静かな誓い
朝食が終わり、陽と凪が「行ってきまーす!」と元気よく庭へ駆け出していった。
茶碗を片付けようと立ち上がった桜の背中に、久我が静かな声をかける。
「サクラ君。少し、話をいいかな」
振り返ると、そこには教育者の穏やかさの中に、かつて数多の戦場を渡り歩いてきた「軍師」としての、鋭くも思慮深い瞳があった。
「昨日のことだが……。あそこに君がいたことは、私と君だけの秘密にしておこう。あの子たちや、村の者にもね」
久我は茶を一口啜り、窓の外の平穏な景色に視線を向けた。
「あの場所で何があったかを知れば、人々は君を畏れるか、あるいは利用しようとするだろう。それは、私が望むことではない」
それは、彼女の正体に対する疑念を抱きつつも、まずは「一人の女性」として彼女の平穏を優先しようとする、彼なりの誠実な優しさだった。
「……はい。ありがとうございます、先生」
「礼には及ばないよ。……さて、まずはその装束をどうにかしないといけないな。あの子たちには『遠い国の服だ』と説明したが、さすがに村では目立ちすぎる」
久我は立ち上がり、奥の戸棚から丁寧に畳まれた着物を持ってきた。
「以前、村の者が『娘がもう着なくなったから』と置いていったものだ。古いものだが、君の背丈なら合うだろう」
かつての軍師としての身分を捨て、この地で一人の教師として生きる彼が、村人との交流の中で譲り受けた生活の品。
「あ……ありがとうございます」
「慣れないかもしれないが、これを着ていれば村でも『新しい手伝いの娘さん』として受け入れられるはずだ。……着替えられるかな?」
手渡された着物は、少し色褪せているけれど、お日様の匂いがした。
桜は、彼が自分をこの世界に、そしてこの「平穏」の中に馴染ませようとしてくれていることを感じ、胸が熱くなった。




