第28話 悪魔の活用法(メンタルヘルスケア)
カトレアに取り憑いていた精神体悪魔を捕獲してから数日。
俺たちは本社ビルの地下、かつて帝国の拷問室だった場所(現在は倉庫)を改装し、臨時の「対魔研究所」を設立していた。
ガラス張りの隔離室の中には、パンドラの霊縛によって拘束された黒い影――悪魔が浮かんでいる。
「……で、こいつをどうするんだ?」
ガルドが気味悪そうにガラスを叩く。
「尋問よ。彼らの生態、弱点、そして目的を吐かせるの」
パンドラが冷ややかに言うと、悪魔に向かって精神波を送った。
『答えなさい。貴方たちの仲間はどれくらいいるの?』
悪魔は苦しげに身をよじった後、観念したように話し始めた。
『……無数だ。我々は亜空間の吹き溜まりから生まれた。この銀河がヴォイド・イーターとの戦争で発する「恐怖」と「絶望」が、我々を呼び寄せたのだ……』
「なるほど。戦争が続く限り、餌(ネガティブ感情)が増えて、奴らも増殖するってわけか」
俺は腕を組んだ。
これは厄介だ。ヴォイド・イーターと戦えば戦うほど、こちらの精神が削られ、悪魔が活性化する悪循環だ。
「じゃあ、どうすればいい? 全軍にパンドラの精神防御を施すか?」
「無理よ。私のキャパシティじゃ、数千万人を守るのは不可能」
詰んだか?
いや、待てよ。
俺は事務屋だ。問題があれば、必ず「業務改善」の余地があるはずだ。
俺は悪魔をじっと観察した。
こいつらは「負の感情」を食って生きている。
逆に言えば、「負の感情」を吸収してくれる掃除機みたいなものじゃないか?
「……おい、悪魔。お前ら、喰った感情はどうなるんだ? 消化して終わりか?」
『いや……我々は感情をエネルギーに変換し、排出する。ちょうど植物が二酸化炭素を吸って酸素を出すようにな……』
「排出? 何を出すんだ?」
『……「虚無(賢者タイム)」だ』
「は?」
『激しい怒りや悲しみを喰らうと、その反動で宿主は一時的に心が空っぽになり、極めて冷静な状態になるのだ』
俺の目が光った。
それだ。
「リズ! 至急、この悪魔を『フィルター』に加工しろ!」
「えっ、フィルターですかぁ?」
「そうだ。兵士たちのヘルメットや、執務室の空調にこいつらの一部を組み込むんだ。ストレスや恐怖を感じたら、即座にこいつらが吸い取って、『賢者タイム』にしてくれるシステムを作る!」
「な、なるほど……! 『自動メンタル安定装置』ですね!」
悪魔がギョッとする。
『き、貴様! 我々を空気清浄機のように使う気か!? プライドはないのか!』
「ないな。……お前らも腹一杯食えるんだ、win-winだろ?」
俺はニヤリと笑った。
悪魔のリサイクル。これぞユニオンの真骨頂だ。
***
一週間後。
リサイクル・ユニオン軍に、新型装備『デビル・ヘルメット(仮)』が配備された。
効果は劇的だった。
最前線の戦場にて。
「うわぁぁ! ヴォイド・イーターだ! 怖い! 死にたくない!」
パニックになりかけた新兵のヘルメットが、ブォンと作動する。
内蔵された悪魔フィルターが、恐怖心を瞬時に吸引。
「……ふぅ。まあ、死ぬ時は死ぬか。とりあえず撃つか」
スンッ……(賢者モード)。
兵士は冷静な手つきでライフルを構え、正確な射撃で敵を撃退した。
執務室にて。
「もうダメですぅ……。残業続きで彼氏にも振られたし……死にたい……」
泣き言を言うリズのデスクに置かれた『悪魔のぬいぐるみ』が光る。
「……まあ、男なんて星の数ほどいるし。仕事片付けて帰ろ」
スンッ……(悟りモード)。
彼女は超高速でキーボードを叩き始めた。
「すげぇ効果だ……」
俺はモニターを見て唸った。
軍の士気崩壊は止まり、生産性はV字回復している。
ただし、副作用として全員が妙に冷めているというか、達観した僧侶の集団みたいになっているが、パニックになるよりはマシだ。
「これで内部崩壊は防げたな」
だが、問題はまだ残っている。
悪魔たちの「親玉」の存在だ。
捕獲した悪魔の情報によれば、亜空間の奥深くに、強力な悪魔公爵たちが巣食っているらしい。
彼らは、俺たちが悪魔を「道具」として使い始めたことに気づき、激怒しているはずだ。
その予感は的中した。
司令室の空間が歪み、禍々しいポータルが開く。
『……おのれ、人間風情が。我ら高貴なる精神体を家畜扱いするとは』
現れたのは、タキシードを着た紳士風の悪魔。
しかしその顔はのっぺらぼうで、背中からは黒い翼が生えている。
悪魔公爵『メフィスト』だ。
『貴様に「絶望」の真髄を教えてやろう。……アラン・スミシー、貴様を我らの領域「精神迷宮」へ招待する』
メフィストが指を鳴らすと、俺の足元に黒い穴が開いた。
「うわっ!? ちょ、待て!」
「マスター!」
パンドラが手を伸ばすが、間に合わない。
俺は物理的な世界から引き剥がされ、悪魔たちのホームグラウンドである精神世界へと拉致されてしまった。
そこは、俺の深層心理が具現化した世界らしいが……。
――目が覚めると、俺は「終わらない会議室」に座っていた。
「……ここが地獄か?」
目の前には山積みの書類。鳴り止まない電話。そして「なる早で」と書かれた付箋。
精神攻撃にしては、あまりにもリアルで世知辛い「俺の迷宮」が始まった。




