第3話 ゴミ処理スキルの正しい使い方
帝国艦隊を「うっかり」返り討ちにしてから数日。
惑星ダスト8の様相は、劇的に……いや、カオスな方向に変貌していた。
「おい新入り! そっちのコンテナは第3居住区だ! 食料はこっち!」
「へいっ! 了解っす!」
「おーい、誰か怪我人はいないか? 俺っちの船に医療ポッドがあるぜ!」
要塞の外にある広場では、数千人規模の人々が忙しなく動き回っていた。
帝国から逃げてきた難民、たまたま通りがかった商人、そして職を失った宇宙海賊たち。
彼らは皆、「あの帝国軍をワンパンで追い返した最強の独立国家」という噂を聞きつけ、我先にとこの星へ降り立ったのだ。
だが、現実は甘くない。
「マスター、報告します。食料備蓄が危険域に達しました。あと3日で底をつきます」
「居住区の酸素生成装置も限界です。人口過密により、二酸化炭素濃度が上昇中」
司令室のふかふかな椅子(ヴィクトリアがどっかから生成した)に座る俺に、次々とバッドニュースが報告される。
要塞の機能は凄いが、それはあくまで「戦闘」と「要塞維持」のためのもの。
急に増えた数千人の民間人を養う機能なんて、古代兵器にはついていない。
「はぁ……胃が痛い」
俺はため息をついた。
放っておけば、彼らは飢えと酸欠で死ぬか、暴動を起こすだろう。
そうなれば、この要塞の主(仮)である俺の首も危ない。
ヴィクトリアに任せると「口減らし(物理)」を提案されそうだから、俺がやるしかない。
「ヴィクトリア、要塞のエネルギー炉の出力を調整できるか? あと、リサイクルプラントの稼働状況を見せてくれ」
「はい、どうぞ」
空中に複雑なパラメーターが表示される。
俺はそれを指で弾き、慣れた手つきで数値をいじり始めた。
帝国補給局で毎日やっていた地味な事務作業。
「限られた予算と物資を、どう配分して現場を回すか」の計算だ。
「まず、要塞の防衛シールドの出力を30%まで下げる。今は敵がいないから無駄だ。浮いたエネルギーを、リサイクルプラントと水耕栽培区画へ回せ」
「了解。……ですがマスター、リサイクルする『資源』がありませんが?」
「あるじゃないか、外に山ほど」
俺はモニターに映る、見渡す限りのゴミ山を指差した。
この星はゴミ捨て場だ。壊れた機械、廃棄された有機物、レアメタルを含んだスクラップ。
宝の山だ。
「このリサイクルプラント、古代の技術だろ? 原子レベルで分解・再構築できるはずだ。ゴミ山からレアメタルを抽出して建材を作り、有機廃棄物は肥料に変える。……よし、生産ラインのプログラムを組んだぞ」
俺はカタカタと仮想キーボードを叩き、即席の「ゴミ処理&資源生産マニュアル」を作成した。
補給局時代、無能な上司の尻拭いで鍛えられた「帳尻合わせ」のスキルが、ここで火を噴く。
「これを外の連中に配れ。働いた分だけ、安全な水と食料、そして暖房の効いた部屋を配給するとな」
「……承知しました」
ヴィクトリアが少し驚いたように目を瞬かせた。
「驚きました。マスターは戦闘だけでなく、内政においても天才的な手腕をお持ちなのですね。ゴミを資源に変えるとは……まさに錬金術」
「いや、ただの節約術だ。ほら、さっさと指示を出せ」
***
数時間後。
要塞の外では、ちょっとした革命が起きていた。
「すげぇ……! ただの鉄クズを入れたら、ピカピカの建材になって出てきやがった!」
「こっちの機械からは、合成肉が出てきたぞ! しかも帝国の配給食より美味い!」
俺が組んだプログラム通りにプラントが稼働し、ゴミ山が次々と生活物資に変わっていく。
荒くれ者の海賊や、絶望していた難民たちの目に、光が宿り始めた。
そして、その中心で指揮を執っていた一人の男が、司令室のモニター越しに俺に向かって敬礼をした。
ボロボロの軍服を着た、眼光の鋭い男だ。
『閣下! 素晴らしいシステムです! 俺たちは今まで、食うために奪うしかないと思っていました。だが、ここでは「ゴミを拾う」だけで腹一杯食える!』
男の声は震えていた。
『俺の名はガルド。元・第7海賊団のリーダーです。……いや、今日から俺たちは海賊じゃない。あんたの兵隊だ! 閣下、俺たちに命令をくれ! 次は何を拾えばいい!?』
広場の数千人が、一斉に俺(の映るモニター)を見上げる。
その目には、恐怖ではなく、崇拝の色が混じっていた。
「(……なんでそうなるんだ)」
俺はただ、ゴミ処理をしただけだ。
だが、彼らにとっては「奇跡」だったらしい。
「……好きにしろ。ただし、喧嘩はするな。あと、分別はしっかりやれ」
俺がボソッと言うと、広場から「うおおおおお!」という歓声が上がった。
『聞いたか野郎ども! 閣下の勅命だ! 「分別」こそが正義だ! 燃えるゴミと燃えないゴミを混ぜた奴は、俺がブッ殺す!』
『イエッサー!!』
こうして、銀河で最も規律正しい(ゴミ出しルールに厳しい)武装集団が誕生してしまった。
「マスター、住民の幸福度が爆上がりしています。彼らはあなたを『慈悲深き賢王』と呼んでいますよ」
「やめてくれ、背中が痒い」
俺は椅子の背もたれに深く沈み込んだ。
順調すぎる。
だが、俺は知っている。
こういう「いい雰囲気」の時こそ、厄介なトラブルが舞い込んでくるものだと。
その予感は的中した。
要塞のセンサーが、一隻の小型船の接近を告げるアラートを鳴らしたのだ。
それは帝国の船でも、海賊船でもなかった。
「識別信号不明……いえ、これは」
ヴィクトリアの声が低くなる。
「亡国『アルカディア』の王族専用機です。……どうやら、また面倒な客が来たようですね」
(続く)




