第53話 眠れる歌姫と、空っぽの心
プラネット・イーターとの死闘から3日。
リサイクル・ユニオンは、勝利の喜びに浸る間もなく、傷ついた艦隊の修復と負傷者の治療に追われていた。
本社ビルの地下、最先端医療施設。
集中治療室のガラス越しに、アランはベッドに横たわる少女を見つめていた。
パンドラだ。
彼女は深い眠りについたまま、目を覚ます気配がない。
「……容態は?」
アランが尋ねると、担当医(連邦艦隊の医療士官)が首を横に振った。
「肉体的な損傷はありません。ですが、精神エネルギーのコアが……枯渇しています」
「枯渇?」
「はい。彼女はシールド維持のために、自身の存在を構成するエネルギーまで使い果たしてしまったようです。……例えるなら、バッテリーが完全に放電し、再充電も受け付けない状態です」
アランは唇を噛んだ。
俺を守るために。俺たちの艦を守るために、あいつは……。
「……治す方法はないのか?」
「現在の医学では不可能です。……彼女は古代のバイオテクノロジーと精神工学の結晶です。我々の理解を超えています」
絶望的な診断。
だが、アランは引き下がらなかった。
「理解を超えているなら、理解できる奴を探せばいい」
アランは背を向け、リズを呼んだ。
「リズ。……クローネ博士を呼べ。それから、サレクの意識が戻ったらすぐに俺のところへ来るように伝えろ」
「は、はい! でも、サレクさんもまだ予断を許さない状態で……」
「構わん。……俺たちは『リサイクル屋』だ。壊れたなら直す。動かないなら叩いてでも動かす。……パンドラをあんなガラクタにするわけにはいかないんだ」
アランの声には、静かだが熱い怒りが込められていた。
自分自身の無力さへの怒り。そして、大切な相棒を失いかけている焦り。
***
数時間後。
病室に、車椅子に乗ったサレクと、カエル博士が集まった。
「……呼び出した理由は分かります」
サレクが弱々しい声で言う。
「パンドラの修復ですね。……論理的には不可能ですが」
「不可能と言うな!」
博士が叫ぶ。
「彼女は私の最高傑作だぞ! ただのエネルギー切れごときで壊れるような柔な設計はしておらん!」
博士はパンドラのデータを高速で解析し始めた。
そして、一つの可能性にたどり着く。
「……ふむ。コア自体は無事だ。ただ、起動するための『きっかけ(種火)』がない。外部から強力な精神エネルギーを注入し、再点火すれば……」
「精神エネルギー? 誰の?」
アランが聞く。
「適合者でなければならん。彼女と深い精神的繋がりを持ち、かつ、その負荷に耐えられる強靭な精神力を持つ者……」
全員の視線が、アランに集まった。
「……俺か」
アランは苦笑した。
やっぱり、最後は俺に回ってくるのか。
「危険ですよ、総裁」
サレクが警告する。
「貴方の精神エネルギーを直接パンドラに流し込むことになります。……失敗すれば、貴方の自我が崩壊し、廃人になる可能性があります」
「構わんよ」
アランは即答した。
「俺は10年間、ブラック企業の理不尽に耐えてきた男だぞ? ……精神力のタフさだけなら、銀河一の自信がある」
彼はパンドラのベッドに歩み寄り、その冷たい手を握った。
「待ってろ、パンドラ。……今、迎えに行ってやるからな」
アランは目を閉じた。
クローネ博士が装置を起動する。
意識が遠のき、アランは深く暗い、パンドラの精神世界へとダイブしていった。
そこは、何も無い「虚無」の世界だった。
音も光もない。ただ、寒さだけがある場所。
アランは歩き出した。
相棒を取り戻すための、孤独な旅が始まった。
(続く)




