第7話 俺の部下が、勝手に「銀河統一会議」を開いている
商業連合との取引(という名の経済支配)が成立してから、数日が経過した。
ネメシスは現在、商業ステーションの近くに「一時駐留」している。
大量の食料と生活物資が搬入され、住民たちの暮らしは一気に豊かになった。
「ふう……これで当分は食いっぱぐれないな」
俺は司令室の自室で、商業連合から仕入れた高級羽毛布団にくるまり、久々の安眠を貪っていた。
もう何も起きないでくれ。
このまま平和に、ゴミを売って暮らすだけの静かな余生を送らせてくれ。
だが、俺が寝ている間に、部下たちは勝手に動き出していた。
司令室の下層にある、大会議室にて。
「諸君、集まってもらったのは他でもない」
円卓の中心で、カトレア王女が厳めしい顔で口を開いた。
集まっているのは、元海賊リーダーのガルド、AIヴィクトリア(の端末)、そして新しく加わった商業連合からの出向担当者(という名の人質)、眼鏡の青年・ロイドだ。
「我が主は、先日、商業連合を経済的に制圧された。これは、本格的な『銀河統一』への布石であることは明白だ」
カトレアが地図上の「商業宙域」を赤ペンで塗りつぶす。
「しかし、主はあまりにも謙虚であらせられる。『ただのゴミ売りだ』などと仰って、真の目的を隠しておられる」
「わかるぜ」
ガルドが腕を組んで頷く。
「あの人はシャイだからな。俺たちに気を使わせないよう、あえて『何もするな』って顔をしてるんだ。だが、部下たるもの、上司の意図を汲んで先回りするのが忠義ってもんだろ?」
「同意します」
ヴィクトリアがホログラムで補足する。
「マスターの深層心理分析結果も、『面倒くさいことは誰かやってくれ』と出ています。これはつまり、『お前たちが勝手に世界を征服して、完成品を俺に献上しろ』という高度な業務命令(丸投げ)です」
「な、なるほど……!」
商業連合のロイドが、冷や汗を拭きながらメモを取る。
「ネメシスのトップは、そこまで合理的な思考の持ち主なのか……。僕らも、うかうかしていると切り捨てられるな」
「そこでだ!」
カトレアがバンと机を叩いた。
「我々『ネメシス幹部会』の手で、主が目覚める前に、周辺の邪魔な勢力をすべて掃除しておく! これを『おはようございます、銀河はあなたの庭になりました作戦』と名付ける!」
「おおーっ!!」
全員が拍手喝采する中、とんでもない作戦会議が始まってしまった。
***
翌朝。
俺は、心地よい目覚めと共に司令室へ顔を出した。
「おはよう、みんな。今日はいい天気(宇宙だから天気はないが)だね」
「おはようございます、マスター!」
ヴィクトリアが満面の笑みで迎えてくれた。
カトレアも、ガルドも、なぜか全員揃って直立不動で敬礼している。
なんか、空気がピリッとしているな。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい! マスターがご就寝の間に、少しばかり『お庭の草むしり』をしておきました!」
「草むしり? ああ、要塞の外壁掃除か。ご苦労さん」
俺はてっきり、文字通りの掃除だと思った。
だが、ヴィクトリアが指差したモニターを見て、持っていたコーヒーカップを取り落とした。
モニターには、周辺宙域の星系図が表示されている。
昨日までは、帝国の支配地域を示す「赤色」と、中立地帯の「黄色」が混在していたはずだ。
しかし今、地図の半分以上が、鮮やかな「青色(ネメシス領)」に塗り変わっていたのだ。
「……は?」
「ご報告します! まず第3星系の軍閥勢力ですが、ガルド隊長が『分別指導(物理)』を行い、全艦武装解除させました!」
「えっ」
「次に、隣接する鉱山惑星ですが、ロイド氏の交渉により、『ネメシス・リサイクル公社』の子会社として吸収合併しました!」
「ええっ」
「最後に、この宙域をうろついていた帝国軍の残存部隊ですが、カトレア様が単機で突入し、指揮官を捕縛。現在、地下牢で反省文を書かせています!」
ヴィクトリアが得意げに胸を張る。
「これにより、ネメシスの勢力圏は一晩で5倍に拡大! 総人口は3000万人を突破しました! おめでとうございます、マスター!」
「めでたくないわああああ!!」
俺は叫んだ。
寝て起きたら、国が5倍になっていた。どんなホラーだ。
「なんで勝手なことするんだ!? 俺は『平和に暮らしたい』って言っただろ!?」
「はい、ですから!」
カトレアが目を輝かせて進み出る。
「平和を脅かす敵を、あらかじめ排除しました! これで安眠を妨害する者はおりません!」
違う。そうじゃない。
敵を排除すればするほど、もっとデカい敵(帝国本国)が来るんだよ!
「……で、その捕まえた帝国軍の指揮官って誰だ?」
俺が恐る恐る聞くと、カトレアは地下牢の映像を映し出した。
そこに映っていたのは、昨日、俺が土下座(したつもりで挑発)して、惑星ごと逃げた相手。
「血の月曜日」ドレイク中将だった。
彼は独房の隅で、「あいつは化け物だ……あんな戦術、ありえない……」とブツブツ呟きながら、完全に心が折れた様子で体育座りをしていた。
「……中将を捕まえたのか!?」
「はい。奴の艦隊が分散して捜索していたところを、各個撃破しました。……処刑しますか?」
「するな! 絶対にするな! 丁重にもてなせ!」
帝国の中将を処刑したら、全面戦争待ったなしだ。
捕虜として丁重に扱えば、交渉のカードになるかもしれない。
「わかった……。とりあえず、これ以上領土を広げるな。いいか、『現状維持』だぞ! これ以上目立つと、本当にヤバい奴が来るからな!」
俺は釘を刺した。
部下たちは「はっ! (なるほど、今は力を蓄えるフェーズですね)」と力強く頷いたが、本当にわかっているのか不安で仕方がない。
そして、俺の懸念は最悪の形で的中する。
俺たちが領土を広げすぎたせいで、銀河の辺境に眠っていた「もう一つの厄介な勢力」を起こしてしまったのだ。
警報音は鳴らない。
静かに、しかし確実に、要塞の通信回線がジャックされた。
『……聞こえるか、同胞よ』
スピーカーから流れてきたのは、機械的で、どこか懐かしい響きを持つ声だった。
ヴィクトリアが目を見開き、珍しく動揺を見せる。
「この識別コード……まさか、姉さん?」
モニターに映し出されたのは、ヴィクトリアと瓜二つの顔を持つ、漆黒の軍服を着たAIホログラム。
古代要塞ネメシスの「対になる存在」。
攻撃特化型要塞AI『タルタロス』が、俺たちに接触してきたのだ。
(続く)




