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第54話 虚無の底のティータイム

 アランが降り立ったパンドラの精神世界は、果てしなく続く灰色の荒野だった。

 空にはひび割れた月が浮かび、冷たい風が吹き抜けている。


「パンドラ! どこだ!」


 アランは叫びながら歩いた。

 足元の砂は、過去の記憶の残骸だ。

 『兵器として作られた日』『失敗作として廃棄された日』『暗いカプセルの中で眠り続けた日々』。

 彼女の孤独な記憶が、足元からアランの脳内へ流れ込んでくる。


(……辛いな)


 アランは胸が締め付けられた。

 俺のブラック企業勤めなんて、彼女の数千年の孤独に比べれば、ピクニックみたいなものだ。


 やがて、荒野の真ん中に、ポツンと置かれた鳥籠を見つけた。

 その中に、膝を抱えて座る小さな少女がいた。

 パンドラだ。

 だが、いつもの傲慢さはなく、怯えた子供のような目をしている。


「……パンドラ」


「来ないで」

 彼女は顔を上げずに言った。

「私は兵器よ。……壊れるために作られたの。もう役目は終わったわ」


「終わってないさ。……俺の背中が空いてて寒いんだよ」


 アランは鳥籠の前に座り込んだ。

 鍵はかかっていない。彼女自身が、出ようとしていないだけだ。


「……どうして来たの? 私の心の中なんて、空っぽで退屈なだけでしょ」


「ああ、退屈だな。……まるで俺の『休日の午後』みたいだ」


 アランはポケットから何かを取り出した。

 精神世界に持ち込んだイメージ具現化。

 それは、湯気の立つティーカップと、皿に盛られたクッキーだった。


「……何それ」


「お茶会だ。……暇つぶしには丁度いいだろ?」


 アランは鳥籠の隙間からクッキーを差し入れた。

 パンドラは躊躇いながらも、それを手に取り、小さな口で齧った。


「……甘い。……合成甘味料の味ね」


「悪いな、安月給なもんで」


 アランは笑った。

 パンドラの表情が少し緩む。


「……ねえ、マスター。私、怖いの」

 彼女はポツリと語り出した。

「力を使いすぎて、自分が自分でなくなっていく感覚が……。また、あの冷たいカプセルに戻される夢を見るの」


「戻さないさ」

 アランは断言した。

「俺たちは『リサイクル屋』だ。……一度拾ったものは、意地でも使い倒す。それが流儀だ」


 彼は手を伸ばし、鳥籠の扉を開けた。

 キーッという音と共に、錆びついた扉が開く。


「さあ、帰ろう。……リズが夕飯を作って待ってる。今日はハンバーグだそうだ」


「……ハンバーグ?」


「ああ。俺の分もやるよ。……だから、立て」


 パンドラは顔を上げた。

 その瞳に、生気が戻り始めていた。

 彼女は恐る恐る手を伸ばし、アランの手を握った。

 温かい。


「……バカなマスター」

 彼女は泣き笑いのような顔をした。

「そんなに私におんぶされたいの?」


「腰痛持ちにはキツイんだがな……。まあ、いないよりはマシだ」


 二人の手が強く結ばれる。

 その瞬間、灰色の世界が光に包まれ、崩壊を始めた。

 虚無の終わり。そして、覚醒の時。


***


 現実世界の病室。

 モニターの心拍数が正常値に戻る。

 アランとパンドラが、同時に目を開けた。


「……マスター!」

「……帰ってきたか」


 パンドラはベッドから飛び起き、アランに抱きついた。

 今度は背中ではなく、正面から。

 力強いハグに、アランは肋骨が軋む音を聞いたが、文句は言わなかった。


「おかえり、パンドラ」


「ただいま、マスター。……ハンバーグ、絶対よ」


 見守っていたリズやカトレアたちが、涙を流して歓声を上げる。

 こうして、リサイクル・ユニオンは最大の危機を乗り越え、最強の相棒を取り戻した。

 だが、アランの精神疲労は限界を超えており、この後3日間、彼は泥のように眠り続けることになる。

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