第39話 奪われた試作機と、亀裂
第3工廠での警報。
ヴォイド・デーモンの強襲部隊が、内部転送によって直接施設内に現れたのだ。
サレク大尉が内側から転送座標を開いた。
敵は、俺たちのセキュリティを完全に迂回して、心臓部に侵入してきた。
「迎撃! 迎撃せよ!」
ガルド率いる警備隊が駆けつける。
彼らは通常兵器を構えているが、ヴォイド・デーモンには効果が薄いことは誰もがわかっている。
それでも、彼らは撃ち続けた。
時間を稼ぐために。
「物理障壁が効かねぇ! 壁をすり抜けてくる!」
「床から湧いてきたぞ! 囲まれる!」
敵は神出鬼没だった。
壁をすり抜け、床から湧き出し、天井から降ってくる。
半透明の悪魔たちが、まるで幽霊のように施設内を侵食していく。
「ルナはどこだ!? 聖銀弾があれば……!」
「課長は今、別棟で『お祓い』中です! 第7区画の精神汚染対応で……!」
「クソッ、間に合わねぇ!」
混乱の中、敵の狙いは明確だった。
中央ドックに格納されていた、新兵器『フェイザー・ライブ・システム』を搭載した試作艦。
名前は『プロト・ディーヴァ』。
パンドラの精神波とフェイザー技術を融合させた、対ヴォイド・デーモンの切り札だ。
敵はそれを狙っていた。
「ドックだ! ドックを守れ!」
俺は通信機に向かって叫んだ。
「プロト・ディーヴァを奪われたら終わりだ! 何としても守り抜け!」
だが、俺の声が届くより早く、敵はドックに到達していた。
「させるかぁっ!」
カトレアが単身、ドックへ飛び込む。
彼女の手には、愛用の長剣がある。
ルナが緊急で施した「聖銀コーティング」が、青白く輝いている。
一閃。
先頭のデーモンが、真っ二つに斬り裂かれた。
『ギシャアアア!』
聖銀の刃は、半透明の体にも確実にダメージを与える。
デーモンは断末魔を上げ、霧散していった。
「守り抜け! この船は我らの希望だ!」
カトレアが叫ぶ。
彼女の剣閃が、次々とデーモンを斬り伏せていく。
だが、敵の数は多い。
10体、20体、30体……。
倒しても倒しても、新たな敵が転送されてくる。
そして、敵の指揮官は冷静だった。
サレク大尉。
彼はカトレアの戦いを見ながら、ドックの制御室に侵入していた。
「……転送座標、虚空領域。出力最大」
彼の指が、コンソールを操作する。
無表情のまま、淡々と。
「艦強制転送シークエンス、起動」
ズズズズズ……!
ドック全体が光に包まれた。
転送の光だ。
だが、その規模は通常の転送とは比べ物にならない。
艦一隻を丸ごと転送するほどの、巨大なエネルギーだ。
「何っ!?」
カトレアが振り返る。
プロト・ディーヴァが、光に包まれている。
転送が始まっているのだ。
「止めろ!」
彼女は艦にしがみつこうとした。
だが、巨大な転送エネルギーに弾き飛ばされた。
「しまっ……!」
体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
シュンッ。
光が収束した時、そこには空っぽのドックだけが残されていた。
希望の星だった試作艦は、敵の手によって丸ごと奪われてしまったのだ。
「……くそっ……!」
カトレアが床を叩いた。
彼女の拳が、金属の床を凹ませる。
だが、その痛みよりも、悔しさの方がはるかに大きかった。
「守れなかった……」
***
数時間後。
本社ビルの大会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
長いテーブルを挟んで、リサイクル・ユニオンのメンバーと、連邦艦隊のメンバーが向かい合っている。
だが、数日前の宴会の時とは、雰囲気が全く違う。
冷たい空気。
殺気すら漂っている。
奪われた新兵器。
そして、実行犯が「連邦艦隊の士官」だったという事実。
その二つが、せっかく築いた信頼関係を破壊しようとしていた。
「どういうことだ、ケーク艦長!」
ガルドが机を叩いて詰め寄る。
彼の顔は怒りで紅潮している。
「あんたの部下が敵の手先だったんだぞ! 責任取れんのか!」
「……」
ケーク艦長は沈痛な面持ちで沈黙している。
言葉が見つからないのだろう。
彼の表情には、深い後悔が刻まれていた。
隣に立つスペック副長が、淡々と答えた。
「サレク大尉の裏切りは、我々にとっても想定外だった」
「想定外だと!?」
