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第5話 帝国艦隊、再び来襲(今度は本気)

 カトレア王女が合流してから一週間。

 彼女の「調練」は凄まじかった。


「貴様ら! ゴミの拾い方がなっていない! 腰を入れろ、腰を!」

「イ、イエス・マム!!」

「敵の砲撃が来ても、分別を止めるな! 燃えるゴミは右、資源ゴミは左だ!」


 広場のモニター越しに見える光景は異様だった。

 元海賊たちが一糸乱れぬ動きでスクラップを解体し、整列し、敬礼している。

 ただのゴミ処理作業が、軍事演習のような緊迫感を帯びていた。

 おかげでリサイクル効率は3倍に跳ね上がり、備蓄倉庫は満杯。食料も資材も余りまくっている。


「平和だなあ……」


 俺は司令室で、生成されたばかりの合成コーヒー(味は泥水だが温かい)を啜っていた。

 このまま、誰にも邪魔されずにひっそりと暮らしたい。

 だが、そんなささやかな願いは、けたたましい警報音によって打ち砕かれた。


 ウーウーウーウーッ!!


 司令室が真っ赤に点滅する。


「敵襲! 敵襲です、マスター!」


 ヴィクトリアの声も、いつになく張り詰めている。

 俺はコーヒーを吹き出しそうになりながらモニターを見た。


「な、なんだこの数は……!?」


 宇宙空間を埋め尽くす、光の点。

 それは星々ではない。帝国軍の戦艦のエンジン光だ。

 10隻や20隻じゃない。ざっと見て、500隻はいる。


「識別コード照合……帝国軍・第7機動艦隊です。旗艦は超大型戦艦『ギガント・カイザー』。指揮官は『血の月曜日』の異名を持つ、ドレイク中将です」


 ドレイク中将。

 冷酷非道で知られる、帝国の重鎮だ。

 反乱分子を見つけ次第、惑星ごと焼き払うことで有名な男。


「終わった……」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 前回はたまたまカウンターが決まったが、今度は規模が違う。

 500隻の一斉射撃を受けたら、いくら古代要塞のシールドでも耐えきれるわけがない。


「マスター、ご指示を」


 ヴィクトリアが冷静に尋ねてくる。

 その横では、カトレアからの通信ウィンドウが開いた。


『我が主よ! 敵艦隊を確認した! 我ら「ネメシス防衛隊(元ゴミ拾い部隊)」、いつでも出撃可能だ! 死兵となって敵に突っ込む準備はできている!』


 やめろ、死ぬな。突っ込むな。

 お前らが乗ってるのは、ゴミ回収用の作業ポッドだぞ。戦艦相手に勝てるわけがない。


「……降伏だ」


 俺は震える声で言った。


「え?」


 ヴィクトリアとカトレアの声が重なる。


「降伏する! 白旗を上げろ! 全通信回線を開いて、『無条件降伏します、命だけは助けてください』って送るんだ!」


 恥も外聞もない。生きていればこそだ。

 俺は必死に訴えた。


「……承知しました」


 ヴィクトリアは少し不満げだったが、俺の必死さに折れたようだ。


「全回線オープン。……ですがマスター、映像通信機が先ほどの振動で故障しています。こちらの映像は送信できません。音声のみになりますが、よろしいですか?」


「声だけでもいい! とにかく謝るんだ!」


 俺はマイクに向かって叫んだ。


「あー、あー! 聞こえますかドレイク中将! こちらはネメシスの代表です! 攻撃しないでください! 我々は戦う意志はありません! 今すぐ全ての武装を解除します! だから許してください!」


 情けない声だ。完全に命乞いだ。

 これで相手も「なんだ、ただの小心者か」と攻撃を止めてくれるはず。


 しかし。


 宇宙というのは広大だ。

 そして、通信というのは時として、ノイズによって歪むことがある。

 さらに悪いことに、古代要塞ネメシスの通信機は、音声を「威厳あるトーン」に自動補正する機能がデフォルトでオンになっていたのだ(余計な機能を!)。


 俺の情けない悲鳴は、ドレイク中将の艦橋にはこう届いていた。


『……聞こえるか、ドレイク中将。……こちらはネメシスの……代表だ。……攻撃など……無意味だ。……我々に戦う意志などない(ほど弱い)。……武装など解除してやる(ハンデだ)。……許しを乞うなら今のうちだぞ?』


