正しいだけで、特別な気持ちなんてないんだろう、と。
でも少しだけ、僕と彼女の距離が縮まったような気がしたんだ。
2. 現れた「敵」
それから三日後の放課後だった。
僕は部活もないからいつも通り校門を出ようとして、その光景を目にした。
門の向こうに、背の高い男が立っている。大学生くらいの年だろうか。茶色い髪は整えられていて、スタイルもいいし、顔も雑誌に出てきそうなくらいかっこいい。
そして、その男の前に立っているのは、白石凛さんだった。
男は彼女の頭をぽんぽんと撫でて、何か笑って言ってる。彼女は少し怒ったように顔をしかめてたけど、口角は上がってて、明らかに嬉しそうな笑顔を浮かべている。
僕はその場に立ち尽くした。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような痛みが走った。
そうか、彼氏がいるんだ。
そりゃそうだよ。あんなに可愛くて優秀な彼女に、彼氏がいないわけない。イケメンで、年上で、きっと頭もいいんだろう。
僕なんかが、片想いしてただけなんだ。
なんだかバカみたい。たった一枚のティッシュと一個のどら焼きで、調子に乗ってしまった僕がバカなんだ。
その日から、僕は図書室に行くのが辛くなった。
でもやっぱり彼女に会いたくて、結局毎日行っちゃうんだけど。ただ、以前のようにじっと眺めることはできなくなった。彼女の姿を見るたびに、あの男の笑顔が浮かんできて、胸が痛くなるから。
「本当に彼氏なのか、確かめろよ」
健太はいつもそう言うけど、確かめたってどうなるんだ。
彼氏だったら、僕は諦めるしかないんだから。わざわざ傷つきに行く必要なんてない。
そんなふうに自分に言い聞かせて、一週間が過ぎた。
ある雨の日のことだ。
朝から降り続いた雨は、放課後になってもまったく止む気配がない。僕は傘を忘れてきた。別に困ることはないんだけど、家に帰っても一人で考え込むだけだから、図書室で時間を潰すことにした。
気がつけば、図書室には僕と彼女の二人きりになっていた。
司書の先生が「もうすぐ閉まりますよ」と声をかけてくるまで、僕はずっとそのことに気づかなかった。
二人きり。
静かな空間に、雨音だけがぽつりぽつりと響く。
僕は変に緊張して、本のページをめくる手が震える。
そのとき、彼女の方から声がかかった。
「佐藤くん……傘、持ってないんですか?」
僕はびっくりして顔を上げる。
彼女は僕の方を向いて、心配そうな目でこっちを見ていた。
「あ、はい。忘れちゃって……」
「よかったら、一緒に行きましょうか? 駅までなら同じ方向ですし」
え?
僕は耳を疑った。
彼女が、僕に一緒に帰ろうなんて言ってくれる?
彼氏がいるのに?
いや、だめだ。そんなことしたら、彼氏に怒られちゃう。
「え、いえいえ! 迷惑じゃないですか。彼氏さんに待ち合わせとかあるんじゃ……」
言った瞬間、僕は後悔した。
なんでそんなこと口に出しちゃうんだ。
彼女はぱちりと目を見開いて、次の瞬間、ぷっと吹き出した。
声を上げて、笑った。
「え? なんですか、それ?」
「あ、だって、前に校門のところで、かっこいいお兄さんと話してたのを見たもので……彼氏さんかなって」
僕は顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。なんて恥ずかしいんだ。
彼女はくすくす笑いながら、言った。
「あれは従兄の蒼ですよ。大学に通ってるんですけど、最近よく学校に来ては余計なことばっかり言ってくるんです。本当に迷惑なんです」
「従兄……?」
「ええ。ただの親戚です。彼氏なんて、いませんよ」
ぽっと、彼女の頬が赤くなった。
僕の頭の中で、花火が一斉に上がったような音がした。
彼氏じゃない。
ただの従兄だ。
彼女には、彼氏がいない。
その事実だけで、僕の世界が一気に明るくなった。
雨音が、なんだかすごくロマンチックなメロディに聞こえてくる。
3. 雨の傘の下で
傘をさして、二人で歩く。
傘は彼女の傘だから僕が持つべきなんだけど、彼女が「大丈夫ですよ」って言って、ずっと持ってくれてる。傘の中は狭くて、たまに肩が触れるたびに、僕は電気が走るような感じがした。
「佐藤くんは、どんな本が好きなんですか?」
彼女がふと聞いてきた。
「え? 僕は……色々読むんですけど、特に好きなのは『星の降る町』って小説です。あんまり有名じゃないんですけど」
「『星の降る町』!?」
彼女は驚いたように声を上げて、思わず立ち止まった。
