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第10章 不審な人物

蒼汰は、昨日までの礼を述べるため――そして何より、例の3本の電話について探るため、柏崎に連絡を入れた。


不明②の着信について、柏崎には記憶がないという。

「コウちゃん」という人物宛ての電話や、老人ホームからの呼び出しなら、何度かあった気がするらしい。

しかし、柏崎は生まれも育ちも栃木で、仕事も含め、九州にはまったく縁がないという。


返ってきた話は決して間違いではないし、後退はしていない。

けれど、蒼汰が期待していた答えには届かず、前へ進む足取りが鈍った。

つまり、可能性としては、間違い電話あるいは柏崎以前の持ち主宛ての電話?ということになるのか……


一度開いたはずの道に、再び薄い霧が降りてくる。

蒼汰は静かに息をついた。


「今さらこちらから電話するのも迷惑がられるかもしれないし、また向こうから連絡がきたら出てみようかな」




それからしばらく、自分宛ではない電話は一本も掛かってこなかった。


最初は着信がないことがかえって不自然に感じ、寂しささえ抱きそうになっていたが、日が経つにつれ、間違い電話に対する警戒心も、興味も、少しずつ薄れていった。


年が明け、2月。

吐く息は白く、空気は冴え冴えとしている。


やはり、気にしすぎだったのかもしれない。

ただの間違い電話だったのか。それとも、もう正しい相手へ繋がってしまったのか。


そう思い始めた頃だった。

平日、会社からの帰宅途中、不意に電話が鳴った。


「不明②だ!」


蒼汰は驚いた後、一瞬ためらったものの、3度目の呼び出し音が鳴る前に通話ボタンを押した。


「もしもし?」


「なに、男?」


「え?あ、あの、どちら様ですか?」


「彼氏か?佳澄かすみ、そこにいるんだろ?話したいことがあるんだ。代わってもらえる?」


電話の向こうの声は男だった。どうやら完全に勘違いしているらしい。


「申し訳ありません。私、田尻と申します。この番号、昨年の冬から使っていまして……。もしかすると以前にもお電話をいただいたことがあったのかもしれませんが」


「え、あっ……!そういうことでしたか。すみません、早とちりでした。失礼します」


男が通話を切ろうとした瞬間、蒼汰は勢いで言葉を発した。


「待ってください!……ひとつだけ聞かせてください。カスミさん宛ての電話が、この番号にまだ届いているんです。何度も。放っておけなくて……もし、彼女のお知り合いの連絡先など、彼女にたどり着ける方法をご存じなら、どんな形でも、教えていただけませんか」


言い終えても返答はない。

沈黙が、ひどく冷たく感じられた。


受話口の向こうで、小さな声が漏れる。


「……その子の知り合い?」


「違うよ。番号変えたみたいで、別の人につながっちゃった」


「…あぁ、そう。残念だね」


しばし間があった後、男性の声がささやくように続く。


「でも、なんかさ。佳澄のこと、探してるって」


「え?どういうことそれ」


「分かんない。友達の連絡先を教えてほしいみたいなこと言ってきて」


「なにそれ、こわ。ストーカーとかじゃない?」


違う。そうじゃない。

誤解のまま広がってしまう気配に、蒼汰は反射的に声を上げた。


「違います!誤解です。ただ、おそらくその方に向けての着信が何度か来ていて……どうしても伝えたくて――」


ツー……ツー……ツー……


冷たい通話終了音が、否定の代わりに響く。


切られた。

ただそれだけの事実が、妙に重かった。


ストーカー扱いか。

胸の奥で小さく苦笑が生まれる。伝え方が悪かったのだろうか。

いや、冷静に考えれば、前の持ち主を探して連絡を求めることは、怪しいのかもしれない。

不審な人物を警戒したことはある。

けれど、自分自身が《《そちら側の立場》》に置かれるとは――思いも寄らなかった。


正しい気持ちで動いたはずなのに、結果だけが噛み合わない。


蒼汰は立ち止まり、胸の奥のざわつきを押さえ込むようにゆっくり息を吸った。

冷たい空気が肺に満ち、少し遅れて思考が落ち着きを取り戻していく。


柏崎さんより前に、番号を所有していたのはおそらく――カスミ。

そして、さきほどの男は、その知り合いなのだろう。声の調子からして、同年代か、せいぜい少し上か。


いまどき、連絡手段はいくらでもある。

SNS、チャット、通話アプリ。

それなのに、なぜ彼は電話という手段を選んだのか。

そこに、急ぎか、未練か、あるいは事情があるのだろうか。


考えても答えは出ない。


蒼汰は、反省と推測を行き来しながら歩く。

いつもと同じ帰り道のはずなのに、足取りだけがなぜか軽くなく、影のように頼りなかった。

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