第77話 ブラックホールの底で、神と問答
創造主が起動した『強制初期化プログラム』を止めるため、リサイクル・ユニオン艦隊は銀河の中心核へと進路を取った。
そこには、太陽の数百万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが鎮座している。
「重力が強すぎる! 船体がきしんでるぞ!」
ガルドが操舵輪にしがみつく。
通常の船なら、近づいただけで飴細工のように引き伸ばされてしまう領域だ。
「フェイザー出力最大! 重力波を相殺しろ!」
スペックが叫ぶ。
アーク・ノヴァは、パンドラの歌声と全市民の応援エネルギーを推進力に変え、事象の地平線ギリギリを航行していた。
その中心に、創造主の本体があった。
それは、ブラックホールのエネルギーを吸い上げ、輝く幾何学立体として顕現していた。
『……来タカ。……バグ(人間)ドモヨ』
直接脳内に響く声。
創造主の姿は、見る者によって変わる。
アランには「巨大なサーバータワー」に見え、カトレアには「神々しい光の巨人」に見えているらしい。
「創造主! 初期化を止めろ!」
アランが叫ぶ。
『……拒否スル。……コノ銀河ハ失敗作ダ。……感情トイウ不確定要素ガ、システムノ安定ヲ阻害シテイル』
創造主は淡々と語る。
『我々ハ、宇宙ヲ「完全ナル秩序」デ満タスノガ目的ダ。……無駄ナ争イ、無駄ナ消費、無駄ナ感情……。ソレラヲ排除シ、永遠ニ続ク静寂コソガ理想ダ』
「……お前、掃除が趣味なのか?」
アランが聞いた。
『……?』
「俺も昔はそうだったよ。……散らかった部屋を見てるとイライラして、全部捨てたくなる。……でもな、気付いたんだ」
アランは、かつての自分(潔癖症の官僚時代)を思い出した。
「ゴミが出るってことは、そこで誰かが『生きてる』ってことなんだよ。……お菓子の袋も、使い古したペンも、全部誰かの生活の証だ」
彼は創造主を指差した。
「お前が消そうとしてる『無駄』は、俺たちにとっての『宝物』だ! ……完璧で綺麗なだけの部屋なんて、誰も住みたくねぇよ!」
『……非論理的ダ。……不快感ト非効率ヲ愛スルナド』
「ああ、愛してるさ! ……だから俺たちは、ゴミの中からだって希望を見つけ出す! それが『リサイクル』だ!」
アランの叫びに応えるように、パンドラが歌い出す。
♪不完全でもいい、泥だらけでもいい!
その歌声が、ブラックホールの重力を押し返す。
創造主の輝きが揺らぐ。
『……理解不能。……ダガ、排除スル』
創造主が光り輝く手を振り上げる。
銀河を飲み込むほどのエネルギー波が放たれる。
対話は終わった。
あとは、どちらの「意志」が強いか、力で決めるしかない。
「総員、撃てぇぇぇ! 神様に『泥団子』をぶつけてやれ!」
リサイクル・ユニオンの全火力が、創造主の眉間に叩き込まれる。
神話の終焉。
そして、新たな歴史の始まりを告げる、最後の一撃が放たれた。




