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才能がないと捨てられた教え子を育てたら、数年後、世界最強の賢者になって私を迎えに来ました

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/01/21

辺境の町に流れ着いて三年になる。


朝は庭の薬草に水をやり、昼は町の診療所で魔術治療の補助をし、夜は読書。

誰も私を知らず、私も誰にも深く関わらない。それでいい。そうあるべきなのだ。


私、アリアンナは元魔術学院の講師だった。そう、過去形だ。

今はただの無職の女。三十二歳、独身。特技は初級魔術と教育だけ。


鏡に映る自分の顔は、昔と変わらない。でも…中身は違う。

私はもう、誰かを導く資格なんてない。


——あの時、私は選択を誤った。


どんなに考えても、その結論は変わらない。

だから私はここで、静かに生きていくしかないのだ。


診療所の帰り道、夕陽が長い影を作っていた。

誰も私に声をかけない。それが心地よくて…でも少しだけ寂しい。




異変は、その日の夕刻に訪れた。


「アリアンナ・エルフェルト様、お住まいはこちらですか」


玄関の扉を叩いたのは、王都の紋章を掲げた使者だった。

まさか、私を追ってきたのか——?


「彼が直接お話ししたいと」


「彼……?」


使者の背後から、足音がする。

その人影を見上げたその瞬間、息が止まった。


「お久しぶりです、先生」


低く、落ち着いた声。

だがその響きが、私の記憶にあるあの少年の声と重なる。


「……レイ?」


名前を呼んだ。昔の癖で、つい子供を呼ぶ口調になってしまう。

けれど目の前にいるのは、記憶の中の子供ではなかった。


黒い外套をまとい、長身で肩幅の広い青年。

かつて細く頼りなかった体は、今や私を完全に見下ろす高さにある。

濃紺の瞳は昔のままなのに、その視線の重さがまるで違う。


「ええ。先生…レイです」


彼は微笑んだ。

その笑みには、敬意と、何か別の——もっと深い感情が混じっていた。


「大きくなったわね」


私は努めて明るく言ったが、声は震えていた。

彼の周囲に渦巻く魔力の圧が、肌を刺す。この力量は、尋常ではない。


「先生は、変わりませんね」


彼は一歩近づいた。

玄関先に立つ私と、彼の距離が縮まる。緊張してしまって…なんだか息苦しい。


「何の用? もう私はあなたの教師じゃないのよ」


「それは承知しています」


レイは穏やかに言った。

「ですが…迎えに来ました」




レイ・アルセイドは、魔術学院で最も見放された生徒だった。

魔力量は膨大だが、制御ができない。

暴走し、破壊し、周囲を傷つける。

他の講師たちは彼を「欠陥品」と呼び、誰も教えようとしなかった。


私が担当になったのは、ただの偶然だった。


初めて会った日、彼は泣いていた。

十二歳の少年は、自分の手を見つめて言った。


「僕には才能がないんです」


「そんなことないわ」

私は答えた。


「あなたの魔力は欠陥じゃない。ただ、使い方が分からないだけ」


魔術は力ではなく、構造だ。

膨大な魔力を持つ者ほど、その流れを理解しなければならない。

私は彼に、魔術式を分解し、再構築する方法を教えた。


彼は驚くほど飲み込みが早かった。

半年後、彼の魔術は学院で最も美しいと称賛されるようになった。


だが——それが問題だった。


学院の上層部は、私が「異端の教育法」を用いたとして査問にかけた。

伝統を無視し、独自の理論で教えたことが罪だと。


私は辞職を迫られた。

それでも、私は後悔していない。レイを守れたのなら、それでいい。


彼が最後に言った言葉を、今も覚えている。


「先生、僕は必ず強くなります。だから——」

その先は、聞き取れなかった。



「迎えに来た、って……どういう意味?」


私は警戒しながら尋ねた。

レイは部屋の中に招き入れられ、私の淹れた茶を静かに飲んでいる。


「先生にまた、僕のそばにいてほしいんです」


「もう教えることなんてないでしょう? あなたはもう立派な魔術師なんだから」


「魔術師ではなく、賢者です」


彼は淡々と言った。


「世界魔術協会から『最高位賢者』の称号を授かりました」


言葉を失った。

賢者——それは数百年に一度現れるかどうかの、最高峰の存在だ。


「だからこそ、先生が必要なんです」


レイは立ち上がり、私に近づいた。

彼の影が私を覆う。心臓が、うるさい。


「レイ、あなたはもう一人で——」


「一人では、ダメなんです」


彼の手が、私の肩に触れた。でも、優しく、離さない強さで。


