第4話 亡国の姫と、震える膝
「亡国アルカディアの王族専用機?」
俺は眉をひそめた。
アルカディア王国といえば、十年前に帝国によって滅ぼされた騎士の国だ。
古臭い騎士道精神を重んじる彼らは、近代兵器で武装した帝国軍に正面から突撃し、玉砕したと聞いている。
王族は全員処刑されたはずだが……生き残りがいたのか?
「通信が入っています。繋ぎますか?」
「……無視したら?」
「主砲で撃ち落とすわけにはいきませんし、着陸許可を出さないと、勝手に突っ込んできそうな軌道ですよ」
モニターを見ると、小型船は黒煙を上げながら、フラフラと要塞のドックへ向かってきている。
あれは「着陸」というより「墜落」コースだ。
「わかった、わかった! 誘導ビームを出して回収してやれ!」
俺はまたしても厄介事を背負い込む指示を出してしまった。
***
数十分後。
要塞の格納庫に、ボロボロの小型船が不時着した。
プシューッという音と共にハッチが開き、中から一人の少女が転がり出てきた。
燃えるような赤い髪。
白銀の軽鎧は傷だらけで、あちこちが煤けている。
だが、その瞳だけは、決して折れない剣のように鋭い光を放っていた。
「……ここが、帝国軍を退けたという『ネメシス』か」
少女はふらつく足取りで立ち上がり、出迎えた武装ドローン(ヴィクトリア操作)に向かって剣を突きつけた。
「私はカトレア・アルカディア! かつてのアルカディア王国第一王女である! この城の主と面会を所望する!」
モニター越しにその様子を見ていた俺は、頭を抱えた。
やっぱり面倒くさいタイプだ。
「王女」とか一番関わっちゃいけない人種だろ。
「マスター、どうします? 『無礼者』としてプラズマで焼きますか?」
「焼くな。とりあえず、応接室……はないから、俺のいる司令室に通せ」
どうせ断っても暴れそうだし、話だけ聞いて追い返そう。
俺は少しでも威厳を出そうと、襟元を正し、ヴィクトリアに照明を少し暗くして雰囲気を出してもらった。
やがて、エレベーターが開き、カトレア王女が入ってきた。
彼女は俺の姿を見るなり、ハッと息を呑んだ。
「貴様が……この要塞の主か」
彼女の視線が、俺を上から下まで舐めるように観察する。
俺はただの元・事務屋だ。筋肉もないし、覇気もない。
きっと失望されるだろう。
「なんだ、ただの貧相な男か」と鼻で笑われ、出て行ってくれるに違いない。
だが、彼女の反応は予想外だった。
「……なんと、静かなる威圧感」
「はい?」
カトレアはゴクリと唾を飲み込み、冷や汗を流している。
「隙がない。まるで自然体のように座っているが、私の剣の間合いを完全に見切っている……。それに、その目。数千の戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、虚無の瞳だ」
いや、それは単に「残業続きで死んだ魚のような目」になっているだけだ。
あと、座っているのは膝が震えているから立てないだけだ。
「それで、何の用だ?」
俺ができるだけ低い声(ただの喉の渇き)で問うと、カトレアはその場に膝をついた。
ガシャリ、と鎧が鳴る。
「単刀直入に言う! 私を、貴殿の剣として雇ってほしい!」
「はあ?」
「私は十年間、帝国の追手から逃げ延び、宇宙海賊として泥水をすすって生きてきた。だが、諦めたことはない! いつか帝国に一矢報いることを!」
彼女は顔を上げ、熱のこもった瞳で俺を見つめる。
「噂は聞いた。たった一隻の要塞で、あの大艦隊を退けたと。貴殿こそが、私が待ち望んでいた『反逆の狼煙』だ! お願いだ、私に戦う場をくれ! この命、貴殿の覇道のために捧げよう!」
重い。
愛が重いとかじゃなくて、人生設計が重い。
俺の覇道(予定)は、こたつでミカンを食べながら年金生活を送ることなんだが。
「いや、俺は別に帝国と戦争をするつもりは……」
「わかっている! 今はまだ力を蓄える時期、ということだろう? 爪を隠し、好機を待つ。賢明な判断だ」
話が通じない。
俺が助けを求めるようにヴィクトリアを見ると、彼女はニッコリと微笑んだ。
「マスター、素晴らしい人材です。旧王家の姫君を配下に加えることは、反帝国勢力への大きな政治的アピールになります。採用ですね」
「採用してない!」
だが、カトレアはヴィクトリアの言葉を聞いて、パァッと表情を輝かせた。
「受け入れてくれるのか……! 感謝する! 我が主!」
彼女は立ち上がると、俺の手を取り、甲冑越しの硬い感触で力強く握りしめた。
痛い。握力がゴリラ並みだ。
「では早速、外の兵士たちの調練を行ってくる! あの海賊ども、動きがバラバラで見ていられん! 私が最強の精鋭部隊に鍛え上げてやろう!」
言うが早いか、カトレアは風のように去っていった。
エレベーターが閉まった後、俺は深い、深いため息をついた。
「……また増えた」
ゴミを拾う海賊たちに加え、今度は復讐に燃える亡国の姫騎士。
俺の周りがどんどんきな臭くなっていく。
しかし、俺が頭を抱えている間にも、事態は最悪の方向へ進んでいた。
カトレア王女が「ネメシス」に入ったという情報は、帝国軍の諜報網にも引っかかっていたのだ。
帝都の奥深く、薄暗い会議室で、数人の男たちがモニターを囲んでいた。
『ダスト8の反乱分子……どうやら本気のようだな』
『アルカディアの生き残りを取り込むとは。これは単なるテロリストではない。明確な「政治的意図」を持った独立国家樹立の宣言だ』
『静観はできん。……辺境管区の全艦隊を動かせ。徹底的に潰すぞ』
俺が知らないところで、俺の首にかかる懸賞金が、国家予算並みに跳ね上がろうとしていた。
(続く)




