死神様とのショートライフ
今回は、ちょっぴり変わった死神と女子高生のお話です。
「山野いちご」という名前のせいで、まさかの勘違いから死んでしまった主人公・いちご。
しかも、迎えに来た死神はまさかのポンコツ……。
果たして、いちごの第二の人生(?)はどうなってしまうのか。
笑えて、少し切なくて、最後にちょっぴり余韻が残るようなお話にしてみました。
それでは、どうぞ。
私の名前は山野いちご。
刃爾魔里ノ村で生まれ育った女子高生よ。
この間、私は死んじゃったの。
でも、今はこうして元気に生きているわ。
この村はとっても小さいけど、自然が豊かなの。もちろん、学校もあるよ。
「いちごー! おはよう!」
朝の校門前、聞き慣れた声に振り返ると、そこには幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた少年がいた。私の好きな人+幼馴染の畑野麦。
「おはよう、麦」
「今日も早いじゃん」
「麦こそ」
「俺はいつもこの時間だって」
そう言って笑う彼と並んで、私は校舎へ向かう。
刃爾魔里ノ村は、とても小さな村だ。
田んぼや畑が広がり、少し歩けば森や池もある。
都会みたいに大きな店もないし、遊ぶ場所だって限られている。
それでも、私はこの村が好きだった。
朝は鳥の声で目が覚めて、学校へ向かう途中には季節の花が咲いている。
放課後には友達と駄弁って、帰り道に麦とくだらない話をする。
そんな、どこにでもありそうな高校生活。
「なあ、いちご」
「ん?」
「今日の数学、小テストあるの知ってる?」
「……え?」
「やっぱり忘れてたか」
「聞いてない!」
「いや、先生が昨日言ってたって」
「昨日は眠かったんだもん!」
「それは知らんって」
麦が呆れたように笑う。
私は頬を膨らませながら、鞄から慌てて教科書を取り出した。
「あと十分しかないじゃん!」
「だから朝、早く来いって言っただろ」
「麦が一緒に勉強してくれればいいのに!」
「なんで俺が」
「幼馴染特権」
「そんな特権ねぇよ」
くだらない会話をしながら教室へ向かう。
授業を受けて、友達と話して、昼休みにはお弁当を食べる。
放課後になれば、また麦と一緒に帰る。
いつも通り。
何も変わらない一日。
……の、はずだった。
いや。
正確には、少し前まではそうだった。
だって私は――
この間、一度死んでいる。
原因は、ものすごく単純だった。
放課後、村の池の近くを歩いていたとき。
私の目の前を、一匹のトンボが飛んでいた。
「……あれ?」
妙に人懐っこいトンボだった。
私が歩けば、そのトンボも少し先へ飛ぶ。
私が止まれば、向こうも空中で止まる。
「待ってよー!」
面白くなって、私はトンボを追いかけた。
そして、そのトンボが池のほうへ飛んでいったので――
「えっ」
足を滑らせた。
そのまま私は池に落ちた。
冷たい。
動けない。
鼻に泥が入ってくる。苦しい。
手足を動かそうとしても、うまく力が入らない。
水の中で、声すら出せない。
「む…ぎ……たす、け……」
そこで、私の意識は途切れた。
……そう。
私の死因は、トンボを追いかけて池に落ちたこと。
我ながら、もう少し何かこう……なかったのかと思う。
ちなみに、そのトンボ、実は普通のトンボじゃなかった。
私を迎えに来た死神だったらしい。
しかも本人は、私を「山野いちご」という名前から果物?野菜?だと勘違いしていた。
その結果――
「山野いちご……? ばっかもん! ここは賞味期限切れの野菜の来るところだッ!!!人間を連れてくるなッ! お前の目は節穴かッ!! ベテラン死神!! 聞いてるのかッ! お前には罰としてこのいちごの見守りをしてもらうッ!」
地獄のホワイト企業(?)のオフィスに、上司の怒号がすさまじい音量で響き渡った。