「先生は僕にとって、ただの恩人ではない」


その瞳が、私を映す。

かつて教え子だった少年の瞳ではない。一人の男性の、真剣な眼差し。


私は慌てて視線を逸らした。胸がざわつく。これは——まさか。


「私はあなたの先生よ。それ以上でも以下でもない」


「それは、先生が決めることですか?」


レイの声が、耳元で低く響いた。


翌日、町に王立教会の調査団が現れた。

彼らの目的は、私だった。


「アリアンナ・エルフェルト。あなたの魔力特性について、調査を命じられている」


冷たい声が告げる。


「レイ・アルセイド賢者の力の源泉が、あなたにあるという報告が上がっている。是非に協力していただきたい」


私の魔力が、レイの核?

何を言っているのか、理解できなかった。


だが彼らの視線は真剣で、そして貪欲だった。


「もしあなたが協力を拒むなら、強制的な手段を——」


「それには及ばない」


冷ややかな声が、空気を切り裂いた。

レイが、そこに立っていた。


「彼女には指一本触れさせない」

その魔力の圧に、調査団の全員が膝をついた。



——レイ視点——


彼らが彼女を「調査対象」と呼んだ瞬間、僕は理性を失いかけた。

先生は、僕にとってこの世界で最も尊い存在だ。


彼女がいなければ、僕は今もただの欠陥品だった。

いや、それどころか、とっくに自分を壊して消えていたかもしれない。


彼女は僕に、生きる意味を教えてくれた。


だから——彼女を誰にも渡さない。


「僕が世界を救うのは、彼女がそこにいる世界だからだ。

彼女を失うくらいなら、この世界を滅ぼす方を選ぶ」


脅しではない。本心だ。


先生は僕を「教え子」だと思っている。

それは十分に分かっている。でも、僕はもう子供じゃない。


僕は一人の男として、彼女を選んだ。それだけだ。








「レイ、あなた……」


私は震える声で言った。

調査団が去った後、部屋には私たち二人だけが残された。


「あなたが世界を滅ぼすだなんて、そんなこと——」


「冗談ではありません」

レイは真っ直ぐに私を見た。


「先生、あなたの魔力特性は『安定化』です。僕の暴走しやすい魔力を、あなたは無意識に整えていた」


「それは……」


「あなたがいなくなってから、僕の魔力は何度も暴走しかけた。

抑えられたのは、あなたが教えてくれた『構造理論』があったからです」


彼は一歩近づく。


「でも、それだけでは足りない。僕には、あなた自身が必要なんです」


「……私がいないと、あなたは——」


「ええ。いずれ自壊します」


その言葉が、胸に刺さった。


「だから、先生。もう『教師と生徒』ではいられません」


レイの手が、私の頬に触れた。


「あなたを守るのは、今度は僕です」




世界魔術協会からの提案は、驚くべきものだった。


「賢者レイ・アルセイドと、安定化魔術師アリアンナ・エルフェルトの、生涯魔術契約」


形式上は、魔力の安定化のための術式連結。

だが実質的には——婚姻に等しい契約だった。


「私が、レイの足枷になるなんて……」


「足枷ではありません」

レイは即座に否定した。


「あなたは僕の核です。あなたがいなければ、僕は賢者でいられない」


「でも——」


「先生、あなたは僕を『守った』。今度は僕が、あなたを守る番です」


彼の手が、私の手を包む。


「選んでください。僕と共に生きるか、それとも——」


それとも、の先は言わなかった。

でもその瞳には、絶対に離さないという意志が宿っていた。


私は、もう逃げられない。


「……分かったわ」

震える声で、私は答えた。


「あなたが、それでいいなら」





契約の儀式は、静かに執り行われた。

魔術式が私たちの手を繋ぎ、光が二人を包む。

これで私たちは、生涯を共にする。


儀式が終わった後、レイは私を抱き寄せた。


「もう…先生扱いは通用しませんよ」

彼の声が、耳元で囁く。


「…これからは、対等ですから」


「……ずるいわよ、レイ」

私は彼の胸に顔を埋めた。


「私、まだあなたを子供だと思ってたのに」


「それはもう、無理ですね」


彼は笑った。優しく、でも確信に満ちた笑みで。

私は気づいてしまった。


彼はもう、私の教え子ではない。私を守る、一人の男性なのだと。

そしてそれが——怖くないことに、驚いていた。


彼の腕の中で、私は初めて安心した。

守られているのではなく、離されないという安心感。


静かで、確定的な未来が、そこにあった。


—完—

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