「彼は我々の艦隊で、最も論理的で優秀な士官の一人だった。……彼の精神プロテクトに論理的な穴があった可能性が高い」
「論理だぁ?」
ガルドが唸る。
「そんな理屈で片付けられてたまるかよ! 俺たちの希望を奪われたんだぞ!」
ユニオン側のクルーたちが騒ぎ出す。
「やっぱり異星人は信用できねぇ!」
「こいつらが来てから、おかしくなったんだ!」
「技術提携なんて止めるべきだ!」
「連中を追い出せ!」
怒号が飛び交う。
連邦艦隊のクルーたちも、不快そうに顔をしかめている。
「我々も被害者だ。一方的に責められる筋合いはない」
「そうだ。我々は善意で技術を提供したのに……」
「この銀河の連中は、恩知らずだ」
両陣営の間に、目に見えない壁が立ち上がっていく。
せっかく宴会で深まった絆に、再び亀裂が入ってしまった。
疑心暗鬼。
不信感。
怒り。
これこそが、ヴォイド・デーモンの狙いの一つでもあったのだ。
物理的な破壊だけでなく、心理的な分断。
同盟を内部から崩壊させる。
俺は上座で頭を抱えていた。
(胃が痛い……。新兵器を失っただけじゃなく、組織がバラバラになりそうだ)
このまま放っておけば、連邦艦隊は離脱するだろう。
そうなれば、彼らの技術も、戦力も、すべて失われる。
敵の思うつぼだ。
俺は深呼吸をし、立ち上がった。
「……静粛に」
その声は、怒号の中でも通った。
CEOとしての、経営者としての、威厳を込めた声。
全員の視線が集まる。
「今回の件、責任はすべて私にある」
俺は言った。
「セキュリティチェックの甘さを招いた、経営者としての責任だ。……連邦艦隊を責めるのは筋違いだ」
「しゃ、社長……」
ガルドが言葉を詰まらせる。
俺は深く頭を下げた。
「申し訳なかった」
全員が息を呑む。
CEOが、全員の前で頭を下げている。
その姿に、怒りが少しだけ和らいだ。
俺は顔を上げた。
「だが、今は仲間割れしている場合じゃない」
俺の目は、全員を見渡した。
「敵は我々の新技術を手に入れた。……つまり、奴らは『進化』する」
会議室が静まり返った。
ヴォイド・イーターの恐ろしさは適応能力だ。
あらゆる攻撃を分析し、耐性を獲得する。
奪った試作艦を解析し、自分たちの体に「フェイザー耐性」や「精神攻撃機能」を組み込むだろう。
そうなれば、人類に対抗手段はなくなる。
「時間がない」
俺は宣言した。
「我々は、奪われた試作艦を『破壊』、もしくは『奪還』しなければならない」
「破壊だと!?」
クローネ博士が叫ぶ。
「あれは私の最高傑作だぞ! ゲロゲロ! 二度と作れるかわからんのだ!」
「ならば奪還だ」
俺は即答した。
「敵の本拠地、虚空領域の深部へ潜入する」
沈黙。
全員が、俺の顔を見つめている。
正気を疑うような目で。
「CEO、それは……」
リズが口を開く。
「自殺行為ですぅ。虚空領域は、ヴォイド・デーモンの本拠地です。何百万という敵がひしめく死の海……」
「わかっている」
「成功確率は……」
「3.7%だ」
ケーク艦長が口を開いた。
彼は、いつの間にか立ち上がっていた。
「私の艦隊のコンピュータで計算させた。正面からの潜入では、成功確率は3.7%だ」
「3%か……」
「だが、『偽装技術』を使えば、多少は上がるかもしれない」
ケーク艦長が俺を見つめる。
「透明化して潜入するというのか? 危険すぎる」
「それでも、やるしかない」
俺はニヤリと笑った。
「3%もあるなら十分です。……我々は元々、ゴミ溜めから這い上がってきた集団ですから」
沈黙。
そして、ケーク艦長が笑った。
「……君は本当に面白い男だな、アラン」
「そうですか?」
「ああ。私の艦隊の偽装技術、貸そう。……そして、私も同行する」
「艦長……!?」
連邦艦隊のクルーたちが驚く。
「サレクは私の部下だった。その責任は、私が取る」
ケーク艦長が宣言した。
「……それに、君たちだけを危険な場所に送り出すわけにはいかない。我々も、この銀河の一員だ」
その言葉に、会議室の空気が変わった。
亀裂が、少しだけ修復された。
「……よし」
俺は頷いた。
「作戦を立てよう。奪還チームの編成と、偽装潜入のルートを決める」
組織の亀裂を修復し、最強の敵地へ潜入する。
俺の新たな「業務」が始まった。
だが、その道のりは、想像を絶するほど過酷なものになることを、この時の俺はまだ知らなかった。




