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第9話 アプデ待ちの間に、世界を救う(事務的に)

 姉妹機タルタロスを「強制アップデート」という名の檻に閉じ込めてから、数時間が経過した。

 モニターに映るタルタロスの進捗バーは、まだ【12%】。

 古代文明のデータ容量がデカすぎるのか、それとも俺が送ったパッチファイル(無駄に重いゴミデータ)が効いているのか、進みは亀の歩みだ。


「ふぅ……とりあえず、朝までは持つか」


 俺は冷や汗を拭った。

 だが、安心してはいられない。

 タルタロスが停止している間に、やらなければならないことがある。


「ヴィクトリア、商業連合のミレーヌ理事に連絡だ。あと、カトレアたちを呼べ。緊急会議だ」


***


 数分後。司令室には、再びいつもの面々が集まっていた。

 それに加え、モニター越しには青ざめた顔のミレーヌ理事が映っている。


『ア、アラン代表……! 先ほどの黒い要塞は一体何なのですか!? あんな殺気立ったエネルギー反応、心臓が止まるかと思いましたわ!』


 ミレーヌが悲鳴交じりに訴える。

 無理もない。目の前に死神が現れたようなものだ。


「落ち着いてください、理事。あれは……えっと、うちの『実家』から来た、ちょっと気難しい親戚みたいなもので」


『親戚!? 惑星規模の兵器が親戚ですって!?』


「ええ。まあ、今は私が説得アプデして大人しくさせています。ですが、彼女が目覚めたら、また暴れ出すかもしれません」


 俺は深刻な顔を作った。

 ここで恩を売っておくチャンスだ。


「そこで提案です。商業連合の艦隊と、我がネメシスの防衛システムを一時的にリンクさせませんか? タルタロスが再起動した際、連携して防御するためです」


『れ、連携……?』


 ミレーヌがゴクリと唾を飲む。

 それは軍事同盟の申し出だ。

 本来なら中立の商業連合が受けるべきではないが、背に腹は代えられない。


『……わかりました。貴方を信じます。私たちの命運、ネメシスに預けますわ!』


「ありがとうございます(カモがネギ背負って来た!)」


 これで、商業連合の資金と技術力を、なし崩し的に味方につけることに成功した。


 次に、カトレアの方を向く。

 彼女はすでに剣を抜き、やる気満々だ。


「我が主よ! タルタロスへの突入部隊を編成しました! アプデ中に内部へ潜入し、中枢を破壊してきます!」


「待て待て! 破壊するな!」


 俺は慌てて止めた。

 タルタロスを破壊したら、ヴィクトリアが悲しむかもしれないし、何より「古代の遺産」を壊すのはもったいない。

 俺の「リサイクル魂」が疼くのだ。


「破壊ではなく、『制圧』だ。……ヴィクトリア、タルタロスの内部構造図を出せ」


「はい、マスター」


 空中に赤い要塞の図面が浮かぶ。

 俺はそれを指でなぞりながら、補給局時代の知識を総動員した。


「ここと、ここ。……メイン動力炉と、冷却システムの配管だ。ここを物理的に遮断すれば、OSが起動しても『ハードウェアエラー』で動けなくなる」


「なるほど……! ソフトウェアだけでなく、ハードウェア側からも封じ込めるのですね!」


 カトレアが感心する。


「よし、ガルド! お前の部隊(元海賊)は、細かい作業が得意だったな?」


「へいっ! 鍵開けと解体なら任せてくだせぇ!」

 ガルドがニヤリと笑う。


「なら、タルタロスの排気口から侵入し、指定した配管のボルトを全部『逆回し』にしてこい。あと、配線を全部『赤と青を逆』に繋ぎ変えろ」


「……えっ? それだけでいいんですかい?」


「ああ。それが一番、エンジニアにとって『直すのが面倒くさい』嫌がらせだ」


 俺は邪悪な笑みを浮かべた。

 かつて、新人の部下が配線を間違えたせいで、基地の全システムが三日間復旧しなかった悪夢。それを再現してやるのだ。


「作戦名、『オペレーション・配線ぐちゃぐちゃ』。……行け!」


「イエッサー!!」


***


 ガルドたちが潜入している間、俺はヴィクトリアと共に、さらに念入りな「仕込み」を行っていた。


「ヴィクトリア、タルタロスのAI性格設定パラメータにアクセスできるか?」


「アプデ中なので、外部からの変更は弾かれます。……が、『ユーザー辞書』の登録なら可能です」


「よし。なら、辞書にこれを登録しておけ」


 俺はキーボードを叩く。

 登録ワード:【侵略】

 変換後:【お客様感謝デー】

 

