第46話 損益分岐点と、爆発する「歌姫」
『警告。動力炉臨界。……自爆シークエンス完了まで、残り120秒。……総員退避』
無機質なアナウンスが、赤く明滅する艦内に響き渡る。
俺たちは意識を失ったサレクを担ぎ、崩壊する通路を全力疾走していた。
「重い! こいつ、半分金属になってるからクッソ重いぞ!」
サレクの右腕を担ぐ俺が悲鳴を上げる。
左腕を担ぐスペック副長は、顔色一つ変えずに走っているが、額には汗が滲んでいる。
「文句を言うな、総裁。……計算上、このペースならギリギリ間に合う」
「間に合うって、あと100秒だぞ!?」
ドガァン!
天井が崩落し、進路を塞ぐ。
炎と瓦礫の山。
「道がない!」
ルナが叫ぶ。
「私が開ける!」
殿のカトレアが前に出る。
彼女の大剣が閃き、瓦礫を一刀両断する。
「行け! 止まるな!」
だが、次なる障害が立ちはだかる。
防火隔壁が、轟音と共に降りてくるのだ。
「くっ、間に合わない!」
ガルドが飛び出し、自らの体を隔壁の下に滑り込ませた。
ギギギギ……!
パワードスーツの出力全開で、隔壁を支える。
「早く行けぇ! 俺が支えてるうちに!」
「ガルド!」
「へっ、海賊の底力なめんなよ!」
俺たちはガルドの下をくぐり抜け、最後に彼を引きずり出した。
間一髪、隔壁がドスンと落ちる。
残り30秒。
ドッキングポートが見えた。
ステルス艦『ファントム』のハッチが開いている。
「乗れぇぇぇ!」
全員が雪崩れ込むと同時に、スペックがパネルを叩く。
プシュウウウ! ハッチ閉鎖。
緊急離脱シーケンス起動。
「全速後退! 衝撃に備えろ!」
ファントムのスラスターが火を噴き、プロト・ディーヴァから強制的に引き剥がされる。
その直後だった。
カッ――!!
視界が真っ白に染まった。
プロト・ディーヴァの中枢動力炉が臨界を迎え、ヴォイド金属の船体ごと宇宙の塵へと還っていく。
音のない爆発。
そして、遅れてやってくる凄まじい衝撃波。
「うわぁぁぁぁ!」
艦内がシェイカーのように激しく揺れる。
俺はサレクの体を守るように覆いかぶさりながら、神(と未消化の有給)に祈った。
***
数分後。
揺れが収まり、モニターには静寂を取り戻した宇宙空間(と大量のデブリ)が映し出されていた。
「……生きてるか?」
俺は恐る恐る顔を上げた。
「生存確認。……全員無事だ」
スペックが冷静に告げる。
床には、ヴォイドの侵食が止まり、気絶したままのサレクが転がっていた。
「ふぅ……。危機一髪だったわね」
パンドラが俺の背中から顔を出す。
「でも、残念ね。私の歌声を増幅する『フェイザー・ライブ・システム』搭載艦……海の藻屑になっちゃった」
そう。サレクは助けたが、苦労して開発した新兵器の試作艦は失われたのだ。
開発費、資材、そして時間。
莫大な損失だ。
「……大赤字だな」
俺は天井を仰いだ。
だが、スペックが静かに口を開いた。
「……物質的な損失は甚大だ。論理的に考えれば、裏切り者一人を救うために、最新鋭艦とクルーの命を危険に晒すなど、非効率の極みだ」
彼は床のサレクを見下ろした。
「だが……アラン総裁。君の言う『帳尻』は合ったようだ」
「え?」
「サレクの脳内には、ヴォイド・ネットワークと接続した際の膨大な『敵データ』が残っているはずだ。……これを解析すれば、失われた艦以上の価値がある。……君の投資は成功だ」
スペックの口元が、ほんの数ミリだけ緩んだように見えた。
こいつ、慰めてくれているのか?
「……そうだな。あいつが起きたら、残業させてでも情報を吐き出させるさ」
俺は苦笑した。
こうして、「オペレーション・奪還」は、物質的には失敗(艦喪失)、人道的には成功(サレク生還)という痛み分けで幕を閉じた。
だが、これは終わりではない。
この脱出劇の裏で、ヴォイド・デーモン側もまた、こちらの技術を一部解析して持ち帰っている可能性がある。
そして何より、組織内部の「しこり」をどう解消するか。
帰還後の事後処理が俺を待っていた。




