第59話 深淵の番犬、三つの首は闇を食う
ルナの霊感ナビを頼りに「船の墓場」を抜けようとしたその時、闇の奥から巨大な咆哮が轟いた。
『グルルルルル……!』
空間が震え、アーク・ノヴァのセンサーが一斉に警告音を鳴らす。
現れたのは、全長500メートル級のヴォイド・イーターだ。
だが、その形状は異様だった。
三つの頭部を持ち、それぞれの口から赤黒いエネルギーを滴らせている。
さらに、その全身は「実体」と「霊体」を行き来するように明滅していた。
「ケルベロス級……! データにない個体だ!」
ガルドが叫ぶ。
「来るぞ! 回避!」
アランの指示と同時に、ケルベロスの右の首が噛み付いてきた。
ガギィン!!
シールドが火花を散らすが、牙はシールドを貫通し、直接船体の装甲を削り取った。
「シールド無効!? どうなってるんだ!」
「解析完了」
スペックが高速でキーを叩く。
「奴の牙は『次元位相』をズラしている。……物理的な盾もエネルギーシールドも、すり抜けて直接本体を攻撃できる」
防御不能の牙。
さらに、左の首が口を開け、黒い霧を吐き出した。
霧が船体を包むと、艦内の照明が落ち、計器が狂い始めた。
「システムエラー発生! ……これ、『呪い』ですぅ!」
リズが悲鳴を上げる。
「メインコンピュータが『恐怖』を感じてフリーズしてます!」
機械に呪いをかける攻撃。
物理、精神、そして呪術。
ケルベロスは、ヴォイド・イーターがこの暗黒領域で進化した、環境適応型の怪物だった。
「くそっ、万能すぎるだろ!」
アランは歯噛みした。
逃げ場はない。戦うしかない。
「クローネ博士! ルナ! 『あれ』は使えるか!?」
「ゲロゲロ!(調整中だ! まだ出力が安定せん!)」
「聖銀弾の在庫もカツカツっすよ!」
アランたちが用意していた新兵器『ハイブリッド・キャノン』。
フェイザー技術とルナの魔力を融合させた主砲だが、連射が効かない上にチャージに時間がかかる。
「時間を稼ぐわ!」
パンドラが立ち上がる。
「私が囮になる。……マスター、その間にチャージして!」
止める間もなく、パンドラは艦外へ飛び出した。
生身(に見えるエネルギー体)で宇宙空間へ。
彼女は両手を広げ、精神波を放射した。
『こっちよ、ワンちゃん! 美味しいエサはここよ!』
ケルベロスの三つの首が、一斉にパンドラを向く。
中央の首が大きく口を開け、必殺の「次元崩壊砲」をチャージし始めた。
「パンドラ! 避けろ!」
「逃げないわ。……私の背中には、マスターがいるもの!」
彼女は小さな体で、巨大な砲口の前に立ちはだかった。
その姿は、かつてアランが彼女を守ろうとした姿と重なる。
「撃てぇぇぇッ!!」
アランが叫ぶと同時に、アーク・ノヴァの主砲が火を噴いた。
青白い光の奔流。
科学と魔法が融合した一撃が、ケルベロスの中央の首を直撃した。
ズドォォォォォン!!
次元崩壊砲ごと頭部が吹き飛び、ケルベロスはバランスを崩してのた打ち回る。
その隙に、パンドラが艦へと帰還した。
「やったか!?」
「いいえ、再生しています!」
スペックが告げる。
吹き飛んだ首が、黒い霧を集めて急速に再生していく。
不死身かよ。
「……ここを抜けるには、奴を完全に消滅させるしかない」
アランは冷や汗を拭った。
だが、主砲のチャージには時間がかかる。
次の一撃を外せば終わりだ。
その時、サレクが静かに言った。
「……論理的な弱点があります。奴の『三つの首』は、それぞれ別の次元座標からエネルギーを供給しています。……同時に破壊しなければ、無限に再生するでしょう」
「同時に……?」
アランは絶句した。
主砲は一門しかない。どうやって三つの首を同時に撃つ?
「……分身すればいい」
ルナがニヤリと笑った。
「ウチの『分身の術』と、連邦の『ホログラム技術』を合わせれば……実体のある分身弾を作れるかもっす」
無茶苦茶な理論だ。
だが、リサイクル・ユニオンには、それを実現させるだけの「変人たち」が揃っていた。
「やるぞ! 『トリプル・ファントム作戦』だ!」
アーク・ノヴァが変形を開始する。
最後の勝負。
三つの首狩りが始まる。




