第74話 消える記憶、歪む現実
「オペレーション・ノー・フィアー」の効果により、銀河中の人々の精神状態は安定しつつあった。
元魔王(部長)の手腕により、悪夢にうなされる兵士も減り、生産性も向上している。
だが、創造主の攻撃は、もっと根源的な部分を狙ってきた。
ある日、前線基地フォート・オメガから奇妙な報告が入った。
「……第7小隊が、帰還しません」
オペレーターが困惑した声で言う。
「いえ、正確には……『最初から存在しなかった』ことになっています」
「は? どういうことだ?」
アランが問う。
「データ上では出撃記録があるのですが……誰も彼らの顔を思い出せないんです。名簿からも名前が消えています。……まるで、歴史から抹消されたかのように」
認識の改変。存在の消失。
それは物理的な死よりも恐ろしい、完全なる消滅だった。
「……創造主の『編集』能力か」
サレクが分析する。
「奴らはこの宇宙を『プログラム』として認識し、バグ(我々)を削除しようとしているのです」
その時、司令室の空間が歪んだ。
何もない空間から、真っ白な人型が現れた。
顔も服もない、ただの白いシルエット。
創造主の端末、『エディター』だ。
『……ノイズ検知。……削除開始』
エディターが手をかざすと、近くにいた兵士の体が透け始めた。
「う、うわぁぁ! 俺の手が! 消える!」
「撃て!」
ガルドが発砲するが、弾丸はエディターをすり抜けるどころか、触れた瞬間に「存在しなかったこと」にされ、消滅した。
「物理攻撃無効どころじゃない! 因果律ごと消されるぞ!」
エディターの手がアランに向けられる。
死ぬ、と思った瞬間。
「させないわ!」
パンドラが割って入った。
彼女の周囲に、虹色のノイズが走る。
「私の『存在強度』は、アンタたちより強いわよ! ……だって、私はみんなに『推されてる』んだから!」
パンドラのアイドルとしての認知度。
銀河中の人々が彼女を知り、想っているという事実が、強固な「存在の杭」となって、彼女を現実に繋ぎ止めていたのだ。
『……エラー。……対象のデータ量、想定外。……削除不能』
エディターの動きが止まる。
「今だ! ルナ! 『現実固定術式』を!」
「了解っす! ……【保存】なう!」
ルナがスマホをかざすと、司令室全体に幾何学模様の結界が展開された。
現実を「上書き保存」し、改変を防ぐ術式だ。
『……干渉不能。……撤退スル』
エディターは無機質に告げると、空間に溶けるように消えた。
消えかかっていた兵士の体も、元に戻る。
「……助かった」
アランは冷や汗を拭った。
敵は、俺たちの存在そのものを消しゴムで消すように攻撃してくる。
これを防ぐには、パンドラのような「強い認知」か、ルナのような「オカルト的な固定」が必要だ。
「……厄介な相手だ。だが、弱点も見えた」
アランは言った。
「奴らは『認知されていないもの』は簡単に消せるが、『多くの人々に観測されているもの』は消せない。……つまり、俺たちが互いを強く認識し合えば、消滅は防げる!」
絆の力。
それが精神論ではなく、物理的な防御策になる。
リサイクル・ユニオンの結束力が、最強の盾となる時が来た。