白い着物の私の目の前で、黒いローブを着たベテラン死神が、借りてきた猫のように小さくなってガタガタと震えている。
その手には、「天界本日のお迎えリスト(農産物の部)」と書かれたタブレット。
画面には、スーパーの棚で賞味期限を迎えようとしていた、あの瑞々しくて甘い果物の『イチゴ』の画像が映し出されていた。
「ひ、ひえぇぇ……! す、すみませんボス! 漢字で『山野いちご』って書いてあったから、てっきり山奥に自生しているワイルドな野いちごの一種かと……っ!」
ワイルドな野いちごってwww
「わけがあるかボケェッ! どこをどう見たらこの女子高生が植物に見えるんだッ! ほら、さっさとその子を現世に戻して、寿命が尽きるまで責任を持って護衛してこいッ!!」
ドゴォン!! と激しい雷の音と共に、私の意識は急激に浮上した。
「……んっ」
気がつくと、私は一昨日に眠りについたはずの、自分の部屋のベッドの上にいた。
カーテンの隙間から、眩しい朝の光が差し込んでいる。
自分の体をペタペタと触ってみる。
うん、ちゃんと温かいし、心臓も動いている。
生き返ったんだ。
「はぁ……。まさかこの私が、こんな減給もののペナルティを受けるなんて……」
ほっと息を吐いた瞬間、部屋の隅の空気から、さっきのベテラン死神がすうっと姿を現した。……ただし、なぜか身長が三十センチくらいに縮んでいて、頭にはイチゴのヘタみたいな緑の帽子をかぶらされている。
「あの……死神さん?」
「……これからは君の影に潜んで、二十四時間体制で見守らせてもらうよ、山野いちご(人間)さん。ちなみに僕の好物は、本物のイチゴ(練乳がけ)だ。テッドと呼んでくれ。よろしく」
こうして、果物と間違えられて生き返った私の、ちょっとおかしな「死後(?)の元気な生活」が始まったのだった。
それからしばらくの間、私の日常には、小さな死神が一人増えた。
「いちご、止まって」
「ん?」
学校からの帰り道。
横断歩道の前で立ち止まると、私の影からひょこっとテッドが顔を出した。
「右見て、左見て。もう一度右」
「お母さんか何かなの?」
「君を一度死なせた死神だよ。説得力はあるだろう?」
「説得力の方向がおかしい」
信号が青になった。
私は歩き出そうとしたが、テッドが慌てて私の服を引っ張る。
「待って!」
「えっ?」
次の瞬間、曲がり角から自転車が勢いよく飛び出してきた。
「うわっ!」
テッドが私の影から飛び出し、両手を広げる。
すると、自転車の進行方向がほんの少しだけ逸れ、私のすぐ横を通り過ぎていった。
「……」
「……」
「今の、テッドがやったの?」
「そうだけど」
「すご」
「君が感心している場合じゃないよ」
テッドは小さな身体で腕を組み、深刻そうな顔をした。
「君は一度死んでるんだから、普通の人より気をつけてもらわないと困るんだ」
「普通の人よりって……私、そんなに危なっかしい?」
「トンボを追いかけて池に落ちる人間が何を言ってるんだい」
「それは……」
反論できなかった。
「まあ、僕が守るから大丈夫だよ」
そう言って、テッドは笑った。
「君が寿命を迎える、その日まではね」
「……寿命?」
「ああ」
その言葉を聞いた瞬間。
テッドの表情が、ほんの少しだけ曇った。
「……どうしたの?」
「いや」
テッドは何でもないように首を振った。
「なんでもないよ」
それからも、テッドは私を守り続けた。
階段では「走らない」
道路では「左右確認」
池には「近づかない」
そして、
「トンボを見つけても追いかけない!」
「もう分かったって!」
そんな毎日が続いた。
私は、すっかりそれが当たり前になっていた。
テッドがいる。
学校に行く。
友達と話す。
麦と帰る。
昨日までと何も変わらない。
……そう思っていた。
ある日の放課後。
「じゃあな、いちご」
「うん。また明日ね」
いつもの帰り道。
麦と並んで歩いていた。
