第7章 本厄
蒼汰が忘年会へ向かう頃、小平はまた一つの節目に向き合っていた。
電話番号を変えて、もう2年が経つ。
振り返れば、ただ必死に日々を生きてきたように思う。
その間には、大小さまざまな出来事があった。
知人の結婚式で受付やサプライズに駆り出されたことが4度。
上司に押し切られる形で受けた資格試験が2つ。
久しぶりに再会した高校時代の知人は、いつの間にか悪質なマルチ商法に傾いていた。
そして――急に訪れた、両親の熟年離婚。
4度の結婚式のうち、素直に祝福の気持ちで出席できたのは、私の職場の同期だった鈴木くんと私の学生時代のバイト先の子、亜里沙ちゃんの派手すぎず地味すぎない回だ。
彼女とはバイト以外の接点はほぼなかったが、なぜか細く長く、ギリギリ切れない程度に繋がっていた。
ふたりの話では、私が何かのイベントで引き合わせ、それが縁となって結婚まで至ったらしい。
きっかけは私だと言うのだ。
当の本人には、そんな記憶はほとんどない。
それでも――誰かの幸せに寄与できたのなら、それはそれで悪くないと思うことにしている。
それよりも、何よりも衝撃だったのは両親の離婚だ。
私には一言の相談もなく、突然突きつけられた現実は、まさに寝耳に水だった。
後で父に尋ねると、「いつかこうなる気がしていた」と、どこか諦めきった声で答えた。
子どもは私ひとり。
私が大学院を卒業後、社会人として世の中に放たれた時、母も専業主婦をやめ、挑戦したいと働くことを決めた。
しっかりと子どもの成長を見届け、自ら生き抜くことができるようになった母。
そんな母から時折届く、底抜けに明るい一方通行の電話を受けるたび、娘はふと、父のことを案じずにはいられなかった。
「再来月、職場の同僚と3人でグアム旅行に行くの!パスポートを確認したら、ずいぶん前に期限が切れていてね。慌てて取り直したのよ。顔写真、可愛く写ってるといいんだけど……。今度見せてあげるわね。あと、今回は思い切って10年有効にしたわ。あなたにはお土産買ってくるから、楽しみにしててね!」
一体、私は恋のキューピッドなのか、それとも恋のデストロイヤー(破壊者)なのか……
考えたところで現実が急に好転するわけでもない。
部屋着から“世間にギリギリ許される服”に着替え、乱れた髪をまとめる。
とりあえず、外に出ることにした。
こんな時には何か甘いものを。
小平は、スーパーマーケットの期間限定コーナーに並んだ甘酒の瓶を眺めながら立ち止まった。
「信心深いわけじゃないけれど、正月くらいは神社へ行って、温かい甘酒でもいただこうかしら」
そうつぶやいた瞬間、ふと、胸の奥で何かが引っかかった。
――2024年は、自分の本厄だった。
その事実が、ここ最近の出来事を淡い線で結びつけていく。
せめて厄除けくらいはしておくべきかもしれない。
清酒の代わりに甘酒……アリなのか?
スマホの検索バーに『甘酒 清酒 厄除け 代用』と打ち込んだ。
その瞬間、着信画面に切り替わった。
スマホ画面に表示された名前は『マル子』だった。
マルチ商法の子だ!
SNSチャットでの既読スルーが効いたのか、ついに電話で来た。
たった一度、お情けで話を聞いてあげただけなのに、すっかり私をターゲットにしている。
続けて、ホストクラブの中堅ホストからの着信。
数回通った程度で、この執念深さは何なのだろう。
あの時間も金も、私には無意味な浪費でしかなかったのに。
小平は天井を仰いだ。
「……もういや、勘弁して。」
突然押し寄せた心労に、甘酒を買うことすら忘れてしまい、小平は手ぶらのまま店をあとにした。
「そもそも何でこんなものが届くような生活するの?浪費するならその分稼げなかったわけ?それとも、詐欺にでも引っかかったの?」
愚痴をこぼしながらも「大丈夫。私なら何とかできる。大したことじゃない」と自分に言い聞かせた。
電話番号を変えさえすれば、この人たちは私の世界から消えてくれる――母譲りの根明さに背中を押され、小平は人生3度目の番号変更を決意した。
自分で汚してしまったこの番号には、最後に心の付箋を貼っておく。
「悪質な、マルチとホスト、ご用心。」
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