「え、知ってるんですか?」
「大好きなんです! あの本、何度読み返したかわからないです。特に最後のシーン、屋上で二人が星を見る場面が、すごく好きで……」
彼女は目をキラキラさせて、話し始めた。
普段は静かで無口な彼女が、好きな本の話になると、すごく饒舌になる。頬を赤らめて、指を少し動かしながら自分の好きな場面を説明する姿は、まるで子供みたいに可愛かった。
僕は、彼女の話を聞きながら、心の中で叫んでいた。
こんなに可愛い人を好きになって、本当によかった。
駅に着くまでの時間は、あっという間だった。
別れ際に、彼女は小さく言った。
「今度、また図書室で、本の話でもしましょう」
「はい! ぜひ!」
僕は大きな声で答えすぎて、周りの人に見られちゃった。
彼女はくすっと笑って、改札の中に消えていった。
その日の夜、僕はベッドの上でゴロゴロしながら、何度も彼女の声を思い出しては、にやけていた。健太にLINEで報告したら、「だから言ったろ! いけるって!」と大喜びの返信が来た。
それからというもの、僕たちの距離はみるみる縮まっていった。
昼休みには図書室でお互いの好きな本の話をしたり、休み時間に廊下で会えば立ち話をしたり。彼女は本当はすごくおっちょこちょいで、笑うときは口元を手で隠す癖があって、猫の話題になると目を細めることも、僕は少しずつ知っていった。
まるで夢みたいな日々だった。
だけど、僕の心の隅には、いつも不安があった。
この幸せは、いつか壊れるんじゃないかって。
文化祭の季節がやってきた。
僕たちのクラスは、カフェを出すことになった。黒いエプロンをつけてお客さんにドリンクを運ぶ係で、実は結構忙しくて、あまり彼女と話す機会はなかった。
彼女はレジ係をやってて、エプロン姿がすごく似合ってて、見てるだけでドキドキした。
二日目の午後だった。
店内が少し落ち着いてきたとき、入口のベルが鳴って、あの男が入ってきた。
白石蒼さんだ。
「いらっしゃいませ……あ、お兄ちゃん?」
レジの彼女が、驚いたように言う。
「やあ、凛。文化祭見に来たよ。お前のクラスのカフェ、学年で一番人気だって聞いてさ」
蒼さんは笑いながら店内を見回して、僕の目と合った。そしてにっこり笑って、僕の担当の席に座った。
わ、わざとだよね?
僕は緊張しながら、メニューを持っていく。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「君が佐藤くんだね。凛からよく聞いてるよ」
蒼さんはにやりと笑って言う。
「え? 白石さんが、僕のことを?」
「うん。毎日のように、佐藤くんがどうしたこうしたって話してくるんだ。もう、聞いててこっちが恥ずかしくなるくらいだよ」
「そ、そんな……」
僕は顔が真っ赤になった。
彼女が、僕のことを従兄に話してる?
「まあ、俺はちょっと様子を見に来ただけだよ。凛は小さい頃から人見知りで、好きな人には逆に冷たくしちゃうようなところがあるから、気をつけてくれ。あいつ、本当に不器用なんだ」
「は、はい……」
好きな人?
え? 彼女の好きな人?
まさか、僕のこと?
いや、そんなわけない。たぶん、友達としての話だろう。
僕はそう自分に言い聞かせた。
でも、心の奥の方で、小さな期待がくすぶり始めてた。
その後、ドリンクを運んだとき、彼女が慌てて「ごめんね、お兄ちゃんが変なこと言ったりしなかった?」と聞いてきた。
「いえ、何も。優しい方ですよ」
僕が答えると、彼女はほっとしたようにため息をついた。
その横顔が、あまりにも可愛くて、僕はまたため息をついちゃった。
4. 篝火の夜に
文化祭最終日の夜は、伝統の篝火祭りだった。
校庭に大きなかがり火が焚かれて、みんなで輪になって踊る。僕は踊るのが苦手だから、少し離れた木の下から眺めてた。
そのとき、背後から声がした。
「佐藤くん、踊らないんですか?」
振り返ると、彼女が立っていた。
少し息を弾ませて、頬を赤らめて。かがり火のオレンジ色の光が、彼女の髪を優しく染めて、すごく綺麗だった。
「僕は、踊るの苦手なんです。白石さんは?」
「私も、あんまり得意じゃないんです。少し休みに来ちゃいました」
彼女は僕の隣に座った。
二人で、ぱちぱちと音を立てるかがり火を眺める。遠くから聞こえる歌と、風の音が、夜の空に優しく響く。
「ねえ、佐藤くん」
しばらくして、彼女が小さく言った。
「なんですか?」
「佐藤くんは……どうして毎日図書室に行くんですか?」
僕はドキッとした。
