表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/78

第45話 論理の暴走、感情の逆流

 変貌したブリッジの中央。

 サレクは艦長席から立ち上がることはなかった。いや、できなかったのだ。

 彼の下半身はヴォイド金属の触手と完全に同化し、床やコンソールと一体化していた。


「サレク……」

 スペック副長が、いつもの無表情を崩し、わずかに眉を顰める。


「近づかないでください」

 サレクが冷徹な声で制止する。

「私の論理回路は、現在98%までヴォイド・ネットワークに接続されています。……残り2%の自我で、貴方たちと会話しているに過ぎません」


 彼の背後にあるメインスクリーンには、膨大なデータが流れていた。

 それは、奪われたフェイザー技術と、ヴォイドの増殖プログラムを融合させた、最悪の侵略計画書だった。


「私は計算しました。……この銀河の『混沌(争い)』を終わらせるには、全ての意思を一つに統合するしかない。ヴォイド・イーターの一部となれば、争いも、差別も、不平等も消滅する」


「それが貴様の言う『論理的平和』か!」

 カトレアが剣を構え、叫ぶ。

「個を捨てた平和になど、何の意味がある! それはただの『死』だ!」


「否定します。……意識は共有され、永遠に存続する。個体としての死は、全体としての生への昇華です」


 サレクが手を振ると、ブリッジの床から武装したヴォイド・ドールたちが現れた。

 対話は決裂した。


「……やるしかないのか」

 俺はアサルトライフルを構えた。

「総員、戦闘開始! ただし、サレク本体への攻撃は待て! ……あいつをシステムから引き剥がす方法があるはずだ!」


 戦闘が始まる。

 カトレアとガルド(通信越しのドローン操作)がドールたちを抑え込み、ルナが聖銀弾で援護する。

 その隙に、俺とスペック、そしてパンドラがサレクの攻略法を探る。


「パンドラ! あいつの精神にダイブできるか!?」


「やってるわよ! でも……堅い! ヴォイドの精神防御壁が何重にも張り巡らされてる!」

 パンドラが苦悶の表情を浮かべる。


「物理的な接続ハッキングも不可能です」

 スペックが端末を操作しながら首を振る。

「彼の神経系は艦のコアと融合している。無理に引き抜けば、彼の脳が焼き切れる」


 詰んだか?

 物理的にも精神的にも、彼を救う手立てがない。


 その時、サレクが苦しげに頭を抱えた。

「う、うぅ……! 排除……排除シろ……!」


 彼の銀色の瞳が明滅する。ヴォイドの支配が強まり、自我が塗りつぶされそうになっている。

 同時に、艦内の防衛システムが暴走し、無差別にビームを乱射し始めた。


「くそっ、時間がない!」


 俺は必死に周囲を見渡した。

 何か、何か使えるものはないか?

 事務屋の目は、戦場の隅々まで観察する。

 そして、俺の目はある一点に釘付けになった。


 サレクと融合しているコンソール。その脇に、小さな「外付けデバイス」が刺さったままになっている。

 あれは……以前、宴会の時に彼が持っていた、連邦艦隊の携帯端末コミュニケーターだ。


「スペック! あの端末だ!」

 俺は叫んだ。

「あれはヴォイドに侵食されていない! あそこからなら、サレクの『個人的なログ』にアクセスできるんじゃないか!?」


「……!」

 スペックが目を見開く。

「可能性はある。……だが、そこまで近づくには弾幕が厚すぎる!」


 ビームの雨あられ。

 俺たちには防ぐ手立てがない。


「私が道を開ける!」

 カトレアが前に出た。

「ルナ殿、私に『加護』を! パンドラ殿、全シールドを一点に集中させてくれ!」


「了解っす! 【聖域サンクチュアリ】!」

「わかったわ! 持ってけドロボウ!」


 カトレアの全身が光に包まれる。

 彼女は咆哮と共に突進した。

 ビームが彼女の鎧を焦がし、シールドを削り取る。だが、彼女は止まらない。


「届けぇぇぇッ!」


 彼女は大剣を振り抜き、ドールたちを薙ぎ払うと、サレクの懐へと飛び込んだ。

 そして、その手で端末を引き抜き、スペックへと放り投げた。


「スペック殿! 今だ!」


 スペックが端末をキャッチし、自分のパッドに接続する。

 高速でデータが展開される。

 そこに残されていたのは、ヴォイドの論理ではなく、サレク自身の「秘めた思い」だった。


 『ログNo.402:……アラン総裁の言う「安眠」という概念。……興味深い。私もいつか、論理の鎖から解き放たれ、何も考えずに眠ってみたいものだ』

 『ログNo.405:……宴会の料理。成分は劣悪だが、皆と共有する空間には、数値化できない「暖かさ」があった』


 それは、感情を持たないはずの彼が、ユニオンでの生活を通じて抱き始めていた、小さな「感情の芽」だった。


「……サレク。君は、論理だけで動いていたわけではなかったのだな」


 スペックは端末のデータを、艦のメインシステムへと「逆流アップロード」させた。

 ヴォイドの冷徹な論理コードの中に、サレクの人間臭いログがノイズとして混入する。


「ガ……アァァァァ!」

 サレクが絶叫する。

 論理の矛盾。感情の逆流。

 ヴォイドの支配システムが、エラーを起こして崩壊を始める。


「今だ! パンドラ、精神ダイブ!」


「了解! ……捕まえた!」


 パンドラがサレクの意識に潜り込み、ヴォイドの鎖を断ち切る。

 サレクの目から銀色の光が消え、本来の黒い瞳が戻った。


「……副長……総裁……」

 彼は力なく崩れ落ちた。

 ヴォイドの触手が枯れ落ち、彼を解放する。


「作戦成功だ……!」


 俺たちは歓声を上げた。

 だが、艦のシステムがダウンしたことで、別の問題が発生した。

 『警告。動力炉臨界。……自爆シークエンス、作動』


 ヴォイド・デーモンが最期に残した置き土産。

 この艦ごと俺たちを消滅させるつもりだ。


「脱出だ! 急げ!」


 俺たちはサレクを担ぎ、崩壊するプロト・ディーヴァからの脱出走を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