第48話 皿洗いから始まる技術革新
リサイクル・ユニオンの食堂。
そこは今、小さな技術革命の震源地となっていた。
「……解析完了。食器用洗剤の分子構造を再構築。洗浄力300%向上」
元連邦士官サレクは、恐るべき速度で皿を洗いながら、ブツブツと呟いていた。
彼が調合した洗剤は、こびりついた油汚れを一瞬で分解し、ついでに食器を抗菌コーティングするというオーバースペックな代物になっていた。
「おい耳長! この洗剤すげぇな! 戦車のオイル汚れも落ちるぞ!」
整備班のクルーが駆け込んでくる。
「当然だ。……汚れとは物質の付着に過ぎない。論理的に除去すればいい」
サレクは無表情のまま、次の皿を磨く。
その様子を、俺、アラン・スミシーは食堂の隅で観察していた。
隣にはスペック副長がいる。
「……彼は優秀だ。皿洗いにしておくには惜しい」
スペックがコーヒー(サレクが入れた完璧な抽出温度のもの)を啜る。
「わかってますよ。……これはリハビリです」
俺は言った。
「彼は一度、ヴォイドの論理に染まった。いきなり兵器開発に戻せば、また精神汚染が再発するかもしれない。……だから、まずは『生活』という一番人間らしい論理に触れさせているんです」
スペックは少し驚いたように俺を見た。
「……君は、精神医学の専門家か?」
「いいえ。ただの事務屋です。……部下のメンタルケアも仕事のうちですから」
その時、サレクが手を止め、厨房から出てきた。
彼の手には、タブレット端末が握られている。
「……総裁。報告があります」
「なんだ? 洗剤の予算が足りないか?」
「いいえ。……皿洗いの合間に、ヴォイド・ネットワークから持ち帰ったデータを整理していました」
彼はタブレットを俺に見せた。
そこに表示されていたのは、悪夢のような設計図だった。
「これは……?」
「ヴォイド・イーターの次期進化形態……コードネーム『プラネット・イーター(惑星捕食者)』です」
画面の中の怪物は、惑星そのものを「殻」として纏い、地殻エネルギーを直接吸い上げる構造をしていた。
大きさは地球サイズ。
これが完成すれば、俺たちの防衛ラインなど、紙切れ同然に突破される。
「奴らは現在、第6セクターのガス惑星を苗床にして、この個体を育成中です。……孵化まで、推定あと2週間」
食堂の空気が凍りつく。
2週間。短すぎる。
「……対策は?」
俺は聞いた。
「あります」
サレクの瞳が、論理的な光を帯びる。
「奴らは惑星のコアと直結している。……ならば、そのコアに『特殊な振動』を与えて、惑星ごと自壊させるのです」
「振動?」
「はい。……以前、クローネ博士が開発した『共振破壊理論』と、私の『位相変調技術』を組み合わせれば、理論上可能です」
俺はニヤリと笑った。
カエル博士の失敗作と、連邦の超技術。
そして、サレクの頭脳。
これらをリサイクル(再利用)すれば、勝機はある。
「よし。……サレク、皿洗いは終わりだ。今日から技術開発局へ復帰しろ!」
「……了解しました。ただし、条件があります」
「なんだ?」
「……この洗剤のレシピ、厨房に残してもいいですか? 調理スタッフが喜んでいたので」
俺とスペックは顔を見合わせ、吹き出した。
どうやらリハビリは成功だったようだ。
こうして、リサイクル・ユニオンは、惑星破壊兵器の開発という、禁断の領域へと足を踏み入れることになった。
タイムリミットは2週間。
デスマーチの再開だ。
(続く)




