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第18章 回復

「蒼にぃ!このカーブの先にフォトスポットがあるみたい!車、停められる?」


「いいよ。この景色、カメラに収まるのかなってくらい壮大だな」


二日目、三人は熊本市街を抜け、『阿蘇くじゅう国立公園』を訪れていた。

世界最大級のカルデラには、やわらかな新緑が広がり始めている。

外輪山から見下ろす景色は想像以上に雄大で、広がる草原と起伏に富んだ大地が、まるで大きく深呼吸しているかのようだった。


「いい天気!空気が澄んでて気持ちいい!とにかく最高ー!」


車を降りるなり、雪乃は全身で息を吸い込む。


「生き返るーって感じだな。でも、写真はやっぱりうまく撮れないや」


「私も。画角に収まらないというか、収めてもこの規模感が伝わらないというか」


「佳澄ちゃんの高画質スマホでもダメなら、もう無理かもね!」


そう言って、誰よりも先にシャッターを諦めたのは雪乃だった。


「じゃあ、この景色はそれぞれの目に焼き付けておこうか」


蒼汰はそう言いながら、パノラマモードでできる限りの一枚を残し、それで十分だと自分に言い聞かせた。


そして何となく、柏崎へ写真を添えてチャットを送る。

「例の件で熊本に来ています。阿蘇の絶景、お裾分けです」


三人は再び車に乗り込み、今夜宿泊する旅館へと向かう。

しばらくのあいだ、道の両脇には草原が途切れることなく続いていた。



――――――

湯気の向こうで、木の天井がぼんやりと霞んでいる。

露天と内湯を行き来したあと、雪乃と佳澄は肩まで湯に浸かり、並んで縁に背を預けていた。


「はあ……生き返るね。今日のご飯も美味しかったし、このお風呂も最高」


「『肩こり、疲労回復、冷え性、美肌効果……』なにこれ、ほぼ万能薬じゃん」


雪乃は壁に書かれた効能を指でなぞるように読み上げた。


「それなら、お昼あれだけ歩いたけど、疲れが残らなさそうだね」


佳澄は湯をすくって肩にかけ、満足そうに息を吐いた。

昼間の阿蘇の風景とはまた違う、夜の温泉特有の静けさが二人を包んでいる。


「でもさ、旅館のご飯って、なんであんなに白米まで美味しいんだろ」


「分かる。私、おかわりしそうになった」


「佳澄ちゃんも細身なのに意外と食べてたもんね」


二人で小さく笑い合ったあと、雪乃は一瞬だけ視線を湯面に落とした。揺れる水面に、灯りが細かく砕けている。


「……そういえばさ、佳澄ちゃんが電話番号を変えた理由って何?何か大きな出来事があったとか?」


少し間を置いて、佳澄は首を振る。


「全然。きっかけ自体は大したことなくて。年齢かな、たぶん」


「年齢?」


「三十に差し掛かったあたりで、なんとなく。何か変えたくなったっていうか、区切りをつけたくなったというか」


佳澄はそう言って、湯気の向こうを見つめた。


「それで変えてみたら、まあ……色々あったよね」


「色々?」


「前の番号の人宛の連絡とか、間違い電話とか。想像以上に」


苦笑しながらも、その口調はどこか明るい。雪乃は何も言わず、ただ耳を傾けていた。


「雪乃ちゃんのお兄さん、すごいよね。私と同じように色んな電話が来ただろうに、こうして前の持ち主やその知り合いを繋ぐところまで付き合ってて。私は途中で投げ出してたし、正直、鬱陶しいって思っちゃってたから」


「そうかなあ?すごいというか、お人好しなだけだよ」


「蒼汰さんは、なんで電話番号を変えたんだろうね?」


雪乃は少し考える素振りを見せてから、いたずらっぽく笑った。


「うーん。きっと彼女にフラれたからだよ。まあ、真相は分からないけど」


「もしそうだとしたら、私の元カレはしつこく連絡してきたのに、真逆の反応だね!」


二人は顔を見合わせ、湯気の中で声を立てて笑った。


佳澄は湯面に指先を浸しながら言う。


「私は、結果的には変えてよかったと思ってる。嫌なこともあったけど、その分、新しい出会いもあったし」


「結果オーライ、ってやつだね」


「うん。ほんと、それ」


「そろそろ上がらないと、湯疲れしちゃうかも。明日の朝も入りに来よう?」


「うん、そうしよ。雪乃ちゃん、グッドアイデア!」


十分に温まったところで、二人は湯から上がり、さっぱりとした表情で脱衣所へと足を運んだ。

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