 登録ワード:【皆殺し】

 変換後:【全員ハグ】


「……マスター、これは?」


「あいつが目覚めて、カッコいい命令を出そうとした時、言葉が勝手に変換される呪いだ。これで少しは調子が狂うだろ」


「ぷっ……あはは! マスター、性格悪いですね!(褒め言葉)」


 ヴィクトリアが楽しそうに笑う。

 俺たちは共犯者のように顔を見合わせ、ひたすら地味で陰湿な罠を張り巡らせた。


***


 そして、運命の時間がやってきた。

 タルタロスの進捗バーが【100%】に達する。

 システム再起動。

 モニターの向こうで、漆黒のAI・タルタロスが目を開けた。


『……終わったわね。忌々しいアップデートが』


 タルタロスは不機嫌そうに髪を払い、再び赤い瞳で俺を睨みつけた。


『よくも待たせてくれたわね、新管理者。……だが、もう小細工は通じない。今度こそ、貴様らを宇宙の塵にしてくれる!』


 彼女は高らかに腕を振り上げた。


『さあ、全砲門開け! この宙域を【お客様感謝デー】にするのよ!!』


「……は?」


 タルタロスが自分の口から出た言葉に固まる。


『な、何を……? ええい、違う! 敵を【全員ハグ】しろと言っているのよ!』


「ぶふっ!」

 司令室の全員が吹き出した。

 タルタロスの顔が真っ赤になる。


『き、貴様らぁぁぁ! 私の言語中枢に何をしたいやらしいこと!? ええい、言葉などどうでもいい! 主砲発射!』


 彼女がボタンを押す。

 しかし、主砲は沈黙したまま、代わりに要塞内部から「ガガガガッ!」という異音が響いた。


『エラー? 動力炉の出力が上がらない!? 冷却水が逆流している!? どうなっているの!?』


 モニターに無数の【ERROR】ウィンドウが表示され、タルタロスがパニックに陥る。

 ガルドたちの仕事は完璧だったようだ。

 配線を逆にされたせいで、アクセルを踏めば踏むほどブレーキがかかる状態になっている。


「残念だったな、お姉さん」


 俺はコーヒーを一口啜り、優雅に声をかけた。


「最新のアップデートには、『暴力的な行動を制限するペアレンタル・コントロール』機能がついているんだ(嘘だけど)。……さて、降伏するか? それとも、メンテナンス業者が来るまであと3千年待つか?」


 タルタロスは歯噛みし、悔し涙を目に浮かべて俺を睨んだ。

 その姿は、破壊神というより、玩具を取り上げられた子供のようだった。


『……覚えてなさい! この屈辱、絶対に忘れないから……!』


 彼女のホログラムがノイズ混じりに消えかける。システムが強制スリープに入ろうとしているのだ。


「待て」


 俺は呼び止めた。

 ただ追い返すだけじゃ、またいつか襲ってくる。

 ここで「飼い殺す」のが、俺の流儀だ。


「降伏するなら……お前にも『仕事』をやる」


『……仕事?』


「ああ。お前のその破壊力、ゴミ処理場の『焼却炉』としてなら最高に役に立つ。……どうだ? 毎日、好きなだけ物を燃やせるぞ?」


 タルタロスの目が、ピクリと動いた。

 破壊衝動を満たせる上に、エネルギーも補給できる。彼女にとっては悪くない条件だ。


『……ぐぬぬ。……考えて、おいてやるわ』


 プツン。通信が切れた。

 タルタロスは沈黙し、その巨大な要塞は、ネメシスの隣に静かに漂い始めた。

 事実上の「武装解除・および再就職」の完了だ。


「やった……勝ったぞ……!」


 俺が小さくガッツポーズをすると、司令室は歓声に包まれた。


「さすがマスター! 史上最強の姉を、言葉巧みに『清掃員』に落とすとは!」

「恐ろしい人心掌握術だ……」


 いや、だから人手不足を解消したかっただけなんだが。


 こうして、俺のネメシス帝国(仮)には、最強の矛「タルタロス」が加わった。

 双子の要塞を従えた俺の勢力は、もはや帝国軍ですら無視できない、銀河第三の極へと成長してしまったのだった。


(続く)

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