 低く、重厚で、底知れぬ余裕を感じさせるバリトンボイス。

 しかもノイズのせいで、言葉の端々が途切れ、奇跡的に「挑発」の文脈に変換されていた。


 帝国軍旗艦『ギガント・カイザー』の艦橋は、凍りついたように静まり返った。


「……閣下」


 副官が震える声でドレイク中将を見る。

 ドレイク中将は、手元のワイングラスを握り潰さんばかりに力を込めていた。


「ほう……。500隻の艦隊を前にして、『武装解除してやる』だと? ハンデをくれると言うのか?」


 中将の額に青筋が浮かぶ。


「舐められたものだな、帝国軍も。……いいだろう、その傲慢さ、後悔させてやる!!」


 ドレイク中将が叫んだ。


「全艦、主砲充填! ターゲットは要塞中枢! あの生意気な代表ごと消し飛ばせえぇぇぇ!!」


***


「なんでだよぉぉぉぉ!!」


 俺は頭を抱えて絶叫した。

 モニターの中で、敵艦隊の砲門が一斉にこちらを向いたからだ。

 降伏勧告をしたはずなのに、なぜか相手が激昂して総攻撃の構えを見せている。


「ヴィクトリア! どうなってるんだ!」


「音声フィルターの『皇帝モード』が作動していたようです。訂正しますか?」


「今さら間に合うか! 来るぞ!!」


 500の光が閃いた。

 全艦一斉射撃。

 雨あられと降り注ぐ高出力ビームが、ダスト8へと殺到する。


「シールド展開! 最大出力!」


「エネルギー不足です、マスター! 先ほどのリサイクル事業に回しすぎて、防衛システムへの供給が足りません!」


「なんだって!?」


 自業自得だ。俺の節約術が仇になった。

 このままでは直撃する。

 死ぬ。今度こそ死ぬ。


 その時、俺の脳裏に、補給局時代に読んだ「古代要塞マニュアル(極秘資料)」の一節が蘇った。

 ――『ネメシスには、緊急回避用の特殊機能が存在する』。


「ヴィクトリア! 『フェーズ・シフト』だ! 座標転移を行え!」


「えっ? ですがマスター、あれはテスト段階の機能で、どこに飛ぶか制御できませんよ!?」


「ここにいて蒸発するよりマシだ! やれえぇぇぇ!!」


 俺はコンソールの赤い緊急ボタンを拳で叩き込んだ。


 キュイイイイイイ……ン!!


 要塞全体が光に包まれる。

 直後、500発のビームが着弾する寸前で――


 フッ。


 惑星ダスト8は、その巨大な質量ごと、宇宙空間から消失した。


 ドレイク中将の目の前で、無数のビームが何もない空間を通り抜け、互いに交差して虚しく宇宙の闇へ消えていく。


「な……!?」


 中将は呆然と立ち尽くした。


「惑星が……消えただと? ワープ……いや、あの質量の物体を一瞬で転移させただと!? そんな技術、帝国の科学力でも不可能だぞ!?」


 艦橋がパニックに陥る。

 神出鬼没の幽霊要塞。

 帝国の常識を超えた超兵器の登場に、歴戦の猛者であるドレイク中将さえも、背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。


 一方その頃。

 次元の狭間を漂う要塞の中で、俺はゲロを吐いていた。


「……うぷっ。……生きてる?」


「転移成功です、マスター。座標不明の宙域ですが、敵の反応はありません」


 助かった。

 だが、ここはどこだ?

 モニターに映し出されたのは、見知らぬ星空。

 そして、目の前に浮かぶ、見たこともないほど巨大な「商業宇宙ステーション」だった。


「……あ、あのマーク」


 俺はそのステーションに描かれた紋章を見て、再び血の気が引いた。

 それは、銀河最大の経済圏を支配する中立勢力『銀河商業連合』の総本部だったのだ。


 帝国軍から逃げたと思ったら、今度は銀河一の金持ち集団のど真ん中に、惑星ごと不法侵入してしまったらしい。


「……カトレア、聞こえるか?」


『はい、我が主よ! 見事な転移でした! 敵を翻弄し、次なる標的へ即座に移動するとは!』


「……とりあえず、挨拶に行ってくる。手土産(リサイクルした金属)を持って」


 軍事危機を脱したと思ったら、次は外交と経済戦争のど真ん中へ。

 俺が望む「平穏な隠居生活」は、光の速さで遠ざかっていくばかりだった。



(続く)

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