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第6話 伝説の金属は「粗品」です

 銀河商業連合、中央ステーション『ゴールデン・ゲート』。

 直径500キロメートルを誇るこの巨大な人工天体は、銀河中の富が集まる経済の中心地だ。

 その最上層にある役員室で、一人の女性がワイングラスを落としていた。


「……は?」


 商業連合の幹部理事、ミレーヌ・バーンズ。

 冷徹な計算と美貌で「氷の女帝」と呼ばれる彼女の目の前にあるモニターには、信じられない光景が映し出されていた。


 ステーションの真正面、至近距離の宙域に、突如として「惑星」が出現したのだ。


「ワープアウト反応……質量、計測不能!? 馬鹿な、艦隊ならともかく、惑星ごと転移してきたというの!?」


 部下たちがパニックに陥る中、ミレーヌは脂汗を流しながら思考を巡らせた。

 あれは要塞だ。帝国のデータバンクにある「古代兵器」の特徴と一致する。

 それがなぜ、中立地帯であるここへ?

 侵略か? それとも――脅迫か?


「理事! 相手から通信です! 『代表者が直接会談を求めている』と!」

「……受けるしかないでしょう。拒否すれば、あの巨大な砲口がこちらを向くわ」


 ミレーヌは震える手を隠し、迎撃ではなく「商談」の準備をさせた。

 相手が何者であれ、商人ならば取引の余地はあるはずだ。


***


 数十分後。

 俺は、商業連合の豪華絢爛な応接室に通されていた。

 ふかふかのソファ。金箔をあしらった壁。

 場違い感がすごい。俺の着ている服は、帝国軍の囚人服をリサイクル素材で仕立て直した、ただの作業着だ。


「(うう……胃が痛い)」


 俺は縮こまっていた。

 不法侵入した上に、惑星ごと駐輪してしまったのだ。莫大な賠償金を請求されたらどうしよう。

 手元にあるアタッシュケースを強く握りしめる。

 ここには、せめてもの「詫びの品」が入っている。これを受け取ってくれればいいのだが。


 ガチャリ、とドアが開く。

 入ってきたのは、鋭い目つきの美女と、屈強な護衛たちだった。


「初めまして。商業連合理事のミレーヌです」


 彼女は俺の前に座ると、値踏みするような視線を向けてきた。


「単刀直入に伺います。……ネメシスの代表者様。我々の本拠地へ『惑星ごと』お越しになるとは、随分と派手なデモンストレーションですこと。ご用件は?」


 怒ってる。完全に怒ってるよな、その笑顔。

 俺は冷や汗を拭いながら、必死に低姿勢で切り出した。


「あ、あの……申し訳ありません! ちょっと事故で、ここに飛び出してしまいまして……。決して怪しい者ではありません!」


「事故? あの質量の物体を制御して、ミリ単位の誤差でステーションの前に停めるのが『事故』だと?」


 ミレーヌの目が細められる。

 信じてもらえていない。

 まずい、このままだと「敵対行為」とみなされて、警備ロボットに撃たれるかもしれない。

 俺は慌ててアタッシュケースをテーブルに置いた。


「と、とりあえず、これを! ご迷惑をおかけしたお詫びの品です!」


「……詫びの品?」


 ミレーヌは警戒しつつ、アタッシュケースを開けた。

 中に入っているのは、銀色に輝く一本のインゴット(金属塊)。

 惑星ダスト8のリサイクルプラントで、ゴミを圧縮・再構築して作ったものだ。

 原料はゴミだが、見た目は綺麗だし、文鎮代わりにでも使ってもらえれば……という苦し紛れの品だった。


「こんな粗品で恐縮ですが、どうか受け取ってください。その代わり、当面の水と食料を……安く売っていただければと……」


 俺はおずおずと申し出た。

 しかし、ミレーヌの反応はおかしい。

 彼女はインゴットを取り出すと、携帯用の鑑定端末をかざし――そして、固まった。


「え?」


 端末が激しいアラート音を鳴らしている。


「純度99.999%の……オリハルコン合金!? しかも、現代の技術では精製不可能な『ナノ結晶構造』!?」


 ミレーヌの手が震え、ガタリとインゴットを落としそうになる。


「こ、これを……『粗品』と? この一本だけで、戦艦が3隻は買える価値があるのよ!?」


「はあ? 戦艦?」


 俺はきょとんとした。

 いや、ただのゴミだぞ? プラントのボタンを押したら、1分に1個くらいのペースで量産されてるやつだぞ?


 だが、ミレーヌの脳内では、凄まじい速度で「誤解」が構築されていた。


 ――(この男、恐ろしい……!)


 ミレーヌは戦慄していた。

 伝説級のレアメタルを、まるで「菓子折り」のように無造作に差し出す。

 それはつまり、「こんなものは我々にとって価値がない」という富の誇示。

 そして、「商業連合ごとき、いつでも経済的に支配できる」という無言の圧力!


「(事故で来たと言ったのも、嘘だわ。これは『脅し』。我々に従わなければ、この超技術で作った兵器で市場を破壊するぞ、という通告……!)」


 商人の本能が警鐘を鳴らす。

 この男と敵対してはいけない。飲み込まれる!


「……わかりました」


 ミレーヌは深呼吸をし、顔を上げて艶然と微笑んだ。商売用の「降伏」の顔だ。


「素晴らしいお品です。あなたの『誠意』、確かに受け取りました。……それで? 水と食料をご所望でしたわね?」


「は、はい。できれば、カップ麺とか、嗜好品も……」


「よろしいでしょう。当連合の在庫、好きなだけお持ちください。代金は……そうですね、今後この『金属』を、我々に独占的に卸していただく契約でいかがかしら?」


「えっ、いいんですか!?」


 俺は身を乗り出した。

 ゴミ(資源ゴミ)を引き取ってもらって、食料がもらえる?

 願ったり叶ったりだ! なんていい人なんだ!


「ぜひお願いします! いくらでもあるんで、コンテナ単位で持ってきますよ!」


「コ、コンテナ単位……!?」


 ミレーヌが引きつった声を上げる。

 オリハルコンをコンテナで市場に流されたら、銀河の金属相場が崩壊する。

 彼女は内心の悲鳴を押し殺し、ガッチリと俺の手を握った。


「契約成立です! 素晴らしいパートナーシップになりそうですね、代表!」


「こちらこそ、ありがとうございます!」


 俺は安堵で涙が出そうだった。

 よかった、賠償金どころか、販路が開拓できたぞ。


 ……しかし、俺は気づいていなかった。

 この取引の様子を見ていた俺の「部下たち」の反応に。


『おい聞いたか! マスターは、あの「銭ゲバ」で有名な商業連合を、たった一本の鉄クズで屈服させたぞ!』

『すげえ……軍事力だけでなく、経済力でも銀河を支配する気だ!』

『閣下万歳! ネメシス万歳!』


 さらに、俺のアタッシュケースの中には、ヴィクトリアが勝手に入れた「契約書(案)」が入っていたのだが、その内容は――

 『商業連合は、ネメシスの物流管理下に置くものとする』

 という、事実上の「属国化」要求だったことに、俺もミレーヌもまだ気づいていなかった。

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