第51話 銀河渋滞と、命のピストン輸送
第6セクター、ジュピタス衛星軌道。
そこは今、地獄のような様相を呈していた。
前方には、惑星を喰らいながら迫りくる超巨大怪物『プラネット・イーター』。
その重力波が、空間を歪め、衛星の地表を引き剥がしていく。
後方には、唯一の脱出路であるワープゲート。
だが、そこには数千隻の民間船が殺到し、大渋滞を起こしていた。
「ゲート管制! 早く開けろ! 後ろから化け物が来てるんだぞ!」
「無理です! 定員オーバーです! これ以上突っ込むとゲートが崩壊します!」
通信回線は悲鳴と怒号で埋め尽くされている。
パニック寸前だ。
その最前線に、アラン座乗の旗艦『ネオ・アーク』が立ちはだかっていた。
「……落ち着け! 順番を守れ!」
アランがマイクに向かって叫ぶが、恐怖に駆られた群衆には届かない。
「総裁! 敵の先遣隊(ドローン群)が接近! 民間船を狙っています!」
リズが叫ぶ。
プラネット・イーターの体表から、無数の小型ヴォイドが射出され、渋滞中の民間船団へと襲いかかる。
まさに、蜘蛛の巣にかかった獲物を狙う捕食者の群れだ。
「させるかぁっ!」
ドガガガガガッ!!
横合いから激しい銃声が響き、無数の実弾とミサイルがドローンの群れを直撃した。
ガルド率いる遊撃隊だ。
「野郎ども! ビームは撃つなよ! 奴らのエサになるだけだ! 鉛の雨を食らわせてやれ!」
「「「アイアイサー!!」」」
元海賊たちが、改造した実弾砲塔を旋回させ、物理的な弾幕で敵を粉砕していく。
さらに、一部のエリート機には、ルナの魔力が込められた「聖銀弾」が装填されており、青い炎を上げながら敵を浄化していく。
「……いい度胸だ。我々も遅れるな!」
カトレア率いる近衛艦隊も展開し、巨大な実体剣を装備した白兵戦用モビルスーツ隊を出撃させる。
だが、敵の数が多すぎる。
そして何より、プラネット・イーター本体からの重力干渉が強まり、脱出船のエンジン出力が低下し始めていた。
「ママ……船が動かないよ……」
ある民間船の中で、子供が泣き出す。
重力に引かれ、船がゆっくりと怪物の口(重力圏)へと吸い込まれていく。
「くそっ、間に合わないか……!」
アランが歯噛みする。
その時。
ワープゲートの向こう側から、新たな光の群れが出現した。
リサイクル・ユニオンのマークをつけた、大量の貨物船団だ。
『……こちら、商業連合の輸送部隊です! アラン総裁の呼びかけに応じ、参上しました!』
ミレーヌ理事の声だ。
彼女たちが送ってきたのは、ただの船ではない。
超大型の牽引ビームを搭載した、レッカー車のような特殊作業船団だった。
『動けない船は、私たちが引っ張ります! ……請求書は後で回しますわよ!』
「ミレーヌ……!」
アランは目頭が熱くなった。
「よし! 作業船団を護衛しろ! 一隻残らず引っ張り出せ!」
戦場は、巨大な「救助現場」へと変わった。
ガルドたちが敵を蹴散らし、ミレーヌたちが船を牽引し、アランが全体を指揮する。
バラバラだった銀河の人々が、一つの目的のために歯車を回し始めた。
だが、プラネット・イーターは、そんな人間たちの抵抗を嘲笑うかのように、巨大な重力砲のチャージを開始した。
これはビームではない。純粋な重力波による空間破砕攻撃だ。
狙いは、渋滞するワープゲートそのもの。
『……警告。高重力反応。……ゲートごと押し潰すつもりです』
スペックが冷徹に告げる。
発射まで、あと30秒。
避難完了まで、あと5分。
計算が合わない。
「……サレク! 共振装置はまだか!?」
『……調整中。……あと60秒あれば!』
間に合わない。
アランは決断した。
「ネオ・アーク、前進! ……俺たちが盾になる!」
「総裁!?」
「あの重力波を食い止めるには、この艦の『フェイザー・ライブ・シールド』を最大出力で展開するしかない! ……パンドラ、力を貸してくれ!」
「……しょうがないわね、マスター」
パンドラがアランの背中で、不敵に笑った。
「重力ごとねじ伏せてあげるわ! 心中するなら、もっとロマンチックな場所がよかったけど……。付き合ってあげる!」
ネオ・アークが、巨大な怪物の真正面へと躍り出る。
物理攻撃が効かない重力波に対し、精神波と位相変調技術を融合させた「歌うシールド」で対抗するために。