どうしてって、それは、君に会いたいからだよ。
でも、そんなこと言えるわけない。
「え? 別に……静かだし、勉強しやすいからですかね」
適当なことを言った。
彼女は少しだけうつむいて、小声で言った。
「そうですか……」
なんだか、がっかりしたような声に聞こえた。
気のせいだろうか。
そのとき、風が吹いて、彼女の髪が僕の腕にかかった。
ふわっと、フローラルないい香りがした。
僕は心臓が飛び出そうだった。
好きだ。
今すぐにでも、好きだって言いたい。
でも、怖い。嫌われたら、どうしよう。今の関係すら、なくなっちゃったら、どうしよう。
僕はただ、もどかしい気持ちを抱えながら、かがり火を見つめてた。
あの夜、僕はずっと、告白するタイミングを伺ってた。
でも結局、最後まで言葉にすることはできなかった。
そして、事件は起きた。
次の月曜日、トイレでクラスの女子たちが噂してるのを、僕はたまたま聞いてしまった。
「ねえ、白石さんって、やっぱり彼氏いるんだって? 文化祭に来てたイケメン、大学生なんだって」
「えー、やっぱり! あの人、頭いいし可愛いし、彼氏いるよね」
「付き合って結構長いんだって。ずっと前から仲良しらしいよ。わざと隠してるのかな」
僕は、その場に立ち尽くした。
そうだったんだ。
従兄なんて嘘だったんだ。
彼氏なのに、僕には従兄だなんて言って。
なんで?
ただ、優しくしておきたかっただけ? それとも、からかってたの?
僕は馬鹿みたいに喜んでた。彼女と一緒に傘をさして歩いたことも、本の話をしたことも、全部、ただの友達としての付き合いだったんだ。
いや、それどころか、彼女は彼氏がいるのに他の男と仲良くするのが嫌だったから、適当に嘘をついてやり過ごそうとしたのかもしれない。
胸が、すごく痛い。
今までで一番痛い。
その日から、僕は図書室に行くのをやめた。
廊下で彼女に会っても、すぐに視線をそらしてすれ違う。彼女が話しかけてきても、返事はそっけなくして、早く立ち去る。
辛かった。
でも、これ以上好きになったら、もっと辛くなるだけだから。
早く諦めるには、距離を置くのが一番なんだ。
でも、彼女はどう思ってるんだろう。
困ったような顔で、僕を見送ってるのを見たことがある。
気のせいだろう。ただ、急に冷たくされて、不思議に思ってるだけだろう。
5. 屋上の告白
一週間くらいそんな日々が続いたある日、健太が怒った顔で僕を引きずって屋上に連れていった。
「おい、悠太。お前、本当にバカだな」
「何だよ、いきなり」
「白石さんが、お前のことをすごく気にしてるんだよ。昨日、わざわざ俺のところまで来て、『佐藤くん、最近私に何か悪いことしちゃいましたか?』って聞いてきたんだ。悲しそうな顔してさ。目が赤かったぜ」
「……そんな」
「お前が勝手に勘違いして、避けてるだけだろ。女の子がそんなに傷ついてるのに、何も言わずに逃げてるなんて、男じゃないよ」
僕はうつむいたまま、何も言えなかった。
「話し合えよ。ちゃんと本人に確かめろよ。それで本当に彼氏がいたら、そのとき諦めればいいだけの話だろ。今のままじゃ、お前も彼女も、どっちも辛いだけだ」
健太はそう言って、屋上のドアをガシャンと閉めて行っちゃった。
屋上には、冷たい風が吹いてる。
僕は手すりにもたれて、下の景色を眺めてた。
そうだよな。健太の言う通りだ。
勝手に勘違いして、勝手に傷ついて、勝手に逃げてる。なんて卑怯なんだろう。
ちゃんと、自分の目で確かめなきゃ。
そう思ってドアの方を向いた瞬間、ドアが開いた。
彼女が立っていた。
息を少し荒くして、髪を風で乱して。
僕の顔を見て、ぱちりと目を見開いた。
「佐藤くん……」
彼女は小さく呼びかけて、ゆっくりとこっちに歩いてくる。
目が、少し赤い。もしかして、泣いてたの?
そう思った瞬間、僕は胸がぎゅっと痛くなった。
「ごめんなさい」
僕は先に謝った。
「俺が勝手に勘違いして、避けてた。ごめん」
「……違うんです」
彼女はうつむいたまま、小さく言った。
「え?」
「全部、私のせいなんです。私が、佐藤くんにちゃんと伝えなかったから。ずっと、ずっと前から、伝えたかったんです。でも、怖くて、できなくて……」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
瞳の中に、涙がたまってる。風に揺れて、今にもこぼれ落ちそうだ。
「佐藤くん。私は、佐藤くんのことが、好きです。
ずっと、前から。」
――え?
