第12章 面会
空気にまだ冬の冷たさが残る2月の夜、蒼汰は東京駅丸の内南口へと急いでいた。
本来なら余裕を持って到着しているはずだったが、夕方になって急に入った資料修正に時間を取られ、会社を出たときにはすでに針は18時半を過ぎていた。
妹の雪乃を誘い、竹山とカスミに会うと決めてから、今日まで緊張がつきまとっていた。
ただ、この二人と会うことで、残された「謎」の解明が、ついにできるかと思うと、高揚感も強まっていった。
予定より少し遅れて東京駅に到着した。
丸の内の夜景が柔らかなオレンジ色で舗道を照らしている。
二の丸ビル前で雪乃と待ち合わせる予定だったが、夜景に見とれる間もなく、スマホが震えた。
画面には妹からのメッセージ——「やばい。地下歩いてたら迷った」
嫌な予感がしてすぐ電話をかけると、ほとんどワンコールで繋がった。
「ごめん!あのね、迷ってたんだけど、私があたふたしていたら、ちょうど通りがかった人が二の丸ビルに向かうって言うから、一緒に行くことになったの。案内してもらってるから、先にカフェに行ってて!」
声は明るい。けれど、見知らぬ人と一緒というのが蒼汰には引っかかった。
「大丈夫なのか?変な人じゃ…」
「大丈夫だよ。私より全然しっかりしてそうな感じだし。それより急いでるでしょ?カスミさんたち待たせるし!じゃあ後でね!」
一方的に言われ、通話は切れた。
本当に大丈夫か不安を抱いたが、時計を見るとすでに約束の19時が迫っていた。
ひとまず妹を信じ、蒼汰は急ぎ足で喫茶店へと向かった。
——実家では、知り合いと会うとだけ伝えていたが、さすがに情報が少ないだろうか。
そう思った蒼汰は、週末のうちに、これまでの経緯をすべて雪乃に打ち明けていた。
隠し事の共有には勇気がいったが、妹の反応は予想よりも淡々としたもので、どちらかといえば同席することで得られる”ご馳走”に気が向いているのは明らかだった。
19時を少し過ぎた頃、ようやく店の前に到着した。
丸の内らしい落ち着いた外観のカフェの入り口には、小さな待合席が並び、そこでは高齢の夫婦やビジネススーツ姿の男女が談笑していた。
仕事帰りの安堵と、食事前の穏やかな空気が混ざり合っている。
しかし、探している二人の姿はどこにもいないようだった。
念のため店内を覗いてみたが、客の中に竹山らしき人物は見当たらなかった。
もちろん、警戒するような怪しい影もない。
蒼汰は、予定通り竹山に電話をかけた。
二度、三度呼び出し音が鳴った後、ようやく相手が出た。
「こんばんは、ごめんなさい。電車の遅延で到着が遅くなってしまって……。いま、一階のエスカレーターを上がったところです。先にお店に入っていただけませんか?『竹山』で予約しています」
電話越しの竹山の声は、謝罪の意を込めつつも、いつも通り落ち着いていた。
「大丈夫です。実は私も今さっき到着したところです。では先に席に着いていますね。ゆっくり来てください」
「ありがとうございます。ではまた後ほど」
店員に予約名と先についた旨を伝えると、丁寧に案内され、奥のテーブル席へ通される。テーブルに手を置いたとき、ようやく肩の力が少し抜けた。
雪乃は無事に来るだろうか。
竹山とカスミは、何を知っているのか。
そして、この夜が何をもたらすのか。
蒼汰が、水のグラスに手を伸ばしながら、落ち着きを取り戻そうとしていると、入り口のガラス越しに、妹がどこか楽しげな表情で現れた。
店員に待ち合わせであることを伝えたあと、手を振りながら近づいてくる。
「お兄ちゃん、お待たせ!遅くなってごめんね」
形式的に謝罪する妹に、二人組の女性が続いた。
「こんばんは、竹山です。お待たせしてしまってすみません」
妹の真後ろにいた女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
落ち着いたベージュのウールコートを肩から包み込むように羽織り、その下には柔らかな質感のハイネックニットを合わせている。
竹山の後ろにいた女性も、それに合わせて軽く会釈した。
「この綺麗なお姉さんが佳澄さんだよ! あのね、道案内してくれたの、歩美さんと佳澄さんだったの! すごくない!?地図アプリ見てたんだけど位置情報がおかしくて、地図がごちゃごちゃでさ」
(ごちゃごちゃなのは地図ではなく頭の中の方だろう)と、心の中で軽く突っ込みつつ、蒼汰はようやく電話番号の前の所有者に会うことができたことに達成感を覚えていた。
