第19章 回顧
三日目の朝。
ぐっすり眠れたせいか、蒼汰はいつもより早く目を覚ました。
枕元で充電していたスマートフォンを手に取ると、柏崎から写真付きの返信が届いている。
「阿蘇、綺麗ですね。いつか行ってみたいです。
こちらは少し早めに“日光街道桜並木”に来ています。次はみんなでお花見するのもいいですね」
写真には、まだ咲き始めだが綺麗に整った桜並木と、道端に停められた柏崎の愛車が写っていた。
バイクには柏崎の姿がわずかに映り込んでいる。
表情こそ見えない。けれど、その場の空気を楽しんでいることだけは、十分に伝わってくる一枚だった。
蒼汰は思わず口元を緩めた。
チェックアウトを済ませ、道の駅くろいけでそれぞれの職場や知人への土産を買い揃えた。
その足で、雪乃が乗る高速バスの発着場へと車を走らせる。
「ふたりは夕方の便だよね?私のほうが先に福岡に着いちゃうかな?」
後部座席で、ぱんぱんに膨らんだスーツケースを前に、さらに土産を押し込もうとして四苦八苦しながら、雪乃が尋ねた。
「確か16時発で、羽田着が18時くらいじゃないかな?だよね?蒼汰さん」
「そうですね。雪乃は博多のバスターミナルに着いてから、空港線で西新駅までって兄さんから聞いてた気がする。17時頃には着くんじゃない?」
「そっか!熊本から福岡って意外と近いんだね!ふたりとも気をつけて帰ってね。
ほんと、あっという間の三日間だったなあ……現実に引き戻されるの、いやだ」
「なんだそれ。夢の国に行っていたわけでもあるまいし。まあ、兄さんによろしく言っておいて」
道が急な下りへと転じ、蒼汰はようやく操作に慣れてきたシフトレバーでギアをローに落とした。
「雪乃ちゃん、この旅行、一緒に来てくれて本当にありがとう。すごく楽しかった」
「私こそだよ。また東京でときどき会おうね。
蒼にぃも、先月の誕生日は実家で祝っただけだったし、いいリフレッシュになったんじゃない?」
「ああ。久しぶりの旅行で、しっかり満喫したよ。アツ子さんには感謝しないとな」
「なんか私、アツ子さんのふとした時の仕草っていうの?表情?が、山形のおばあちゃんと被ってさ。嬉しいような、ちょっと寂しいような感覚。アツ子さんには、長生きしてほしいな」
「うん、似てたよね。なんて表現すればいいか分からないけど」
蒼汰もまた、雪乃と同じ感覚を抱いていた。
年齢や性別といった表層的なものではなく、言葉の端々ににじむ優しさと、そこに揺るがず通った芯。その穏やかな話し方と、笑うたびに目尻に刻まれる皺のやわらかさが、記憶の奥にある祖母と重なっていた。
初対面のはずなのに、不思議と懐かしい。彼女と過ごした時間には、説明のつかない安心感があった。
「大丈夫だよ。あの人はきっと長生きする。
震災の頃より耳は少し遠くなったみたいだけど、持病もないらしいし。
なにより――あんなふうに笑えていれば、病気のほうが近寄らない気がする」
「うん。受付のスタッフさんも言ってたもんね。アツ子さん、ホームの人気者だって」
雪乃は小さく笑い、ふくらんだスーツケースを両手で押さえ込みながら、ようやくジッパーを閉じきった。
すべてが収まったのを確かめて、前を向いた。
高速バスの発着場に到着した。
ずいぶん早く着いたはずだったが、すでに家族連れや数人の乗客が列を作っていた。
蒼汰と佳澄は雪乃に別れを告げ、空港へと向かった。
レンタカーを返却し、空港で昼食を済ませたあと、蒼汰と佳澄は、出発までのひとときをそれぞれに過ごした。
小平は、少し早めに搭乗ロビーへ向かい、アツ子へ礼の電話を入れた。
通話を終えると、一昨日、彼女が口にした言葉を、ひとつひとつ確かめるように思い返す。
――私にも、順調にいけば、この先まだ長い人生が待っているのだろう。
そしてその道の途中で、これからも「繋がっていたい」と思える人や、ふとした折に感謝を伝えたくなる人と、出逢っていくのかもしれない。
「……いや」
小平は小さく息を吐き、考えを引き戻した。
逆に、この三十数年間の中で、自分はどんな出逢いを重ねてきたのだろう。
まず、両親。
離婚はしたけれど、それはあくまで親同士の問題であって、私にとっては今も変わらず、どちらも親だ。
きっと寂しがっているだろう。近いうちに、父のところにも顔を出そう。
次に、歩美。
今回の元カレからの電話という厄介ごとを、ここまで繋いでくれた恩人だ。
普段から、私の少し風変わりな性格も、当たり前のように受け止めてくれる。
職場の人たちはどうだろう。
私以上にキャラクターの濃い人も何人かいるけれど、それは仕事の進め方の違いにすぎない。
根は皆、思いやりのある人ばかりだ。
そうだ、この数年でいえば、ありさちゃん。結婚式以来、会えていない。
久しぶりに会えないか聞いてみよう。
『私にとってあなたが大切な存在であるように、あなたにとっても、あの子たちが人生を彩るひとかけらになっているのかもしれないわね』
アツ子の言葉が、温かい余韻となって小平の心の奥に残っていた。
そして最後に、田尻兄妹。
言葉にするのが惜しいほど、心の優しい兄妹だ。
親御さんや福岡にいるお兄さんにはまだ会ったことがないけれど、きっと同じ空気をまとった人たちなのだろう――どこか仙人のような。
なかでも蒼汰さんは、感謝してもしきれない存在だ。
これからも、できることなら、末永く繋がっていられたらいいな。
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