僕は、自分の耳を疑った。
好き? 彼女が、僕のことを?
「入学式の日、桜の木の下で、迷子の子猫を助けてる佐藤くんを見て、好きになりました。
それからずっと、佐藤くんのことが気になって、毎日図書室に行ってたんです。佐藤くんがいつもの席に座る時間に合わせて、先に行って待ってて。
ティッシュだって、たまたまじゃないんです。前の日、佐藤くんがティッシュを使い切って困ってるのを見て、次の日は多めに持ってこようって思ってたんです。
雨の日も、佐藤くんが傘を忘れてるのを朝の時点で知ってたから、わざと図書室に残ったんです。声をかけるきっかけが欲しくて。
従兄の蒼なんて、ただのおせっかいで、私の恋の相談に乗ってくれてただけなんです。文化祭に来たのも、佐藤くんがどんな人か確かめたいからだって言ってて……本当に迷惑なんです」
彼女は一気にしゃべり続けて、最後は声が震えてる。
涙が、ぽつりと頬を伝って落ちた。
「ずっと、佐藤くんが私のことをどう思ってるのか、わからなくて不安だったんです。
でも、最近は少しずつ仲良くなれたと思ってたのに、急に避けられるようになって……
私、何か嫌なことしちゃったのかなって、すごく悩んで……」
「違う!」
僕は思わず声を上げた。
「そんなことない! 俺の方こそ、ずっと前から白石さんのことが好きだったんだ!
毎日図書室に行くのも、白石さんに会いたいからだった。ずっと、白石さんは雲の上の人だと思って、話しかける勇気もなくて。
ティッシュをもらった日は、嬉しくて一晩中眠れなかった。雨の日に一緒に傘をさして歩いたときは、夢みたいだった。
彼氏だと勘違いして、すごく傷ついて、逃げ出した。俺がバカだった。本当にごめん」
僕も、気がつけば声が震えてた。
彼女は驚いたように僕を見て、次の瞬間、くしゅっと笑顔になった。
涙を流しながら、嬉しそうに笑ってる。
「よかった……」
小さく、囁くように言った。
風が吹いて、彼女の髪がなびく。
屋上から見える空は、すごく青くて高い。
僕は思い切って、彼女の手を握った。柔らかくて、少し冷たい手だった。
彼女はびっくりして顔を上げたけど、すぐに恥ずかしそうにうつむいて、僕の手を握り返してくれた。
てのひらから、暖かい熱が伝わってきた。
6. 窓際のふたり
それから、僕たちは付き合い始めた。
毎日昼休みは、図書室で一緒に本を読む。
隣同士の席に座って、たまに手が触れると、お互いに顔を赤らめる。今でもそんな、初々しい時間が続いてる。
ある日、彼女が本を取りに立った隙に、彼女のいつも読んでる本を覗いてみた。
『星の降る町』だ。
ぱらぱらとページをめくっていたら、あるページに小さな折り目がついてるのを見つけた。そこは、主人公がヒロインに告白する、一番有名な場面だった。
ページの隅に、小さく鉛筆で文字が書いてあった。
『いつか、私も言えるといいな』
書いた日付は、半年以上前のものだった。
僕はそれを見て、胸がいっぱいになった。
なんだか、すごく、幸せだ。
「何見てるんですか?」
彼女が戻ってきて、慌てて本を閉じる僕を見て、怪しそうに言う。
「いや、何でもない」
僕は笑って、彼女の頭をぽんと撫でた。
彼女はぷっと頬を膨らませたけど、すぐにくすっと笑った。
窓の外の太陽が、二人の姿を優しく照らしていた。
図書室の紙の匂いと、彼女の髪の香りが混ざり合って、すごく穏やかな気分になった。
ずっと遠くに見えた彼女が、今はこんなにすぐそばにいる。
手を伸ばせば、届く距離にいる。
これが、恋ってやつなんだな。
きっと、これからも色々あるんだろうけど、二人なら大丈夫だ。
僕はそう思って、また彼女の横顔を眺めてた。
彼女は、本を読みながら、窓ガラスに映る僕の姿を、こっそりと見ていることも知らずに。
ずっと前から、二人は同じように、同じ場所で、同じ想いを抱いてたんだ。
図書室の窓際の、小さな恋の物語。
星の降る町のように、静かで、暖かい恋。
これからも、ずっと続いていく。
――終わり