3人の女性たちの間に漂う穏やかな空気を感じながら、蒼汰は初対面の女性に壁側のソファ席を案内し、着席してもらう。
正面に座る女性。この人がカスミ本人だ。
髪は後ろで無駄なく清潔にまとめられ、その整った印象からは、日々の暮らしぶりまで想像できた。
指先で首元のマフラーをほどく仕草はゆったりとしていた。
「はじめまして、佳澄です。元カレが迷惑かけたことなどは、歩美からおおよそ聞いています。ご迷惑をおかけしました。雪乃ちゃんとも、ここへ来るまでに少しお話しをして……蒼汰さんが電話番号の件でどんな経験をされたのかも、うかがいました」
「はじめまして。田尻蒼汰と申します。今日はお越しいただいてありがとうございます。万が一、佳澄さんと全く関係のない話だったら、余計なことに付き合わせてしまって申し訳ありません」
「いえ、そうだとしても、前の持ち主にこうやって気にかけていただけて嬉しいですよ。ありがとうございます」
ひと通りのあいさつが済んだところで、皆がメニューを開き、思い思いに注文を済ませた。
夕食の席では、雪乃が場を軽やかに導き、趣味や仕事、おススメのお店まで自然と話が広がっていった。
話題は途切れることなく流れ続け、気づけば初対面の緊張などとっくに解けていた。
「ねえ蒼にぃ、デザートタイム入っていい?」
「あぁ。雪乃が狙ってたの、ここの看板メニューのシナモンロールだろ?」
図星を突かれた雪乃の顔が、わかりやすくほころぶ。
蒼汰は目の前の二人の了承を得て、近くの店員を呼び止め、4人分のデザートを注文した。
デザートを待つ間、蒼汰が口を開く。
「今日の本題なんですけど」
「そうだったよね。ごめんね、ついつい楽しくていろんな話をしちゃった」
「僕も楽しかったです。ご飯もおいしかったですし。電話のことですが、今、僕がこの番号になる前、つまり、前の持ち主の男性が使っていた時から、2つの間違い電話がかかってきているんです」
蒼汰の話に、3人が意識を向ける。
「一つは、熊本の老人ホームからの電話で、もう一つは『コウちゃん』という方宛ての留守番電話です」
その一言に、佳澄ははっと息を呑んだ。その変化に他の3人も同時に気づく。
「佳澄、もしかして心当たりとか?」と歩美。
「えっ、ほんと!?すごい!」と雪乃が続ける。
佳澄は小さく息を吸い、視線を落とした。
「心当たり……というより、間違いなく私宛の電話だと思う」
焼きたてのシナモンロールが運ばれてくると、ふわりと甘くスパイスのきいた香りがテーブルに満ちた。
そんな香りとは裏腹に、佳澄の一言に、3人の表情には今日いちばんの驚きが走った。佳澄が話を続ける。
「多分、どっちも同じ人からの電話だよ。ごめんね、言われるまで完全に忘れてたの。昔、熊本で大きな地震があったの覚えてる? 東日本大震災のあとにあったやつ。あの時、私の教授が熊本に縁のある人で、それで流れでボランティアに参加したんだよね」
「そっか。佳澄、私が働き始めた頃は都内の大学院にいたもんね」
「うん。最初はがれき撤去が中心で、そのあと福祉支援や心のケアの活動にも関わってたの。電話をくれた人は、たぶんその時に出会ったアツ子さんっていう70代の女性だと思う。彼女だけ、私のことを『コウちゃん』って呼んでて。私が介助してるというより、むしろ当時の私の悩みを聞いてくれるような人だったな」
「でも、どうして『コウちゃん』なんですか?」
蒼汰は、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問をようやく口にした。
「あ、そうだよね。ちゃんと言ってなかった。私、小平佳澄っていいます。雪乃ちゃんが最初から佳澄って呼んでくれたから、苗字を言い忘れちゃって。『コウちゃん』は小平のイニシャルを使ってつけてくれたみたい。アツ子さんの昔のお友達にも『コウちゃん』って人がいたらしくて、私がその人に少し似ていたらしいんだよね」
「そうだったんですね……。そんな繋がりがあったなんて。すごく嬉しいです」
「うん。教えてくれて本当にありがとう。『また、会いに来てね』か。嬉しいな。今度、電話してみます」
蒼汰は、明らかにされた2つの番号を佳澄に伝えた。
4人は、それぞれに今日の収穫を胸に——雪乃はシナモンロールの満足感まで抱えながら——東京駅で別れた。
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