夕暮れの村は、オレンジ色の光に包まれている。
田んぼの向こうから風が吹いてきて、麦の髪が揺れた。
「なあ、いちご」
「なに?」
「最近さ」
「うん」
「なんか、変じゃない?」
「え?」
「いや……なんとなく」
麦が私を見る。
「前より、俺のこと見るようになった気がする」
「……っ」
心臓が跳ねた。
「そ、そんなことないし!」
「そう?」
「そう!」
「ふーん」
麦が笑う。
その笑顔を見ていると、胸の奥が少し苦しくなった。
言わなきゃ。
ずっと言えなかったこと。
生きているうちに、ちゃんと伝えたかったこと。
「……麦」
「ん?」
私は足を止めた。
麦も立ち止まる。
「どうした?」
私は一度だけ息を吸った。
そして。
「……すき」
「……え?」
麦が目を丸くする。
「いちご、今……」
「……」
顔が熱い。
恥ずかしい。
でも、言えた。
たった二文字。
それだけなのに、胸の奥がいっぱいになった。
「俺も――」
麦が何かを言いかけた。
その瞬間だった。
「危ない!」
遠くから、テッドの声が聞こえた。
振り返る。
そして――。
ほんの数秒後。
私の意識は、途切れた。
「……え?」
目を開けると、そこには見慣れた景色があった。
白い天井。
黒いローブ。
そして、私を見つめる小さな死神。
「……テッド?」
「……」
テッドは何も言わなかった。
ただ、俯いている。
「どうしたの?」
「……ごめん」
「え?」
「ごめん、いちご」
その声は、今まで聞いたことがないくらい小さかった。
「君の寿命は……本来より少し短くなっていたんだ」
「……え?」
「一度、死者として地獄に送られた。その分だけ、君の寿命が削られてしまった」
「だから……僕がどれだけ守っても……僕は……君を守るって約束したのに」
そこで、私はようやく気づいた。
自分の身体に、いつもの温かさがない。
心臓の音も聞こえない。
そして何より。
私はもう、現世にはいなかった。
「……そっか」
私は小さく笑った。
「私、また死んじゃったんだ」
「……うん」
「今度は、テッドのせいじゃないよ」
「でも……」
「いいの」
私は笑った。
悲しくない、と言えば嘘になる。
もっと麦と話したかった。
もっと学校に行きたかった。
もっと、この村で暮らしたかった。
でも。
「最後に、言えたから」
「……何を?」
「秘密」
私はそう言って、少しだけ笑った。
そのとき、遠くから閻魔様の怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前ェェェェェェッ!! またこっちに連れてきたのかァァァッ!!」
「ひ、ひえぇぇぇぇっ!こっ、今回は違いますぅっ!」
テッドが飛び上がる。
私のライフは高校で幕を閉じた。
が、私の死後の生活は、もう少しだけ続くらしい。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
『死神様とのショートライフ』、いかがだったでしょうか?
最初は「名前をイチゴと勘違いされて死ぬ」という、かなりアホらしいところから始まるお話ですが、最後には少しだけ切ない結末になりました。
ちなみにタイトルの「ショートライフ」は、短い人生という意味だけではなく、いちごとテッドが過ごした短い時間にもかけています。
一度死んでしまったいちごを守るため、今度こそ失敗しないように奮闘するテッド。
でも、いちごの寿命そのものが縮んでいたため、最後まで守り切ることはできませんでした。
それでも、最後にいちごが麦へ「すき」と伝えられたことだけは、きっと意味のあることだったんじゃないかなと思っています。
……まあ、死後の世界では閻魔様にまた怒鳴られているみたいですが(笑)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




