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第4章 汚れた番号

「ほんと最悪。失敗した」


小平こだいらは、3日ぶりに届いた明らかに自分と無関係のSMS通知に怒りとも諦めともつかない感情でボソッと口ずさんだ。


電話番号を変えたのは、目的がある人と比べれば、ほんの気まぐれだった。


29歳、港区に勤める『港区女子』ではない女子。仕事は、生きるために必要な額かつ労働の対価が得られれば十分なのに、毎日なぜか終わりが見えない。

交友関係も整理しきれていない。衣替えだってやろうと思ってから思い続けて早3ヶ月。


だけど、確実に来月には30歳になる。避けては通れない。

そんな節目に、何かをリセットしたかったのだ。丹精込めて腰辺りまでまっすぐに伸ばした髪を切るほど大げさではなく、でも確かに区切りとして「効く」変化。


私にとっては、それが番号の変更だった。

けれど、人生の節目リフレッシュボタンは、そんなに都合よく作用してはくれなかったらしい。

新しい番号を受け取って間もなく、知らない番号から着信があった。


「……○○さんですね? 返済が確認できていません。至急ご連絡を——」


声は慌ただしく、私は反射的に背筋を伸ばし、丁寧な声で答えた。


「恐れ入りますが、どちら様ですか?かけ間違いかと思います」


礼儀は大事。間違っているのは相手でも、荒く返すのは好きじゃない。

だが、それで終わるほど、運の悪さは控えめではなかった。


月に数件、酷い月には5件以上。金融事業者、消費者金融、馴染みのないローンセンター。SMSには謎のサイト用の認証コード、そして法律事務所からの淡々とした文面。

――『最終通告』。


スマホ画面を見るたび、胸の奥がざらつき、息が浅くなる。

普段なら冷静な私でも、こうなると心が磨耗する。


「そもそも何でこんなものが届くような生活するの?浪費するならその分稼げなかったわけ?それとも、詐欺にでも引っかかったの?」


愚痴をこぼしながらも「大丈夫。ジブンゴトじゃないし、大したことじゃない」と自分に言い聞かせた。

多少の不安は、ハーブティーを淹れて一晩寝れば消えてくれる――そう信じたかった。

しかし、変更から4ヶ月目、ついに危ない方面と思われる人から電話があった。


「こんにちは、こちらの番号、○○さんでお間違いありませんか。昨年の借入金についてお話が——」


スマホ越しの声は不自然なほど落ち着いていて、こちらの鼓動だけが浮き上がる。

小平に裏社会との縁などない。だが、その声を聞いた途端、過去に見た無数のドラマが脳裏で繋がり、現状と重なっていった。


小平は、慎重に言葉を整えた。


「……私はその人ではありません。この番号、私が取得したのは最近なんです」


「……そうかよ。――って、誤魔化すんじゃねぇ!俺を舐めてんのか?いい加減にしろよ、お前の――」


プツッ。


無機質な切断音だけが小平の耳に残った。


しくじった。咄嗟に電話を切ってしまった。

その瞬間、妙な感覚が胸に宿った。

番号とはただの数字ではない。誰かが欲を出し、嘘をつき、助けを求め、あるいは罪を残した『痕跡』にもなり得るのだと。


静かにスマホの電源を切り、机に置いた。深呼吸をひとつ、長くする。


「よし、仕切り直しだ」


翌日、小平は近所の店舗に向かった。


「この前はありがとうございました。すみませんが、電話番号をもう一度変えられますか?」


恥ずかしさもあり言葉は少し震えたが、声色は凛と整えた。癖だ。弱さを見せるのが下手なのだ。


新しい番号を受け取る瞬間、心の中で祈った。

どうか今度こそ、私自身の人生だけが息づく番号でありますように――と。

お読みいただきありがとうございます。

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