第49話 CEOの休日、あるいは嵐の前の静けさ
試作艦奪還作戦から一週間。
リサイクル・ユニオン本社は、いつもの喧騒を取り戻していた。
技術開発局では、サレクが復帰し、クローネ博士と共に(喧嘩しながら)新兵器の量産体制を整えている。
食堂では、ガルドが連邦クルーと腕相撲をして盛り上がっている。
パンドラは再びアイドル活動を再開し、新曲『リサイクル・ラブ』が銀河チャート1位を独走中だ。
「……平和だ」
執務室。
俺、アラン・スミシーは、久しぶりに定時で仕事を終えようとしていた。
ヴォイド・イーターの動きも、ここ数日は不気味なほど静かだ。
「お疲れ様です、CEO」
リズが温かいハーブティーを持ってくる。
「今日はもう上がられますか? 久しぶりに街へ降りて、美味しいものでも……」
「そうだな。……たまには『社長』じゃなくて、『ただのアラン』に戻りたい気分だ」
俺はジャケットを羽織った。
護衛のカトレアやパンドラには内緒だ。彼女たちが付いてくると、単なる夕食が国家行事になってしまう。
「リズ、付き合ってくれるか? ……割り勘でいいなら」
「ふふっ。もちろんです、ご馳走させてください」
リズが嬉しそうに笑う。
***
帝都の下町。
復興が進むこの街は、様々な種族が行き交う活気に満ちていた。
屋台からは異星のスパイスの香りが漂い、ストリートミュージシャンがパンドラの曲を演奏している。
「ここ、美味しいんですよぉ」
リズが案内してくれたのは、路地裏にある小さな居酒屋だった。
店主は無口な爬虫類型宇宙人。客層も労働者ばかりだ。
俺たちはカウンターの隅に座り、合成ビールと焼き鳥を注文した。
「……ふぅ。生き返る」
ビールを一口飲み、俺は息をついた。
「最近、無理しすぎですよアラン様。……サレクさんの件も、一人で抱え込んで」
リズが心配そうに俺を見る。
「仕方ないさ。それがトップの仕事だ」
俺は焼き鳥を齧る。
「俺にはカトレアみたいな剣技も、パンドラみたいな特殊能力もない。……できることと言えば、頭を下げて、計算して、泥をかぶることくらいだ」
俺は自嘲した。
周りは超人ばかりだ。時々、自分がここにいていいのか不安になる。
「……そんなことありません」
リズが真剣な目で言った。
「アラン様がいるから、みんなバラバラにならずにいられるんです。……貴方のその『弱さ』と『優しさ』が、強すぎる彼らを繋ぎ止めているんですよ」
彼女の手が、そっと俺の手に重なる。
俺はドキリとした。
元スパイの冷徹な顔ではなく、一人の女性としての顔がそこにあった。
「……ありがとう、リズ」
いい雰囲気になりかけた、その時。
店のテレビモニターに、緊急ニュース速報が流れた。
『速報です! 第6セクターのガス惑星にて、大規模な重力異常を観測! ……惑星の質量が、急速に減少しています!』
画面には、巨大なガス惑星が、内側から何かに吸い込まれるように縮んでいく映像が映っていた。
そして、その中心から、惑星の殻を破って現れたのは――。
全長数千キロメートル。
惑星そのものを背負ったかのような、超巨大なヴォイド・イーター。
サレクが警告していた『惑星捕食者』だ。
「……孵化したか」
俺はビールを置き、立ち上がった。
リズも表情を引き締め、スパイの顔に戻る。
「行きましょう、CEO。……休暇は終わりです」
「ああ。……勘定はツケておいてくれ!」
俺たちは店を飛び出した。
束の間の休息は終わった。
惑星を食らう怪物が、俺たちの銀河を飲み込もうとしている。
リサイクル・ユニオン最大級の防衛戦が、幕を開ける。




