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君に一生分の休みを。  作者: 桜庭つむぎ


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3/17

雨の戦場

「――ッ!?」

肺の中の空気がすべて押し出されるような衝撃と共に、桜の体は硬い泥の上に叩きつけられた。

鼻を突くのは、焦げた鉄と生臭い血の匂い。そして、肌を刺すような冷たい雨。

「……ここ、は……」

泥にまみれ、水を吸って重くなったリクルートスーツが肌に張り付く。

ついさっきまでオフィスビルの蛍光灯の下にいた彼女にとって、この暗闇と怒号が飛び交う空気はあまりに暴力的だった。

恐怖で全身の震えが止まらない。だが、彼女は這いずるように顔を上げた。

(先生……久我先生は、どこ!?)

立ち込める霧の向こう、一人の男が膝をついているのが見えた。

愛刀を杖にし、肩を激しく上下させている。その背には数本の矢が突き刺さり、滴り落ちる血が泥を赤く染めていた。

「先生……!」

声にならない叫びを飲み込み、桜は駆け出した。

間近で見る久我宗介は、想像を絶するほどに凄惨だった。毒で紫に変色した唇、そして傷口から溢れ出す、温かく、生臭い、本物の血。

(……あぁ、ここはもう……作り物のアニメの世界じゃない……現実なんだ)

一方、久我の意識は、底知れない闇に沈みかけていた。

遠のく意識の中で、彼は自分を待つ幼い教え子たちの顔を思い浮かべていた。

(……ここまでか。凪、陽……すまない……)

無念さと共に、久我が静かに瞳を閉じようとした、その時。

泥を跳ね飛ばし、誰かが自分の側に駆け寄る気配がした。

(刺客、か……?)

だが、彼を襲ったのは刃の痛みではなく、凍りつくような冷たさと、それを上回る圧倒的な「癒し」の奔流だった。

「……有給…申請……!」

桜が彼の傷口に手を当てた瞬間、彼女の全身から「熱」が奪い取られ、光となって久我の体に流れ込んでいった。

毒が抜け、傷が瞬時に塞がり、久我の呼吸が劇的に整っていく。

「……ふぅ、……よかった」

命の危険が去ったことを確認し、桜は深い安堵の溜息をついた。

有給を使った代償か、指先が氷のように冷たくなり、経験したことのないようなだるさが体に回る。けれど、それは心地よい仕事終わりの疲労感にも似ていた。

桜は震える腕で、横たわる久我の頭をそっと自分の膝の上に乗せた。

冷たい雨に打たれながら、彼女は彼が目を開けるのをじっと待ち続けた。

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