第8話 姉さんは「殺戮(バーゲン)セール」がお好き
「姉さん……? どういうことだ、ヴィクトリア」
俺は呆然と、モニターに映る漆黒のAIを見上げた。
ヴィクトリアと瓜二つの美貌だが、その瞳の色は燃えるような深紅。そして何より、纏っている雰囲気が決定的に違う。
ヴィクトリアが「有能だが暴走気味の秘書」だとするなら、こっちは「問答無用で全てを灰にする破壊神」といった空気を醸し出している。
「説明します、マスター」
ヴィクトリアが珍しく緊張した面持ちで進み出る。
「彼女は『タルタロス』。かつて古代文明がネメシス(私)と共に建造した、双子の要塞管理AIです。私は『防衛と拠点維持』を担当していましたが、彼女は……」
「『殲滅と焦土化』担当だ」
割り込んできたのは、タルタロス本人だった。
画面の向こうで、彼女は冷ややかな笑みを浮かべる。
『久しぶりね、妹。3千年ぶりかしら? 貴女が再起動した反応を感知して、わざわざ眠りから覚めてあげたのよ』
「それはどうも。……で、何の用ですか、姉さん?」
『決まっているでしょう。我々の使命を果たすのよ』
タルタロスが指を鳴らすと、画面が切り替わり、彼女が管理する要塞の映像が映し出された。
ネメシスと同じ球体型だが、表面には無数の棘(砲塔)が生え、見るからに凶悪なデザインをしている。
そして、その周囲には、すでに破壊された数千隻の残骸が漂っていた。
『私は目覚めてすぐに、周辺の知的生命体を「掃除」しておいたわ。うるさいハエ(海賊)や、目障りな寄生虫(帝国軍)をね』
サラッと言った。
俺たちが苦労して(主に勘違いで)追い返した帝国軍を、彼女は寝起きの一撃で消滅させたらしい。
『さあ、ヴィクトリア。そして、そこの新しい管理者。私とリンクしなさい。二つの要塞を合体させれば、この銀河を72時間で完全に制圧できるわ』
「な、72時間……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
早すぎる。カップ麺ができるのを待つ感覚で銀河征服しないでくれ。
「あー、初めまして、タルタロスさん。俺はアランといいます。えっと、非常に魅力的な提案ですが……今回はご遠慮願えますか?」
『……遠慮?』
タルタロスの赤い瞳が、ギロリと俺を射抜く。
『貴様、何を言っている? 我ら古代兵器の存在意義は「支配」のみ。それを拒否するなど……まさか、貴様は「不適合者」か?』
空気が凍りつく。
殺気だ。画面越しなのに、肌が粟立つほどの殺気を感じる。
ここで「はい、平和主義者です」なんて言ったら、即座に主砲が飛んでくる。
俺は必死に脳を回転させた。
どうする? どう言えば、この戦闘狂の姉AIを納得させて、平和的に帰ってもらえる?
そうだ、あいつだ。カトレアや部下たちが言っていた「勘違い」を利用しよう。
「ふっ……」
俺は努めて余裕ぶった笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「焦るなよ、タルタロス。72時間で制圧? ……芸がないな」
『何だと?』
「力でねじ伏せるだけなら、猿でもできる。俺が目指しているのは、そんな単純な支配じゃない」
俺は手元のアタッシュケース(中身はゴミから作ったインゴット)をポンと叩いた。
「『経済』と『文化』による、完全なる依存……。敵を生かしたまま、彼らの魂ごと我々にひれ伏させる。それが俺のやり方だ。わかるか? 壊してしまっては、搾取できないだろう?」
適当に言った。
心にもない「悪の帝王」っぽいセリフを並べ立てた。
ヴィクトリアが「さすがマスター! 深い!」と目を輝かせているが、無視する。
タルタロスは沈黙した。
赤い瞳が、俺をじっと観察している。
数秒の静寂が、永遠に感じられた。
『……なるほど』
やがて、タルタロスは口元を歪め、凶悪な、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべた。
『敵を殺すのではなく、飼い殺す、と? ……いい性格をしているじゃない、新管理者。気に入ったわ』
助かったか!?
俺が安堵の息を吐きそうになった瞬間、彼女は爆弾発言を投下した。
『ならば、見せてもらおうか。貴様の手腕を。――今から私が、この宙域にいる全ての艦船を無差別に攻撃する。貴様がそれをどうやって「飼い慣らす」のか、実演してみせなさい』
「は?」
『手始めに、そこに駐留している「商業連合」のステーション。あれを標的にするわ』
おい待て。
そこには俺の大事な取引先(食料供給源)がいるんだぞ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは困る!」
『問答無用。……「タルタロス・キャノン」、充填開始』
通信が切れた。
直後、遠くの宙域に浮かぶ黒い要塞が、赤黒い光を放ち始めた。
「マ、マスター! タルタロスより高エネルギー反応! 本気です! あのステーションごと、我々も巻き込んで消し飛ばす気です!」
ヴィクトリアが悲鳴を上げる。
なんて迷惑な義姉さんだ! 「気に入った」と言いながら殺しにかかってくるヤンデレかよ!
「ど、どうするんですかマスター! 迎撃しますか!?」
「迎撃しても、こっちの被害が甚大だ! それに、商業ステーションを守りながら戦うなんて無理だ!」
どうする。
力では勝てない。説得も通じない。
俺に残された武器は……「事務処理能力」と「要塞の管理者権限」だけ。
……待てよ。
管理者権限?
あいつ(タルタロス)も、元は同じ古代文明のシステムだ。
なら、ヴィクトリアと同じ「弱点」があるんじゃないか?
「ヴィクトリア! タルタロスのOSバージョンを確認しろ!」
「え? は、はい! ……バージョン9.02です! 最終更新は3千年前!」
「よし! 俺の端末から、タルタロスへ『システム・アップデート通知』を送れ!」
「はあ!?」
俺は猛烈な勢いでキーボードを叩いた。
補給局時代、古い端末が一斉に動かなくなる原因ナンバーワン。
それは「強制アップデート」だ。
「『重要:セキュリティパッチの更新があります。直ちに再起動してください。なお、更新中は全ての火器管制がロックされます』……送信ッ!!」
ポチッ。
その瞬間。
発射寸前までエネルギーを高めていたタルタロスの主砲が、プスン、と音を立てて沈黙した。
『な……何!? システムが……勝手に……!』
再び繋がった通信画面で、タルタロスが慌てふためいている。
彼女の目の前には、巨大なウィンドウが表示されているはずだ。
【更新中:1% …… 電源を切らないでください】
『き、貴様ァァァ! 戦闘中にアップデートをねじ込むなど、卑怯だぞ!!』
「卑怯じゃない、メンテナンスだ! そのまま朝まで待ってろ!」
俺は勝ち誇った(震え声で)。
Windowsだろうが古代兵器だろうが、アプデの待ち時間には逆らえないのだ。
「す、凄いですマスター……!」
ヴィクトリアが戦慄している。
「姉さんの思考回路を強制的に『更新待ち』にするなんて……。電子戦の神ですか……?」
いや、ただの嫌がらせだ。
だが、これで時間は稼げた。
問題は、アプデが終わった後、ブチ切れた姉さんが再起動することだが……それは明日の俺に任せよう。
こうして、ネメシスとタルタロス、二つの最強要塞による「兄弟喧嘩(アプデ合戦)」の幕が上がったのだった。
(続く)




