生まれ変わったら、木になりたい
全ての原因が人間にあるわけでは無い。
生まれ変わったら、ウイルスになりたい。
増殖する間もなく、熱やアルコールや乾燥によって死滅する、弱いウイルスになりたい。
人間は大変だ。生が長すぎる。
人生100年時代とか、やってられない。
何故周りの人達は、不老不死を求めるのだろう。100年とわ言わなくても、数十年生きるだけでも充分長いのに。
その点、ウイルスはいい。
人の目に見えるものではない。
生き物の体内から出て仕舞えば、数時間の命だ。人のように数十年もの長すぎる時を過ごさなくても良い。
何も考えず、増殖できる環境なら増殖して、最期は空中を漂って、誰に認識されることなく立ち去りたい。
生まれ変わったら、ダニになりたい。
ウイルスと同じように、小さくて、認識されにくいものほど好ましい。
ウイルスは大変だ。生物の体外に出てしまったら、風に飛ばされてしまう。
その点、ダニはいい。
他の生き物にくっついていれば、飛ばされる心配もない。
卵から孵って、ご飯を食べて、時には卵を産み落とす。そして数ヶ月後には、他の生き物から認識されることなく、ひっそりと立ち去りたい。
生まれ変わったら、猫になりたい。
自由な野良猫となって、その足で色んな世界を見てみたい。
ダニは大変だ。生き物の毛に生まれて、世界が見えない。いつも同じところしか見えない。
その点、猫はいい。
自由なその身で、色んな場所まで歩いていける。色んな景色を楽しむことができる。
自由に足を運んで、お気に入りの景色を見つけたい。そして最期は、誰からも気付かれることなく、静かに立ち去りたい。
生まれ変わったら、鳥になりたい。渡り鳥がいい。
鳥の姿になって、空から世界を見てみたい。
猫は大変だ。高い木に登ってしまうと、下りられなくなる。
その点、鳥はいい。
大きな翼を持って、自由に空を飛ぶことができる。
自由に空を飛び、色んな世界を見て回りたい。そして最期は、暖かい南の大地で、ひとりで立ち去りたい。
生まれ変わったら、魚になりたい。
魚となって、自由に泳ぎながら、海の世界を見たい。
渡り鳥は大変だ。季節が変わる前に、数千キロもの距離を渡らなければならない。
その点、魚はいい。
自ら羽ばたかなくても、潮の流れに沿って泳ぐだけだ。
海流に身を任せ、美味しい餌を食べ、鳥の姿では見ることのできない、海の世界を見たい。そして最期は、海底に沈んで、誰に気付かれることもなく、寂しく立ち去りたい。
生まれ変わったら、亀になりたい。
亀になって、ゆったりとした時を過ごしたい。
魚は大変だ。バランスを取るために、常にヒレを動かしていなければならない。
その点、亀はいい。
陸の上でも呼吸できる。厚い甲羅もある。ずっと動かずに、甲羅の中で安全に眠ることができる。
泳ぐことが嫌になったら、陸に上がって、ゆっくり眠りたい。そして最期は、甲羅の中で眠るように立ち去りたい。
生まれ変わったら、人間になりたい。
人間になって、いろんな体験をしてみたい。
亀は大変だ。のんびりしていたら、いつも夜になっている。
その点、人間はいい。
いつも忙しそうにしているのに、いつも楽しそうだ。
色んな楽しみを見つけて、おいしいものを食べて、色んな所に行ってみたい。そして最期は、すべてに満足して立ち去りたい。
生まれ変わったら、木になりたい。
選ぶことができるなら、桜の木がいい。
誰もが見ることのできる、公園の木じゃなくていい。簡単には立ち入ることのできない山に、ひっそりと生える桜の木になりたい。
人間は大変だ。悪役なのに、ヒーローにもなる。
地球環境を破壊している悪役の人間は、地球環境を守るために働くヒーローになる。
生き物の絶滅の原因になる人間は、絶滅危惧種を保護するヒーローになる。
人間は役割を持ち過ぎている。
本来、人間は寂しい生き物だ。他の生き物に嫌われる、狡賢くて寂しい生き物だ。
それなのに、人間は他の生き物を求める。共に暮らそうとする。
自分の身を守るために、他の生き物と共存するものはいる。でも、人間は、身の安全のために他の生き物を求めてはいない。心の安寧のために、他の生き物を求めている。
人間は、他の生き物のことを考えなければならない。たとえ嫌われていたとしても。
その点、木はいい。
何もしなくても、色んな生き物が寄ってくる。
何も考えなくても、常に他の生き物に寄り添うことができる。
ただ存在しているだけで、他の生き物と共存することができる。
春。蜂が、鳥が、蜜を求めてやってくる。
夏。鹿が、猪が、狐が、狸が、木陰を求めてやってくる。
秋。虫が木の実を求めてやってくる。
冬。蛇が、リスが、熊が、冬眠の為にやってくる。
季節が巡り巡って、初めは小さな種だったのに、いつしかそこになくてはならない大きな存在になる。
木の周りはいつも賑やかだ。他の生き物の温もりがある。
木となった私は、最期まで生き物達に寄り添われて、温かく過ごしたい。
生き物には、それぞれ良いことも悪いこともある。
私達は、自分にないものを持っている他の生き物に、常に憧れている。
それでも、私達はこの世にウイルスとして、ダニとして、猫として、鳥として、魚として、亀として、人間として生を受けた。
憧れることは自由だ。でも、憧れても、今それになることはできない。
それなら、私達は、他の生き物から憧れる今を、目一杯楽しんで生きようではないか。
そして最期は、やっぱり私は私で良かったと、満足してこの世を立ち去りたい。
桜の木もいいけど、ナラの木もいいな。




