第63話 黒い箱の中身は「絶滅スイッチ」
ボロボロになりながら『オリジンの迷宮』を脱出した俺たちは、アーク・ノヴァの医務室にいた。
「痛てて……。あいつら、容赦なさすぎだろ」
ルナが包帯だらけの体でベッドに横たわっている。
「でも、お土産はゲットしたっすよ」
彼女が指差した先には、テーブルの上に置かれた黒い立方体――『ヴォイド・制御ユニット(マスターキー)』があった。
一見するとただの黒い箱だが、触れると微かに脈動しているのがわかる。
「クローネ博士、解析状況は?」
アランが問う。博士も全身火傷を負い、水槽(回復カプセル)の中でプカプカ浮いている。
「……驚くべき結果だ」
博士の声がスピーカーから響く。
「このユニットは、全宇宙のヴォイド・イーターに対し、強制的な『自壊命令』を送ることができる。……まさに『殺虫剤』だ」
「やった!」
ガルドが拳を突き上げる。
「これで勝てる! 銀河中の虫ケラを一掃できるぞ!」
「……だが、副作用がある」
博士の声が沈む。
「副作用?」
「この命令コードは、ヴォイド・イーターの『捕食本能』を逆転させ、自分自身の質量をエネルギーに変換させるものだ。……つまり、奴らがこれまでに喰らった全ての物質――惑星、文明、生命エネルギーが一気に解放される」
博士はシミュレーション結果を表示した。
画面の中で、ヴォイド・イーターが爆発し、その衝撃波が連鎖していく。
そして、銀河全体が白い光に包まれ――消滅した。
「……は?」
アランは絶句した。
「奴らは既に、銀河の質量の3割を取り込んでいる。……それを一度に解放すれば、ビッグバンに匹敵するエネルギーが発生する。……ヴォイドは消えるが、我々の銀河も消し飛ぶぞ」
究極の諸刃の剣。
敵を倒すスイッチは、同時に自分たちを滅ぼす自爆スイッチでもあったのだ。
「そんな……。じゃあ、苦労して手に入れたのに、使えないってことかよ!?」
ルナが悔しげに叫ぶ。
「……使いようによっては、使えるかもしれん」
スペック副長が口を開いた。
「全域に放射するのではなく、対象を『限定』できれば……。例えば、敵の中枢である『グランド・マザー』だけにコードを打ち込めば、被害を最小限に抑えつつ、敵の指揮系統を破壊できる」
「一点突破か……」
アランは腕を組んだ。
それには、再び敵の本拠地へ突入し、ゼロ距離でコードを送信する必要がある。
前回以上の激戦になることは間違いない。
その時、パンドラがふらりと立ち上がった。
彼女は黒い箱を見つめ、悲しげな瞳をしていた。
「……この箱、泣いてる」
「え?」
「中に入っているのはプログラムだけじゃない。……古代の人々の『後悔』が詰まってる。……自分たちが生み出した子供を、自分たちの手で殺さなきゃいけない悲しみが……」
彼女は箱に手を触れた。
すると、箱が淡く光り、空中にホログラムの映像を投影した。
それは、古代の科学者たちが、涙を流しながらこのスイッチを作っている姿だった。
「……私たちは、同じ過ちを繰り返してはいけない」
アランは決意した。
「このスイッチは使う。……だが、全滅させるためじゃない。『止める』ためだ。……ヴォイド・イーターをただのエネルギー資源に戻し、循環させる方法を探すんだ」
「そんな虫のいい話が……」
「あるさ。……俺たちはリサイクル・ユニオンだろ?」
アランはニヤリと笑った。
破壊ではなく、再生を。
殺戮ではなく、循環を。
それが、俺たちが出した答えだ。
新たな目標が決まった。
マスターキーのデータを解析し、殺傷力を抑えつつ無力化する「改造プログラム」を作ること。
そして、それを敵の中枢へ叩き込むこと。
アーク・ノヴァは、始祖の星を後にし、決戦の地である銀河へと舳先を向けた。
帰り道は、行きよりも険しいものになるだろう。




