第15章 往路
出発当日、蒼汰はずいぶん早く羽田空港に到着していた。
これから会うであろう、心優しそうな高齢の女性への手土産を、ようやく二択まで絞り込んだところだった。
洋菓子か、和菓子か。
甘いものより、しょっぱいものを好む人だろうか。
もし入れ歯だったら、歯にくっつくキャラメル系は避けたい。固い煎餅も、きっと喜ばれないだろう。
――他に考慮すべきことはあるだろうか。
自分の服なら迷わず決められるのに、手土産選びには30分以上も費やしてしまっている。
会ったこともない相手への贈り物を選ぶ時間は、蒼汰にとって、ここ最近のどんな業務よりも神経をすり減らすものだった。
「蒼にぃ、おはよう! 先にお土産選んでてくれてありがとう。何か良さそうなのあった?」
空港慣れしている雪乃は、蒼汰から送られてきた拙い位置情報――今いるフロアとお店のロゴの形――だけを頼りに、一度も迷うことなく姿を現した。
手元には、母から持たされた神奈川土産がかさばったために、仕方がなく押し入れから引っ張り出した海外旅行用の大型スーツケース。
実は、雪乃は蒼汰より数日多めに休暇を取り、福岡にいる兄の自宅にも2泊することにしたのだ。
「おはよう。うーん、今このふたつで悩んでてさ。どう思う?」
「見せて。銀座の人気洋菓子ブランドの、甘さ控えめな焼き菓子の詰め合わせか。それとも、同じく銀座の老舗和菓子屋のおかきか。どっちも最近、結構人気出てきてるやつだよ。見る目あるじゃん。……うーん、悩むね」
その悩ましさを共有してもらえたことが、蒼汰は少し嬉しかった。
「食べやすさなら、フィナンシェとかパウンドケーキの柔らかいものが入ってる洋菓子かな。でもね、やっぱり最後はしょっぱい方が無難な気がする。賞味期限も考えると……この個包装12袋入りのおかきに一票!」
「なるほど。ありがとう。ずっと悩んでたから助かった。じゃあ、おかき買ってくる」
ほどなく佳澄も合流し、3人は予定通りの便に乗り込んだ。
離陸後、窓側の席に座った雪乃は、興奮が冷めやらなかったのか、ほとんど眠れなかったらしい。やがて首を小刻みに揺らしながら眠りに落ちていった。
一方、隣席の蒼汰は、手元にある資料の日程表が載ったページに目を通していた。
雪乃お手製のA4横型、二つ折り冊子の『旅のしおり』である。
配色やレイアウトにはセンスがあり、情報量も過不足がない。何より、眺めているだけで旅心をくすぐられる作りになっていた。
旅行代理店の店頭に置かれている無料パンフレットより、はるかに出来がいい。
ただし、その2泊3日の旅程は、今回初めて熊本を訪れる田尻兄妹に、丁寧に配慮されたものだった。
【旅のしおり: 日程表】
◾️1日目
11時半 羽田空港発
13時過ぎ 阿蘇くまもと空港着、レンタカーGET、熊本市街地へ移動
14時半~ アツ子さんご対面!
※田尻兄妹は挨拶後、熊本城観光へ
夜 熊本市内ホテル宿泊
◾️2日目
10時半 チェックアウト
夕方まで 阿蘇方面観光(阿蘇神社、白河水源、大観峰など)
夜 黒池温泉宿泊
◾️3日目
10時半 チェックアウト
お昼 おみやげ購入(道の駅くろいけ)
①雪乃
14時 高速バスで福岡へ
②蒼にぃ、佳澄ちゃん
14時 阿蘇くまもと空港着、レンタカー返却
16時 阿蘇くまもと空港発
18時 羽田空港着
自称「晴れ女」の雪乃が同行しているおかげか、3日間の予報はいずれも小雨から降水確率0%の快晴へと変わっていた。
どの観光地も、予定通り巡って支障はなさそうだ。
――まずは、アツ子さんに無事会うこと。それだけに意識を向ければいい。
そうやってあれこれと思考を巡らせているうちに、機内に着陸態勢へ入ることを告げるアナウンスが流れた。
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