第30話 見えない敵の足音
ヴォイド・イーターとの開戦から、半年が経過した。
当初のパニックは収まったものの、戦況は一進一退の泥沼状態だ。
敵は無限に増殖し、我々リサイクル・ユニオン軍は「資源のリサイクル」で物資を賄いながら、なんとか防衛ラインを維持している。
本社(旧帝都)の執務室。
俺、アラン・スミシーは、前線からの報告書を読みながら眉間を揉んでいた。
「……最近、兵士の『原因不明の体調不良』が増えてないか?」
「はい、CEO」
リズが心配そうにタブレットを見せる。
「物理的な怪我ではないんですぅ。みんな、『やる気が出ない』『悪夢を見る』『幻聴が聞こえる』って訴えてて……。軍医は『戦時ノイローゼ』だと診断してるんですが」
「ノイローゼか……。無理もない。半年も休みなしで戦ってるんだ」
俺はため息をついた。
だが、報告書を読み進めると、奇妙な記述が目に止まった。
『患者の多くが、発症前に「黒い影」を見たと証言している』
「影?」
その時、オフィスのドアがノックもなしに開いた。
入ってきたのは、警備隊長のガルドだ。だが、様子がおかしい。
いつもなら豪快に笑いながら入ってくるのに、今日は顔色が土気色で、足を引きずっている。
「……社長。ちょっといいか?」
「どうしたガルド? 怪我でもしたのか?」
「いや……。あのさ、俺……もう辞めてもいいかな?」
「は?」
俺とリズは顔を見合わせた。あのガルドが弱音を吐くなんて、天変地異だ。
「なんかさぁ……無駄な気がしてきてよ。いくら敵を倒しても、また湧いてくるだろ? 俺たちが頑張っても、結局みんな食われて死ぬんじゃねぇかって……。そう思ったら、銃を持つ手が震えて……」
ガルドはその場に座り込み、頭を抱えてしまった。
その背中に、うっすらと”黒い靄”のようなものが纏わりついているのが見えた。
「……パンドラ。見えるか?」
俺は背中の少女に小声で尋ねた。
「ええ、バッチリ見えるわ」
パンドラが目を細める。
「あれはただの疲れじゃない。……『憑いてる』わね」
「憑いてる?」
「精神寄生体よ。……別名『アストラル・デーモン』。ヴォイド・イーター侵攻の混乱で生じた『次元の裂け目』から入り込んできた、招かれざる客ね」
俺は戦慄した。
物理的な敵と戦うだけで精一杯なのに、今度は精神的な敵(悪魔)だと?
しかも、こいつらは味方の士気を内側から腐らせる。一番厄介なタイプだ。
「ガルド! しっかりしろ!」
俺はガルドの肩を掴んで揺さぶった。
「お前らしくないぞ! 給料アップか? 休暇か? 何でも言ってくれ!」
「……うるせぇ。金なんてあの世じゃ使えねぇんだよ……」
ガルドの目が虚ろになる。
その時、黒い靄が「ニヤリ」と笑ったように見えた。
『……無駄だ。この男の心はもう折れている。……次は貴様の番だ、アラン・スミシー』
直接、脳内に響く粘着質な声。
俺は反射的に後ろへ飛び退いた。
「パンドラ! あいつを追い払えるか!?」
「やってみる! 【精神障壁】!」
パンドラが手をかざし、紫色の光でガルドを包む。
『グォォォォ……!』
黒い影が苦しげに唸り、ガルドの体から離れて霧散した。
「はっ……!?」
ガルドが正気を取り戻す。
「あれ? 俺、なんで床に……? 社長、俺なんか変なこと言いました?」
「ああ、言ってたぞ。……だが、お前のせいじゃない」
俺は冷や汗を拭った。
これは氷山の一角だ。前線で起きている「原因不明の不調」は、すべてこいつらの仕業なのかもしれない。
「リズ、緊急通達だ。全軍に『精神汚染』への警戒命令を出せ。……それと、至急『オカルト対策』ができる人材を探せ」
「オカルト対策ですかぁ?」
「そうだ。科学じゃどうにもならん。……除霊とかお祓いとか、そういうのが得意な奴だ!」
物理戦争の裏で、静かに始まった精神戦争。
俺たちの胃痛は、さらに加速することになった。




