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第16章 再会

『東京/羽田』と表示された電光掲示板の下に広がる手荷物受取所。

雪乃と佳澄は、ベルトコンベアを流れてくるスーツケースを、二人がかりで声を合わせるようにして引き下ろしていた。


そのころ蒼汰は、一足先に空港内併設の店舗受付で手続きを済ませ、スタッフに導かれてレンタカーの営業所へ向かっていた。


普段ほとんど車を運転しない三人のあいだで、「我こそドライバーを」と名乗り出る者はいなかった。

結局、最後にハンドルを握った日がいちばん近いという理由で、蒼汰が運転役に落ち着いたのだった。

思い返せば、小学校でも中学校でも、係決めのたびに、誰も引き受けたがらない枠を埋める役回りに収まっていた気がする。

消去法の末に残る、選択肢のような立ち位置だった。


営業所には、いつでも出発できるように整えられたコンパクトカーが数台、行儀よく並んでいた。

以前にも乗ったことのある中央の白い一台を、蒼汰は無意識のうちに探していたが、実際に割り当てられたのは、右端に停められた、ひと回り背の高い黒色の車だった。


スタッフに促され、二人は車の前に並んで立った。

エンジンはまだかけず、まずは車体の確認からだという。

彼女は手にしたタブレットへ視線を落とし、そのまま車の先頭へ回る。

それにつられるように、こちらも一歩、足を進めた。

フロントバンパー、左フェンダー、ドア下部。

視線の先に小さな傷や擦れが見つかるたび、スタッフは足を止め、画面を指でなぞって印を残していく。


「ここ、最初からありますね」


淡々とした声だった。

ホイールの縁に残るかすかな擦れも、

リアバンパーの目立たないへこみも、

すでに記録されたものとして、順に確認されていく。

車の後ろを回り、反対側へ。

ほんの数分の作業のはずなのに、この一周が終わるころには、不思議と気持ちが切り替わっていた。


形式的で、どこか儀式めいた確認作業。

だがそれは、この車がこれからしばらくのあいだ「自分のもの」になる、その静かな合図でもあった。


サイドブレーキは使い慣れない位置にあるが、車内は広く、スライドドアも備わっている。

荷物の積み込みにも困らなさそうだ。


空港の乗降場で雪乃と佳澄を拾い、ナビに設定していた老人ホームへ向けて、車を走らせた。




思いがけない事故渋滞に巻き込まれたものの、14時半ギリギリに老人ホームへと到着した。


「私、老人ホームに入るのはじめてかも。見聞きしたことはあるのに身内で入っていた人いなかったから」


佳澄の言葉に、雪乃も小さく頷く。


「私たちもだよ。お母さん側のおじいちゃんがデイサービスに通っていたけど、訪問したことはないや」


外壁は、淡いベージュと生成りの中間のような色合いで、強い主張はない。

正面玄関へ続く道の両脇には花壇が設えられ、花は派手さこそないが、どれも丁寧に世話をされているのが分かった。


市街地の一角にありながら、その敷地に足を踏み入れた途端、周囲とは別の時間が流れ始めたような感覚があった。

騒がしさも、慌ただしさも、門の外に置いてきたかのようだった。


「すみません。本日14時半から、岸山アツ子さんと面会の予定で来ました、小平です」


受付に立つスタッフへ、佳澄が声をかけた。


「こんにちは、小平さんですね。アツ子さん、今日お会いできるのをとても楽しみにされていましたよ。今は談話室にいらっしゃると思います。

こちらでスリッパに履き替えていただいて、このネームプレートを首から下げてください。お帰りの際は、受付左手の返却ボックスへお願いします。談話室は、廊下をまっすぐ進んでいただくと、右手に見えてきます」


「ありがとうございます」


三人はそれぞれ、水色のストラップに「ゲスト」と書かれたネームプレートを受け取り、談話室へ向かった。


談話室には、四人掛けのテーブルが間隔をあけて並んでいる。

手前の席では、入居者とその家族と思しき一団が穏やかに談笑しており、窓際のテーブルには、女性がひとり、外を眺めるように腰掛けていた。


ドアの開く音に、彼女はすぐに振り返った。

佳澄たちの姿を認めると、ぱっと表情が明るくなり、椅子から立ち上がる。


「コウちゃん!久しぶりね。ほんとうに来てくれるなんて……なんて優しいんでしょう。ありがとう」


三人は自然と、その女性のほうへ歩み寄った。

柔らかく波打つ白髪、口元に浮かぶ穏やかな笑み。軽やかでありながら、決して軽くはない。長い年月を肯定して生きてきた人だけが持つ、確かな表情だった。


「お久しぶりです。変わらずお元気そうで、安心しました」


「はじめまして。田尻蒼汰と申します。このたびは、お誘いいただいてありがとうございます」


「妹の雪乃です。よろしければ、こちらのおかき、召し上がってください」


「まあ、はじめまして。岸山アツ子です。

みなさん、お仕事もあるでしょうに、わざわざ九州まで来てくれてありがとう。それに、おかきまで……」


「実は、今回アツ子さんと再会できたのは、この蒼汰さんのおかげなんです。どうしてもアツ子さんにもお会いしてほしくて、私から一緒に来てほしいとお願いしてしまいました」


「あらあら、ご兄妹揃ってお利口さんなのね。コウちゃん、ぜひどんな経緯だったのか聞かせてちょうだい」


初対面の相手に褒められ、雪乃も蒼汰も、どこか照れたように視線を逸らした。


「そうだわ。このあとは、どういうご予定?」


「僕と妹は、今回が初めての熊本訪問なので、まずは熊本城に行こうと思っています。十年ぶりの再会と伺っていますし、積もるお話もあるでしょうから、ぜひお二人でゆっくりお過ごしください」


「ありがとう。そうさせてもらうわね。熊本城は、ここからバスですぐよ。駐車場もあるけどすごく混むと友人が言っていたわ」


「そうなんですね。では、車はこちらに置かせていただきます」


「雪乃ちゃん、蒼汰さん、何かあったら、いつでもチャットしてね。震災の影響で復旧途中のところもあるようだけど、お城の中は充実してて、二時間程度で回れるらしいよ」


「ありがとう佳澄ちゃん、行ってきます。お二人も、どうぞ楽しんでください。お兄ちゃん、行こ!」


蒼汰は雪乃に連れられ、談話室を後にした。

扉を閉めかけたとき、アツ子が佳澄の腕を引き、楽しげに何かを話しながら席へ戻っていくのが見えた。

扉の向こうに残されたのは、年齢差など意に介さない、穏やかな友情の気配だった。

お読みいただきありがとうございます。

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